第十四章 公爵の異変
――何て言った?
『アヘン』――? それって、つまり、違法薬物の事よね?
一瞬何を言われたのか分からず、開いた口が塞がらなかった。
いくらあくどい公爵だからって、まさかそんな物をバーラン王国と取引していたっていうの? さすがに軽蔑するわ。
――待って。
じゃあ、公爵やバーラン王国での王妃の部屋、国王やセーントリッヒの長老から香って来たあの香りは――『アヘン』の香りってこと?
彼等の様子がおかしかったのは、『アヘン』を服用していたから――?
だったら、私を引っ叩いた後の公爵の態度や、狂乱していた王妃や、優しかった長老が私を襲おうとしたこと、全てに辻褄が合う――『アヘン』でおかしくなっていたのだわ。
魔法を使って見た、公爵と国王との取引に関しても、渋っていた理由はこれだったのよ――結局自分は服用しているみたいだけれど。
やっと、謎が解けた私はすっきりしたけれど、一つ疑問がある。
「――どうしてそれを私に密告しようと思ったの?」
この執事はバーラン王国の人間。母国を裏切るような行動を自らしようと思うかしら?
「――いい加減、限界だと思ったのです」
「限界?」
「はい」
執事は下を向きながら両手を組んで眉間に皺を寄せ、話し始める。
「数十年前、田舎町へ巡回した時の事です。その町では『アヘン』が特効薬として使われていました。ですが、その分、死者も多かった。その事に疑問を抱いた当時の国王は調査を始めました。結果、『アヘン』は違法薬物だという事が発覚したのですが、常時服用していれば問題無いという結論に至ったのです。それはもちろん暴論でしかないのですが、国王はこれを外交に利用しようと考えました。金儲けの為に――」
それがどこかから外部へ漏れて、黒い噂へ繋がる訳ね。
「当時の国王の読み通り、『アヘン』は様々な国で大量に売れました。一度服用すれば、簡単に中毒になるものですから――」
それが、こんなに長期間外交で取引されていたなんて恐ろしい話ね。
「当時の国王から今の国王へ、そして、現在の第一王子へと受け継がれようとしています」
第一王子という言葉に、バーラン王国で魔法を使った時に見た光景を思い出す。確かにあの時も怪しい話をしていたわ――あれも『アヘン』の事だったのね。
「しかし、第一王子であるレイト様はあまり良く思われていません。ご自身が国王になった暁には、この取引は止めようとなさっております。ですが、それを友好国が許すかどうかは――」
確かに、薬物中毒になっている人からそれを奪えば暴動に発展しかねないわ。
「だからって、私に密告されたところで何も出来無いわよ?」
「ですが、この国の公爵との外交を止める事は出来るのではないでしょうか」
「――私に、公爵を説得しろと?」
「はい」
私を買い被り過ぎだわ。公爵が私の言う事を聞く訳が無い。
「それに、カイト様の事も――」
そう言われてみると気になるわね。
「カイトさんはこの事を知っているの?」
「いえ、レイト様より強く口止めされておりまして……少なくともわたくしは話しておりません」
一番近しい執事が話していないのなら、他の執事も話していないでしょうね。それに、あの調子だと、確かに何も知らなさそうだわ。
問題は、公爵の事ね。あの人が私の話を聞くとは思えないし、それに何より私がしたいのはそんな事じゃないわ。
「出過ぎた事と思いましたが、どうか――」と執事が頭を下げてくる。
「断るわ」
「え?」
下げていた頭を上げて、何か言いたげな視線を私に向けてくる。
「でも、『アヘン』は頂けないわね。それには同感よ、安心して」
「ですが、公爵様を説得はなさらないのですよね――?」
「しないわ」
「じゃあ、どうすれば――?」
「何か策を練るわ。ヴィシュバルド国は私が難とかするから、貴方は自国の事だけを考えて」
「はい……」
とはいえ、何をどうすればいいのか――
「――あのぉ」
「何?」
私が考えあぐねていると、執事が声をかけてきた。
「さすがに、いつまでも私がここにいると言うのは……」
そう指摘されて、今いる場所がどこだか思い出す。
「――確かにそうね。待っていなさい」
私は鍵を開け、扉を少しだけ開く。
辺りの様子を入念に伺って扉を大きく開いた。
「今なら誰もいないわ、急いで」
「は、はい! 失礼致します」
執事は脱兎の如く足早に去って行った。
その光景を見送って、再び辺りを見回してから扉を閉める。一人で作戦会議よ。
『わたくし共の中に貴女を慕っている者はおりません。いつ
あの見張りの言葉が頭から離れない。
もちろん、この世界での私が悪女になるというのは面白いように容易かった。
――けれど、それには危険が伴う。
漠然とは思っていたけれど、肝心な時に枷になるのは困るわね。それが代償って事でしょうけれど。
あの、怜悧狡猾な公爵をどうやって地に落とすのか――。
前世で頭脳明晰だった私も、良い子でいる事を強制されていたから、遠く考えが及ばないわ。レディースの総長でもやっておくべきだったかしら?
