第六章  新たな方法


 良く考えれば、分かる事だったのよ。

 元々バーラン王国は悪名高い事で有名。そこと手を組もうとしているのだから、悪巧みをしている筈。

 バーラン国王は公爵を急かしている様子だった。早めに事を起こしたいのでしょう。

 でも、まだ決定したかどうかは分からないわ。あの後、公爵は何て結論を出したのかしら?

 あの公爵が迷っている程だから、大罪である事は間違いない。


――そこを明らかにすれば、公爵の地位は必ず奪われる。


 ただ、何をしようとしているのかは聞き取れなかったし、今回は一週間粘ってたまたま一部の内容を聞けたけれど、またタイミング良くそんな話が聞けるとは考えにくい。

 どうやって尻尾を掴めばいいの?


「フローリア、どうした? 何か考え事か?」


 彼の手がそっと私の頬を撫でる。


「いえ――何も」


 私の膝の上でくつろいでいたカイトさんが声をかけてくる。膝枕はもう日常と化していた。ついでに手を繋ぐ事も――一国の王子がここまでべったり甘えていていいのかしら。

 あれから二人で寝直す事になったけれど、私は公爵の事を考えて一睡も出来無かった。


「何かあったのか? 俺に出来る事があったら言ってくれ」


 そうね。貴方を利用すると決めたのは私だもの。そうさせて貰うわ。

 公爵とバーラン国王が何を企んでいるのかはまだ分からないし、迂闊な行動は取れない。

 とりあえず、詳細は控えて聞けるところだけ聞いてみましょう。


「――こういうことを聞かれるのは、嫌かもしれないけれど」

「何だ? フローリアに聞かれて嫌なことなんてない。何でも聞いてくれ」


 愛おしそうに見つめられると罪悪感が増した、気がした。


「バーラン王国は黒い噂が絶えないけれど、本当はどんな国なの?」


「あー、確かにそうだな」と、彼は何の気無しに言った。そんな反応なのね。


「俺は一応王子だが三番目だし、公務に関わる事は殆どないんだ。だから、何がどうやってその黒い噂ってヤツに結び付いているのかは分からないが、誤解だと思っている」

「誤解?」

「何も無い、普通の国だ」


 カイトさんはそう微笑んで見せた。

 そうだとしても、彼が知らないだけで裏では不正が行われているのでは?

 あの会話は、どう考えたって――。


「なぁ、俺を見てくれ」


 私の膝から起きて隣に座り直し、じっと見つめられる。

 さっきの明るい声とは違い、今度は真剣な声が聞こえてきた。


「どうだっていい、そんなこと。俺はフローリアと一緒にいたい。前世で出来無かった事を全部やるんだ。俺の心の中はフローリアで一杯なんだから、フローリアも心の中を俺で一杯にして欲しい」


 絡め取られた手は、もう二度と離さないというように強く強く握られた――。



 ***



 朝食を終えて、二人で読書中。

 その間も、私の頭の中は二人の会話で一杯だった。

 何か手掛かりを得るには、バーラン王国を知らなければ――そう思った私は、カイトさんを誘って書庫までやって来ていた。

 書庫には自国の歴史だけではなく、他国の書物も多く置いてある。その中から数冊を取り出しては読み、取り出しては読みを繰り返す――特にバーラン王国の黒い噂は見当たらなかった。書物には残さないようにしているのでしょうね。


「さっきからうちの本ばかり読んでいるな。興味を持ってくれたのか? 嬉しい」


 カイトさんは隣で見当違いに喜んでいるけれど。


「結婚したらバーラン王国うちに来るのだから、知っておきたいだろう。俺で良ければ何でも聞いてくれ」

「けっ――!?」


 何でそんな話に――ああ、そうか。元々婚約者候補として面談させられていたわね。公爵とバーラン国王との件ですっかり忘れていたわ。

 一つ咳払いをして冷静さを取り戻す。


「結婚するなんて言って無いわ」


 何の返答も無くて、不思議に思いながら視線を向けると、悲しそうな表情で立っていた。子どもでは無いのだから、そんなに泣きそうな顔をしなくても――。


「何故だ? もう何度も愛し合ってるのに――俺の何がダメなんだ?」

「何度も言っているでしょう。私はもう花園立香とは違うの。貴方が思っているような――」

「俺だって何度も言っているだろ!? 君がいいんだと! 今の君がどんな君であろうと、花園立香だった事実は変わりない! だから、愛し続ける! どんな事があっても――」


