第五章  打開案


 そっと瞼を開けて隣を確認すると、カイトさんは静かに寝息を立てていた。


 あれから一週間が経過した。

 打開案はまだ一つしか見つかっていない。もっと何かあればいいのだけれど。

 とにかく、彼が寝ている間に何か手掛かりを見つけましょう。

 時刻は深夜一時。

 私は最近夜な夜な行っている事がある――それが、打開案なのだけれど。

 彼を起こさないようにそっとベッドから離れて、クローゼットの中のショールを手に取ってから羽織る。


 扉に近付いて聞き耳を立てる。

 私を逃がさない為、カイトさんの護衛の為に見張りは必ずいるから、何か誤魔化す方法を考えないと。

 そっと扉を開けて廊下へ出ると、案の定見張りが話しかけてきた。


「――どうした?」

「お手洗いに行くだけよ」

「じゃあ、私も一緒に――」

「中でカイト王子が寝ておられるのに、私に気を取られていていいのかしら?」

「じゃあ、メイドを呼んで――」

「今、ここで見張りをしているのは貴方一人でしょう? 貴方がこの場を離れた時にカイト王子に何かあったら……どう責任を取らされるのかしらね?」

「それは――」

「心配しなくてもすぐに戻るわ」


 そのまま踵を返して廊下を進み、角を曲がった。


「はぁ……」


 最近この時間に起きていることが多いから見張りも私に対して警戒心が強いみたい。だから、有無を言わせないように言葉を被せつつ話したのだけれど、更に警戒されたりしていないかしら? でも、お手洗いに起きるのは仕方が無いわよね――実際は違うけれど。

 カイトさんの存在は正直邪魔だと思っていたけれど、使い方次第ね。使用人達が起きているのは遅くても二十三時。殆どの使用人は眠りについて、夜番だけが残る。その分人数も少ないから、見張りに避ける人員だって減るもの。カイトさんを私の部屋に泊めて置いて、見張りが一人というのはさすがに手薄だと思うけれど。この国が平和ボケしていて結果的に助かったわね。


 ここからはもちろんお手洗いへ向かうわ。何故ならそこが公爵の部屋の真下だから。

 あまり長時間私が戻って来ないと騒ぎになる事は目に見えているから短時間で終わらせないと。


――私には秘策があるの。誰も知らない秘策が。


 急いでトイレまで行き、壁に手をつく。

 私だって追放されている間何もしなかった訳では無い。

 昔、外交で付いて行った場所で魔法を使っている国があった。それにとても心を惹かれて、私も使えるようになりたいといくつか書物を持ち帰らせて貰ったの。追放された時に全て没収されてしまったけれど、内容は暗記していたから問題無かったわ。所謂修業的なことを暇潰しにしていたのよ。

 だからって使える魔法はもちろん限られているけれど。


――そもそも、この国には魔法がない。


 魔法が存在しない国に生まれた私には、魔法に使用する魔力は基本的には存在しない。けれど、外交の時、魔法に興味を持った私に長老が少し分け与えてくれたの。それだっていつなくなってもおかしくないのだから、使い方は考えないといけないけれど。

 だから、あまり使用したくはなかったのだけれど、だからこそ秘策でもある――これが、私の思い付いた打開案。


 トイレの中なら誰も見ないだろうし、怪しまれることはない。ここなら、少しの魔力だけで向こうの声が聞こえる。

 右の掌に意識を集中して、そこに魔力を集中させる。壁を伝って、映像が私の中に流れ込んできた。


「――本当だな?」


 声が聞こえたと思ったその瞬間、公爵がソファに座っている映像が映し出された。誰かと話しているみたいだけれど、来客でもあったのかしら?

 こんな時間まで誰と何の話を――?


「もちろんです、公爵。私の言う通りにして頂ければ、損はさせません――それに、この計画が上手くいった暁には貴方が作った借金も無に帰します。プラス、小遣いも手に入りますよ。悪い話ではないと思いますがね」


 公爵が他国から借金をしていた――?


 元からクズ公爵だと思っていたけれど、どうやら思っていた以上にクズだったみたいね。益々腹が立つわ。

 話しているのは公爵が借金をしている相手かしら。どこかで聞いた声だと思うのだけれど……誰だったか思い出せないわ。


「――うっ」


 そこで、体に力が入らなくなった。ガクッと膝をつく。


「はぁ、はぁ……」


 息が上がり、肩が上下に大きく動く。全身から汗が噴き出していた。


「ここで限界なんて……本当に情けないわね……」


 元々魔法に対する態勢なんて整っていないのだから、こうなることは目に見えていた。魔力の低下も何と無く分かるし、これ以上は止めるべきね。

 あまり長居はしたくなかったし、丁度いいわ。

 少し休んで、汗がある程度引っ込んでからトイレを出て自室に戻った。

 見張りは一瞥しただけで何も言わなかったけれど、中に入って扉を閉めようとした時に小さく息を吐いていたから、気が気じゃなかったのかもしれないわ。そんなに心配しなくても戻って来るわよ。

 今の私は公爵への復讐を糧に生きているのだから――。


「フローリア!」


――声がした。


 もちろん、それはカイトさんの声なのだけれど――そうじゃなくて、何かが引っかかる。


「今たまたま目が覚めたのだが、フローリアがいなかったから――どこへ行っていたんだ?」


 慌ててベッドから飛び起き、私を抱き締める。


「――お手洗いに行っていただけよ」


 そうだわ。どこかで聞いたことがあると思ったあの声は――


「――カイトさん」

「何だ?」

「もしかして、お父様がいらしていませんか?」

「え?」


 考えられるのは、それしかなかった。


「ああ、昨日公爵と一緒にお父様も来国されたと聞いたが」

「そう」


 やっぱり。公爵が話していた相手は――バーラン国王。

 声がカイトさんに良く似ていた。親子じゃないとあそこまで似ないわ。

 私は基本的にこの部屋から出ることを許されていない。カイトさんはたまに公爵と話しているけれど。その時にバーラン国王が一緒に来国したと聞いたのでしょうね。

 公爵とバーラン国王は何かを企んでいて、それによって大金を得ようとしている。


――これは、有益な情報を手に入れたわ。


 苦節一週間、もう一つの打開案がやっと見つかったわね。


――公爵とバーラン国王の計略を阻止する。


 物は使いよう――バーラン国王が関係しているのなら、カイトさんには悪いけれど、貴方を利用させて貰うわ。

 私はカイトさんの腕の中でほくそ笑んだ。


 今度追放されるのは――貴方よ、公爵。





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