そんな事を今更悔やんでも仕方が無いのだけれど。
「……あまり長居してしまうと、カイトさんが心配するわね」
良案は思いつかないまま、私は自室に戻る事にした。
思いつく時は思いつくけれど、思いつかない時は思いつかないのよ。無駄に時間を過ごすつもりはないわ。
カイトさんがバーラン王国へ帰るまでに何か思いつけばいいの。まだまだ時間はあるもの。焦っても良案が浮かぶ訳ではないし、寧ろ逆効果。カイトさんといる時は考える事に集中していると不安にさせるから、出来るだけ一人の時間を作るようにしなければ。
そんな事を思いながら自室へ辿り着いたのだけれど――見張りがいない。
――何事?
カイトさんを放っておいてどこかに行く訳は無いし――カイトさんが部屋を出たってこと? それに同行したというのなら、まだ……いや、カイトさんには執事がいるわ。私と話していた老執事ではなく、若い執事が。
あの見張り、もしかして――公爵の元へ?
私は取って返して公爵の部屋へと走った。スカートをたくし上げ、ヒールを鳴らす。ボルドー色の絨毯で敷き詰められた廊下を付き進んで行くけれど、私に話しかけてくる者はいない――というより、人がいない。何か緊急事態かしら?
息を切らしながら公爵の執務室まで来ると、そこに護衛の姿が見当たらなかった――という事は、護衛対象がいないということ?
――公爵に何かあった?
もしかして、『アヘン』が原因で何か体に不調が出たのかしら?
『アヘン』は服用を続ければ、体調だけでなく精神面も脅かす強力な違法薬物。バーラン国王から大量に仕入れていれば、その分多く服用している可能性も高い。
「死ぬなんて許さないわ。公爵を殺すのは――私よ」
拳を強く握り、もう一度スカートをたくし上げて走り出す。今度は公爵の私室へと向かった。けれど、普段怠けた生活を送っているせいで体力が持たない。だんだんと足が動かなくなり、止まった。スカートをたくし上げていた手を放して、壁にもたれながら肩で呼吸する。ボルドーの床にはぽたぽたと丸い染みが作られ、聞こえてくるのは自分の荒い息。
「フローリア!」
その時、声が聞こえた。聞き馴染みのある声――その声に振り返る。
「やっと見つけた! ――どうした?」
「……カイトさん」
いい所に来てくれた! これ程彼に感謝した事はないわ!
