第46話 グリーンスペース

「あーテスト疲れた」


 期末テストの一日目を終え、他の生徒が二日目のテストに向けて足早に帰る中、音葉は華愛と二人で気分転換に『グリーンスペース』を訪れていた。


 ここ南雲平高校は校舎が大きく三つに分かれており、その全てが一つの渡り廊下で繋がっている。

 他の高校と同じように、基本的に屋上などは出入り禁止となっているのだが、唯一、その渡り廊下部分の最上階にある広めのルーフバルコニーだけは、常に開放されている。

 人工芝が敷かれ、天気の良い日は昼食をここで食べる人も多い。そんなこの場所を、南雲平の生徒達は『グリーンスペース』と呼び、大切にしている。


 特に眺めがいいわけでもないが、より空が近いところで風に撫でられるだけ気分が良くなる。テスト勉強で凝り固まった脳が解れていく気がした。


「もう勉強したくなーい」


「まだテストあるよ」


「華愛、それ言わないでぇ〜」


 華愛の最もなツッコミに、テストが全て終わっていない現実を突きつけられる。


「音葉はテストの成績あまり良くないの?」


「うーん、普通かな。悪くはないし、決して良い訳でもない」


 音葉の学力は至って普通だ。勉強すればそこそこの点数は取れる。

 律の様に学年トップクラスの成績を出せる事もなければ、響の様に赤点を取りそうになる事もない。

 今回も勉強は怠らなかったので、いつも通りの成績は取れるだろう。


 それでも、テストというものはどうにも気分を悪くする。

 特に、今回はテスト期間でバンドの活動ができない事が、音葉にとって大きかった。早くみんなと一緒に歌いたいのに、テストのせいでそれが出来ず、もどかしい日々が続いている。


「あー早く歌いたい」


「私も早くベースの重低音が聞きたい」


 今回の期末テストは今日も含め五日間で行われる。つまり、あと四日テストが続く事になる。その事実に音葉は気が狂いそうになる。


「まだ四日もテストが続くなんて、頭がおかしくなりそう」


「私も数学苦手だから、明日のこと考えると狂いそう」


「他の科目は得意?」


「日本史とか英語は得意……かな。多分、典型的な文系の頭しているんだと思う」


「そっかー。私は逆に日本史に苦手意識あったから数B選択にしちゃったよ」


 数Bという言葉であの二人の顔を思い出す。律に関しては誰もが認める実力なので心配ないが、響は大丈夫だろうか。

 そもそも、文系に進む人が多いこの学校で、どう考えても理系には見えない響が数Bを選択している事が不思議に思える。

 でも、響がその選択をしたからこそ同じクラスになり、こうして音葉はバンドメンバーに入る事ができた。むしろ、選んでくれてありがとうと音葉は響に感謝しなくてはいけないのかもしれない。


 改めて成り行きを振り返ると、偶然の積み重ねが引き起こした奇跡なのだと思えてくる。

 音葉が母の為に投稿していた動画を響が観ていて、同じ授業を選択したクラスで、音葉の正体を知られることになった。


(人生、いつどこで何が起きるのか分からないものだなー)


 心の中でしみじみとそう思う。

 まさか自分が軽音部でバンドを組み、人前で歌っているなんて、一ヶ月前には想像もできなかっただろう。


 まだお昼にもならない太陽の位置が高い時間帯。梅雨の時期にしては天気も良く、青い空には薄い雲がかかり、形のある雲も無数に漂っている。

 確か、朝の天気予報は明日からまた雨が降り始めると言っていた。屋根のないグリーンスペースに来る事も、雨が降る数日は難しくなりそうだ。

 テストも続く、天気も悪くなる。

 

「あー早くテスト終わらないかなー」


 思わず音葉の口から、ここ数日で口癖になってしまった言葉が溢れ落ちるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る