 畳みかけるように言われると、いきなり抱き締められて体が揺れた。本を本棚に戻しておいて良かったわ。じゃないと、落としてしまっていたかもしれないから。


「俺は諦めない、花園立香もフローリアも俺のものだ」


 彼の腕の中で何も出来ずに、ただ抱き締められているだけだった。

 随分、好かれたものね……。



 ***



「はぁ……調子が狂うわ……」


 彼がトイレに行っている間、書庫の椅子に座って項垂うなだれていた。

 私が今したいのは、公爵とバーラン国王の鼻を明かすこと。けれど、王子が邪魔だわ。

 もちろん、私だって前世では愛していたけれど、今は違う――その言葉にどこか違和感を感じたけれど、気にしない事にした――彼に構っている暇なんて無いのよ。

 とにかく、もう一度書物を確認してみましょう。手掛かりが手に入るかどうかより、今自分が出来る事をしなければ。

 私は再び立ち上がり、場所を移動しながら大きな本棚をくまなく探して行く。気になった本を開き、読んでみる。


 バーラン王国は、初代国王トリノ・ハン・バーランがその大地を見つけ、所有地として手に入れて開拓した、元は小国だった。だが、他国との外交を重ねる内に併合を繰り返しながら大きくなり、王制を敢行するまでになった。今では、その歴史は千年と長い――


 私はパタンと本を閉じる。


「どれも内容は同じね」


 いつものように溜息を吐きながら、本棚に戻す。


「――思考を変えましょう」


 あの公爵が渋る上に、大金が手に入る物といえば?

 大金といえば、金塊かしら? それをどこかで手に入れようとしているのなら――いや、でもそれだと公爵が渋る理由が分からない。

 金塊が手に入るのなら、あの公爵はノリノリで計画に賛同する筈。そもそも金塊を使って何をするのかしら? おつりがくる程のものだと言っていたのよ? 金塊は金塊じゃない。それ以上の値打ちは無いわ。


「違うわね」


 とりあえず、他の棚を見てみる――目ぼしい物は見つからない。


「はぁ……何だか疲れてきたわ」


 頭を使うと疲れるのは当然よね。休憩しましょう。


「フローリア」


 戻って来たかと思ったら、また抱きしめられる。まぁ、もう慣れたけれど。


「カイトさん、ティータイムにしましょう」

「ああ、そうしよう」


 壁にかけてある時間を確認する。丁度午後のティータイムの時間だった。

 朝からずっと考えているのに、ここまで分からないなんて……きっとよっぽど身近に無いのでしょうね。この国には無い物かもしれないわ。実際バーラン王国に行ってみるべきかも――ダメだわ。私がこの城から出るなんて許される筈が無い。


――これ以上の打つ手は無いようね。


 その時、カイトさんが私の手を取った。心ここにあらずだった私は一瞬驚く。


「ティータイムはどこでするんだ? やっぱりバルコニーか?」


 その時、何かを思いつきそうになった。彼を見つめながらフリーズする。


「今日はいい天気だから、きっと外の方が気持ちいいだろう」


――そうよ。あるわ、バーラン王国へ行ける方法!


「ねぇ、カイトさん」

「何だ?」

「私、カイトさんのお母様にご挨拶したいわ」


 これよ、これなら、バーラン王国へ行ける! 寧ろこれしかないわ!