「探したんだぞ? 外にいないし、部屋にも戻っていないし――」
「私を抱いて!」
「え?」
カイトさんは一瞬にして頬を染めた。「こ、こんな所で?」とくねくねしながら、まんざらでもないような恍惚な表情。そういう意味ではないわ。
「お姫様抱っこして!」
「え? あ、ああ」
困惑しながらもカイトさんはお姫様抱っこをしてくれる。その逞しい腕に支えられている事に少し恥じらいを覚えるけれど、今はそんな事を気にしている場合ではないわ。
「まっすぐ!」
「え?」
「まっすぐ走って!」
「え? え?」
「いいから! 早く!」
「ええ~?!」
頭に感嘆符を浮かべながら、出鞭されたようにカイトさんが走り出す。T字路に差し掛かると、「次右!」とか「左!」とか支持を出しながら、公爵の私室を目指した。その間、カイトさんはずっと不思議そうだったけれど。でも、私を抱えながら良く走れたわね。男性の有り余った体力に感動すら覚えるわ。それだけカイトさんが日頃から鍛えているということかもしれない――この数週間、そんな場面に出くわした事は無いけれど。
「はぁ、はぁ……」
私とカイトさんに下ろしてもらい、公爵の私室のある廊下に立っていた――部屋の目の前ではなく、少し離れた場所に。息の上がっているカイトさんと違って私は平然とそこに立ちながら、異様な光景を見据えていた。
――私はこの光景を見た事がある。
「まるでお母様の部屋みたいだな」
息を整えたカイトさんが隣から声をかけてきた。
そう、カイトさんの言う通り、あの時の光景に似ている――まさか自分の国、しかも公爵の私室の前で見る事になるとは思ってもみなかったけれど。
「フローリアのお母様も体調が悪いのか?」
「私の母は随分前に亡くなっているわ。義理の母もね。ここにいるのは、一応私の父よ」
「そ、そうか……悪い」
「気にしていないわ」
とりあえず、護衛をかき分けて突き進む――当然ブロックされる訳だけれど。
護衛が二人両手を後ろに組みながら、私の前に立ちはだかる。護衛如きがこざかしい。
「退きなさい」
私が睨んでも二人は臆さなかった。
「いいえ、これ以上はお通し出来ません」
「何故?」
「公爵様の非常事態です」
「非常事態って何なの?」
「これ以上は言えません」
これ以上は進ませない、これ以上は話せない――私を誰だと思っているのかしら。
私は両手を組んで仁王立ちした。
「私は公爵の娘よ。こんな事をして、ただで済むと思って?」
「承知の上です」
「そう」
頑なね。腹立たしい。護衛側に一人も味方がいないのはこういう時に厄介なのよ――どうにかして突破出来無いかしら。
考えあぐねていたら、カイトさんが私の前に立った。
「私はカイト・キャリーツ・バーランです。公爵様のお見舞いに来ました。ここを通して頂けますか?」
――その手があったわ。
この人達、私の味方はしないけれど、友好関係のあるバーラン王国の王子であるカイトさんなら味方するかもしれない。
「バーラン王国の王子様が直々にですか……?」
「はい」
護衛が考え込む。別にわざわざバーラン王国からこの為だけに来た訳では無いわよ? 本来の目的は私と過ごす事なのだから。
護衛二人とその後ろにいる騎士達も一緒に考え始める。じれったいわね。
もういいわ。
「カイトさんが直々にバーラン王国から足を運んでくださったというのに、その態度はいかがなものかしら? このままでは、ヴィシュバルド国とバーラン王国の未来に関わるかもしれないわよ?」
「え?」
カイトさんは隣で少し驚いていたけれど、多少の嘘は可愛らしいものでしょう? 女性は嘘を着飾って美しくなるなんて言葉もあるくらいだもの――今回は違うわね。
私の脅しに、更に護衛達の間で議論が交わされる。数分待っていると目の前の二人が移動した。その後ろにいた護衛も同じように移動し、公爵の私室まで道が出来る。
「フローリア! 今だ!」
カイトさんは私を再びお姫様抱っこして廊下を走った。
私も一緒だとは思わなかったのか、護衛達は慌てて列を乱す。でも、それよりもカイトさんが速かった。扉の前まで来ると、急いで私を下ろして、護衛の制止も気にせずドアノブに手をかけて開け放つ。そして、私の手を引っ張って中へと引き入れ、即座に大きな音を立てながら扉を閉めた。
「はぁ、はぁ――よし!」
有難いけれど、素直に驚いたわ――強行突破なんて、私でさえ思いつかなかったのだから。
いえ、そんな事より、今は公爵よ。
さすがに、私も公爵の私室に入ったのは初めて……物珍しい部屋の中を見回して窓際に天窓のついたベッドを見つけた。使用人数人が取り囲んでいる様子を見ると、そこに公爵がいるのは至極当然に思えた。
