第23話 天国から地獄

「やっほー!」


「響、馬鹿丸出し」


「うっせ!」


 今日でやっと期末テストの全教科全てが終わり、響と律は視聴覚室に向かって走っていた。

 テスト期間が終わり、今日から部活動が解禁となる。やっと練習することができる喜びで、響は胸がはち切れんばかりだった。

 それは律も同じようで、一見いつもの爽やか笑顔だが、響にはうずうずして仕方がないと顔に書いてあるように思えた。


「ガチャ!ギィー!ドン!」


 先に視聴覚室に着いた響が、防音の重いドアを勢いよくあけた。一番乗りかと思いきや、そこにはすでに音葉と華愛の姿があった。


「遅いよー」


「いや、早すぎだろ! さては、やる気満々だな!」


「そういう響も、勢いよくドア開けすぎ! 嬉しいのは分かるけど、壊れても知らないからね」


 響が音葉とやりとりをする中、律と華愛は黙々と自分達の準備を進めていく。

 律はドラムセットをセッティングし、準備運動でドラムの感触を確かめている。華愛はベースをアンプに繋ぎ、チューニングを行い始める。やる気満々の二人に自分も負けてられないと、響もギターケースから愛用のギターを取り出す。アンプに繋いでチューニングを行い、音を確かめていく。

 ふと視聴覚室の後ろの方に視線を向けると、音葉も発声練習をし始めているようで、心地の良い声が楽器の大きな音に混じって少しだけ聞こえてきた。


 しばらく経つと、不思議と同じタイミングで全員が顔を見合わせる。


「なんか今日は調子がいいぜ」


「私も!」


「そうね」


「俺もだよ」


「今日ぐらいはちょっと派手にぶちかまそうぜ!」


 テスト期間で全く練習ができなかった事もあり、沸る高揚感が響を支配していく。 

 普段であれば「あんまりうるさくしたら怒られるよ」と注意するだろう律も、今は響と同じ思いの様だった。テスト期間という縛りから解放された今、律もドラムを叩きたくてうずうずしているのだろう。


「早速、俺らの新曲やっちゃおうぜ! 音葉、歌詞憶えてるか?」


「もちろん!」


「律は?」


「OKだよ」


「私も大丈夫」


「よしっ! じゃー律、カウント頼む」


 その言葉で律がドラムステックを持った手を動かし、シンバルを軽く叩いてリズムを取る。


「1、2、3、4」


 ドラムから始まったイントロはジャズ調で小洒落ていて、かつリズミカルでバンドっぽい勢いがある。

 リズムを奏でる律のドラムの音が盛り上がると同時に、ギターもベースも曲に乗り始める。そして、イントロ終了と同時に音葉の歌声がサビからスタートした。




 さあ 手を叩いて このリズムに乗って歌い明かそうよ


 老いも若きも関係ない 魔法のリズム


 さあ 足を鳴らして このリズムに乗って踊り明かそうよ


 自由に 楽しく 思いを乗せて 魔法のリズム


 朝が来た 小鳥達がさえずって 今日も陽気なリズムを奏でているの


 今日が来た 喜び歌い合って きっといつの間にか誰かと繋がっている 


 落ち込むことがあったって リズムに乗れば 一人じゃない 


 諦めたくなっても 泣きたくなっても 


 世界は等しく朝を迎えるんだ 


 だから口ずさもう 希望のメロディー


 さあ 手を叩いて このリズムに乗って歌い明かそうよ 


 国も文化も関係ない 魔法のリズム


 さあ 足を鳴らして このリズムに乗って踊り明かそうよ


 生きて 感じて 思いを乗せて 魔法のリズム 




「ジャーン!」


 最高だった。

 初めて音が一つにまとまった気がした。


 ジャズ調の難しいメロディーにも関わらず律の奏でる安定したリズム。その上で決めるところをバシッと入れてくるセンスは最高だった。

 華愛のベースも律のドラムが刻むリズムをしっかり支え、かつ、コードとコードの繋ぎを完璧にこなす事でジャズ調にマッチした音に仕上がっていた。

 そして、音葉の響き渡る様な歌声が、歌詞一つ一つに思いを乗せて、この曲を完璧に表現していた。


 自分の作った曲が生き生きとして輝いていた。自分がやりたかった音楽はこれなんだと、響は強くそう思う。

 曲は作っただけじゃ完成しない。最高のメンバーで一つになって初めて仕上がるのだという事を、今身をもって知った。響は続々と湧き上がってくる興奮と達成感に襲われ、言葉が出ない。


「パチパチパチパチ!」


 放心状態の四人は自分たちが盛大な拍手を贈られていることに気が付くと、一斉に背後を振り返った。

 視界の先には、中庭から全開になった窓ギチギチに、顔を覗かせている他の生徒達の姿があった。野球部もいれば、サッカー部もいるし、通り掛かって立ち止まったのか制服姿の人もちらほら見える。


「すげー!」


「なんて曲?」


「鳥肌立った!」


「もっと聴かせろよ!」


 周りの状況に響は唖然と立ち尽くす。

 どうやら視聴覚室の窓を開けたまま演奏してしまっていたらしい。

 いつの間にか窓が全開にされ、中庭には大勢の生徒が響達に向かって称賛の言葉を贈っていた。

 たくさんの人の心に自分たちの音楽が響いたという実感が押し寄せてくる。


 しかし、その状況も一瞬で覚めることとなる。


「ピンポンパンポーン。軽音部! 職員室に来い!」


 そんな生活指導担当の教師の怒鳴り声が天井から降り注いで来た。

 一瞬にして夢見心地の天国から、地獄へと落とされる。

 隣でドラムを見つめている律の顔を響はチラッと見る。彼らしくない血の気が引いた顔に、響は更に不安を覚え、周りの温度が急激に冷めていく様な感覚に囚われるのだった。

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