 カイトさんと結婚してバーラン王国で暮らすなんて事はしたくない――けれど、婚約者――こんな時だけ都合がいいのだけれど――なのだから、親御さんにご挨拶に行くのは当然! これなら、公爵だって私をバーラン王国へ向かわせてくれる筈。


「――悪い」

「え?」


 返ってきたのは、まさかの否定だった。


「お母様はこの国には来れないんだ」


 何だ、そんなこと。


「来れなくていいの。私がバーラン王国へ出向くわ」

「え!? それは申し訳無い……お父様だってこの国で挨拶したし、お母様もこの国で挨拶するべきだろう?」

「そんな事無いわ。だって私、最終的にはバーラン王国で暮らす事になるでしょう? 先にどんな所か見ておきたいの」


 カイトさんは「うーん」と唸っている。何をそんなに渋っているのかしら? 私の想像ではもっとノリノリの予定だったのだけれど。

「実は」とカイトさんが切り出してくる。


「お母様はご病気なんだ」

「ご病気?」

「ああ、だから、体調がいい日じゃないと挨拶は出来無いと思う」

「じゃあ、暫く滞在させて貰うわ。そうすれば、どこかでご挨拶出来るでしょう?」


 また考えるポーズ。


「――分かった。それなら、確かに挨拶出来るかもしれないな」


 よし! これでバーラン王国へ出向けるわ! あとは、公爵がどう出るかだけれど……そこは、この人に難とかして貰いましょう。公爵もカイトさんの前なら安易に否定出来無い筈だわ。


「日取りはいつにする?」

「来週はどうかしら?」

「来週か……急だな」

「挨拶は早めがいいに決まっているわ」

「そうか?」

「そうよ」


 本当は今日にでも行きたい気分なのよ? それを来週にしたのだから、私だって一応気を遣ったの。

 カイトさんを説得して、来週バーラン王国へ行く事になった。


「早速、公爵へ報告に行きましょう」

「――ティータイムは?」

「後でいいわ」

「いい、のか?」


 戸惑うカイトさんの腕を引っ張って、公爵の部屋まで強制連行。


――待っていなさい、公爵。貴方の思い通りになんてさせないわ。



 ***



 護衛を押しのけて無理矢理二人で公爵の部屋へ入ると、一人書類とにらめっこをしていた。どうやら、バーラン国王はいらっしゃらないみたいね。


「公爵」


 声をかけると視線を上げ、目が合う。途端に嫌そうな顔をされるのだから、笑いそうになってしまったわ。


「何だ――これはこれは、カイト王子」


 カイトさんに気がついて態度を改める。分かりやすい人。


「どうなされました?」

「来週からバーラン王国へ行きます」

「は?」


 カイト王子の手前下手に出ていたけれど、私が一言発すると、顔を歪めた。


「急に何を言っている?」


 怪訝そうな顔で私に聞いてくる。


「私達は婚約者です。親御さんに挨拶をするのがマナーでしょう? ですが、カイトさんのお母様はご病気で国から出られません。ですから、私が出向こうと思いまして」

「何だと?」


 カイトさんがいることも忘れていつもの表情に戻りそうな公爵。いいのかしら? 友好関係が結べなくても。でも、正直いつも通りに話せないのは私も同じ。私の前世を知っている彼の前でいつもの調子で公爵と話すのは気が引ける。出来ればあまり抵抗しないで欲しいわ。


「――良かろう。早く帰って来い」

「はい。早速来週から参ります。馬車をお借りしますわ」

「護衛もつける」


 見張りでしょうに。


「承知致しました」

「構わん」


 意外とあっさり許してくれたわね。恐らく、私が腹をくくったと思ったのでしょうけれど、これが仇にならないといいわね。


「ありがとうございます」


 公爵に会釈をして、何が起こったのか理解出来ていないカイトさんの手を取り、公爵の部屋を後にする。


「えっと、結局来るのか?」

「ええ。来週行くわ」

「そうか! お母様もきっとお喜びになる!」

「そう」


 それは口実でしかないから、正直どうでもいい。私の目的は公爵と国王が何を企んでいるのかを知ること。その為にバーラン王国で黒い噂の正体を探るのよ。それが少なからず道しるべになってくれると思うから。

 見張りが付くのは面倒だけれど予想していなかった訳では無い。どちらにしろ、今の私は自由とは無縁。動ける状況は自分で作るわ。

 何にせよ、公爵の許可は取れた――来週が楽しみね。





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