私は足早にその場へ向かう。カイトさんも着いて来た。
使用人達はどうにかして私を制止しようとするけれど、カイトさんが道を作ってくれる。ここまで頼もしい人だとは思っていなかったわ。
――そして、公爵の姿が現れた。
ベッドに力なく横たわり、ぐったりとしている。カイトさんのお母様程ではないけれど、顔色も悪く頬も少しこけているように見えた。
「――容体は?」
自分でも驚いた――声が震えていた。
「どうして貴女なんかに――」
「いいから答えなさい!!!」
医者が私に教える筈は無いと予想していた――けれど、ここまで冷静さをかいている自分に腹が立つ。
「は、はい……」といつもの私と違うと悟ったのか、おどおどとした口調で話し始めた。
「ほんの数十分前です。執務室で護衛に当たっていた騎士の話ですと、公爵様が公務中に胸元を抑えながら呻き始めたそうで、急いで駆けつけたのですが、初めて見る症状で病名も分からなければ、治療法も分からず……」
「――そう」
お手上げ状態という事ね。
「とりあえず、寝かせているのね」
「はい……」
私は目の下にクマを作っている公爵を見下げながら一言。
「情けない人ね」
それだけ言うと、取って返す。
医者と使用人は私に対してどう思ったのか分からないけれど、そのまま無言で部屋を出た。
カイトさんは周りを気にしながらも私に着いて来る。
「フローリア、どこへ行くんだ?」
その問いに答える事無く、私はボルドー色の廊下を進む。護衛の間を縫って階段を下り、渡り廊下へ。カイトさんは途中まで話しかけていたけれど、私の心情を察してか、そこへついた頃には全く話さなくなっていた。
――私達が向かっていたのは書庫。
前にも一度来た事のある場所。ここになら、『アヘン』の対処法が書かれた書物があるのではないかと思い、やって来たの。本当に対処法があるのかは怪しいところだけれど。そもそもこの国には存在しない筈の『アヘン』を題材に書かれた書物があるのかしら?
考えている暇は無い。とにかく、探すしかないわ。
私は当ても無く書庫の中を歩き始める。
「フローリア、何を探しているんだ? 俺も手伝う」
「結構よ。それよりも、公爵の容体が気になるの。様子を見ててくれない? あと、貴方についている妙齢の執事を呼んで来て」
「何で執事を? ダメだって言って――」
私は彼の両頬を両手で包んでキスをした。
全く面倒な人ね。
「――フローリア」
「私が好きなのは、貴方だけよ」
「ああ、俺もだ――むぐっ」
さらっと二度目に入ろうとするのは止めて。
「早く行って。続きは後よ」
「――分かった」
不服そうではあったけれど、カイトさんは執事を呼びに書庫を出て行った。
『アヘン』なんかで死なれたら困るのよ。復讐出来無くなるじゃない。
『アヘン』関連の書物を早く探し出して、対処法を見つけなければ――。
***
「フローリア様!」
暫く書庫を歩き回っていると執事が慌てた様子でやって来た。
さすがに、カイトさんもちゃんと声をかけてくれたみたいね。
「公爵が『アヘン』に侵されているみたいなの! 対処法を見つけたいから手伝いなさい!」
「左様ですか!?」
執事が目を見開く。
「あれは王妃と同じ症状よ、間違いないわ!」
「それは――かしこまりました!」
『アヘン』の事も、王妃の症状も良く知っている執事に頼むのが一番手っ取り早い。
「ねぇ」
「はい」
二人でそれぞれ大量の書物を机の上に持ち寄って来て、物色しながら会話する。
とりあえず、バーラン王国の書物を根こそぎ持って来た。
「バーラン王国には、『アヘン』について書かれた書物は存在するの?」
「ええ、一応。国王によって厳重に管理されておりますが」
「じゃあ、書物自体は存在するのね?」
「はい、もちろん」
だったら、この国にもあるかも――。
「ですが、他国に存在するかどうかは――」
「そう……」
確かに、違法薬物の書物なんて極秘事項でしょうね……。
「これって、意味がある行動だと思う?」
私が視線を向けながら聞くと、執事は二の句が継げないようだった。それを返答だと受け取る。
「そうよね」
私が本を閉じると、虚しく乾いた音が書庫に響く。
「フローリア様……」
「無駄な事に付き合わせて悪かったわね――もう止めましょう」
「ですが――」
「いいのよ、何かしら方法は考える――公爵は死なせないわ」
「死なせない……ですか?」
執事は不思議そうに首を傾げた。私、何かおかしな事を言ったかしら?
「何?」
「あ、いえ……恐らくですが、『アヘン』で死には至らないかと……」
「え? でも、違法薬物でしょう?」
どういうこと? 公爵は今にも生死を彷徨っていそうだったけれど?
「違法薬物ではありますが、元々薬の一つとして使われていたものです。命に害は無いと思われます」
確かに言われてみれば、大量に服用している筈の国王も王妃も死には至っていない。気は狂っているように見えたけれど、それまでってこと?
「ただ、一度に大量に摂取すれば、死に至る可能性も……」
「やっぱりダメじゃないの」
「はい……」
どうすれば、中毒性を無くせるのか、それを探さなければ。
――でも、もしその方法が見つからなかったら?
私は秘かに握り拳を作った。
「とにかく探すのよ、対処法を――」
藁をも掴む気持ちで必死になって探したけれど、結局対処法と呼べるようなものはなかった――。
バンッ!
思いっきり机を叩いた――私としたことが、冷静さに欠ける行動ね。情けない。
「フローリア様……」
「――ごめんなさい。少し頭を冷やしてくるわ」
そう言って私は足早に書庫を後にした。
私が向かったのは――公爵の私室。
カイトさんはまだいるかしら? 書庫に来ていないという事は、いてくれている筈だけれど――。
公爵の私室へ行くと、先程よりは護衛の数も減っていた。公爵の様子が少しは落ち着いたという事かしら?
前回来た時は、護衛に邪魔されたけれど、今回は特にそういった障害も無く公爵の私室まで来れた――どういうこと?
「――不躾ですが」
先程私を止めた護衛が呼び止める。
「カイト様から貴女を止めないようにと仰せつかったので見過ごしただけです。我々が、警戒を解いた訳ではありません」
「そう」
なるほど、カイトさんが計らってくれたのね。良く出来た婚約者モドキだわ。
私はそのまま公爵の私室の扉を開け、中へ入る。視線は公爵へ――意外にも起きていた。
カイトさんと会話していたような雰囲気を感じる――まさか、余計な事を話していないでしょうね?
「――何だ、何をしに来た」
公爵が私に気付いて話しかけてくる。その言葉にカイトさんも私を振り返った。
「容体は?」
私は公爵の言葉を無視して医者に話しかけた。
「だいぶ落ち着いてきました」
「そう」
その言葉に、どこか安心感のようなものを感じる。
この国にいる医者は『アヘン』なんて知らないでしょうね。どう対処していいのかも分からなかった筈。良くやったわ。
カイトさんは複雑そうな顔で、公爵は睨みつけながら私を見る。
「随分な有様ね」
「何だ? 笑いに来たのか?」
こんな時でも素直になれないなんて……一応親子なのだけれど。
「情けないと言っているのよ」
「それが笑いに来たと言うのだろう」
私と公爵の会話をカイトさんは内心ハラハラしながら見守っていたでしょうね。
暫くの沈黙の後、私が口を開いた。
「――バーラン王国との取引を止めては? この国とは合わなくてよ」
公爵が目を見開く。
「お前……まさか……!?」
気付いたようね。
「私が知らないとでも?」
公爵が視線を逸らし、その頬からは冷や汗が流れる。
「え? 何の話?」と自分の国の話になった途端会話に入ってこようとするカイトさん。でも、私達は素知らぬふり。
「そのお陰で痛い目を見たのでしょう? 友好国を広げるのはいい事ですけれど、もう少し国を選んでは?」
「ふんっ! お前に何が分かる!」
自分でも分かっている癖に。
そこへ、バタバタと品の悪い足音が聞こえて来た。それだけで随分焦っている事が分かる。
勢い良く扉が開き、久しぶりにとある人物と再会した。
「お父様!!!」
その人物は私を認めるなり目を瞠る。
「――フローリア!?」
「お兄様、今更いらしたの?」
「何でお前がここに――」と息を整える事も忘れ、お兄様が青筋を立てながら私に詰め寄る――前に、公爵が声をかけた。
「フリーツ!? どうして帰って来た!?」
久しぶりに見た腹違いの兄は、どこかへ外交に行っていたようで暫く姿を見なかったのだけれど、このタイミングで帰って来たという事は公爵が倒れたと耳に入ったのでしょうね。
公爵の声を聞くなり、私に用はないというように、ベッドに縋りつく。
「お父様が倒れたと伝達があり、急いで戻って参りました。ご安心ください。外交自体は終わらせてきましたので」
「そうか」
公爵もバーラン王国との取引に躍起になっているし、お兄様も外交へ出ていた――公爵はこの国を発展させる為に動いているのね。そこだけは尊敬するわ。だからって、やり過ぎだけれど。
それにしても、公爵は外交に対してそんなに積極的な人だったかしら? 借金を返す事に、必死ってところかしらね。
まぁ、多少の疑問は残るけれど、公爵とお兄様のやり取りを見ているのも虫唾が走るし、カイトさんには居場所が無いし、そろそろお暇しましょうかね。
「何があったのか詳しくは知りませんが、貴方がいなくなって困る方がいるという事も考えるべきでは?」
公爵はまたその口を閉ざす。図星を突かれて返す言葉も無いようね。
代わりにお兄様が啖呵を切った。
「お前は黙っていろ、フローリア!」
煩いところは変わらないわね。
「行きましょう、カイトさん」
「あ、ああ」
私に対して怪訝そうな表情を見せた後、カイトさんへ不思議そうに視線を向ける。お兄様からすれば、カイトさんはどこの馬の骨とも知らない方だものね。その間抜け面が面白くて笑いそうになってしまったわ。堪えたけれど。
扉が閉まった後に「寧ろ、笑ってやれば良かったかしら?」なんてボソッと呟いてしまったわ。
「どうした? フローリア」
「いいえ、何でもないわ。行きましょう」
「ああ」
そんなカイトさんはさておき、無事な公爵の顔を見たら、ひと安心出来たわ。
騎士達が未だにゴロゴロいる廊下を抜けると、声が聞こえて来た。
「ところで――」
背後からただならぬ気配を感じておずおずと振り返る。
「さっきの男性って誰なんだ? お兄様って言っていたが、そんな事は聞いてないぞ?」
また、斜めな嫉妬を……私は一度前を向いて息を吐き、歩き出す。
「お兄様はお兄様よ。腹違いの兄」
「本当か? 絶対に? 嘘じゃないだろうな?」
「貴方に嘘なんて吐いても仕方が無いでしょう?」
「……そうか」
全くこの人はいつも何を考えて――
「だが、あの男性を見た事があったんだ」
「え?」
見た事がある? あの人は私がこの城に帰って来てから一度も顔を合わせていないくらい外交で忙しなく各国を飛び回っていたのよ? この国に来たばかりのカイトさんとどこで出会うというの?
私は立ち止まってカイトさんと視線を交わす。
「カイトさん」
「わっ! な、何だ?」
どこかよそ見をしながら歩いていたのか、カイトさんが私にぶつかりそうになった。慌てて急ブレーキをかけて回避していたけれど。
「お兄様とどこでお会いしたのか覚えていて?」
「え? そうだな……」
カイトさんは考えるそぶりを見せながら、思い出そうとしている。顎に手を置いたり、人差し指を眉間に当てたり。様々な仕草を見せた上で何か閃いたらしい。
「思い出した!」
思い出してくれないと困るのよ。
そして、カイトさんが放った言葉は私からしても意外なものだった――。
「俺の国――バーラン王国だ!」
一瞬信じられなかった。
「なんて、言った――?」
「だから、バーラン王国で見たんだ!」
そんな訳――どういうこと? 確かに友好関係を結ぼうと動いている国だとは聞いているけれど、外交に携わっているのは公爵では? どうしてお兄様まで関わってくるの?
――そもそも、他の外交もどうしてお兄様が行っているの?
将来的には公爵を継ぐも同然だけれど、それにしては早過ぎる――お兄様はまだ二十歳にもなっていないないのよ?
公爵だって『アヘン』を服用しなければ、倒れる事も無く健全に公務をこなしていた。その代理とは考えにくい……。
何が起こっているの――?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます