第24話 説教

「お前ら!テスト終わったからって調子に乗るな!」


「「「「すみません」」」」


 体育教師であり生活指導担当でもある強面の先生が、そのガッシリとした体格から力強い声で律達四人を叱っていた。鬼の形相をした先生の後ろには大きなホワイトボードが置いてあり、職員室の奥が見えない様になっている。テスト明けという事もあり、先生達がそれぞれテスト用紙にペンを走らせているのか、掠れた音がその向こう側から聞こえてくる。そして電話の音も鳴り止まない。


 まだ職員室の入室制限がある為、律達はドアを入ってすぐの所に立たされ説教を受けていた。

 四人は声を揃えて平謝りを繰り返している。


「音がただでさえ響き渡っていたというのに、興奮した生徒達が更に大騒ぎ。近隣の住民の方々から苦情の嵐だ!」


「本当にすみませんでした」


「期末が終わってこれから採点をしなくちゃいけない先生方が、その苦情の対処で走り回ってるぞ!」


 謝る事しかできない律は必死に頭を下げた。これ以上事態が大ごとにならない事を心の中で祈り続けている。しかし、どうしても頭を過ぎってしまう光景は、律にとって最悪の展開だった。それだけはやめてくれと切実に願う。


「お前らは一週間の活動禁止」


「「そんな!」」


 響と音葉が同時に頭を上げ叫ぶ。

 心底残念そうに顔を歪めている二人には申し訳ないが、それで済むのならと律は心を撫で下ろした。

 しかし、現実はそんなに甘くはなかった。


「それとお前らの親御さんには連絡をさせてもらった」


「えっ……」


 最悪のシナリオが現実となってしまう。

 急激に体温が下がっていくような感覚。体に力が入らず、いつもの爽やかスマイルは今の律には面影もない。


「三上。お前はいつも学年トップで優秀な生徒だ。こんなことでお前の履歴に傷をつけるな。親御さんもすごく心配していたぞ」


 その言葉に律は唇を噛み締める。何か苦いものが口の中に染みて行く。さっきまでみんなで演奏して、達成感に満ちて、凄く幸せだった。なのに今、律の心は絶望の中にいる。さっきまでの事がまるで夢だったように感じる。


「三上、この後親父さんが迎えに来るそうだ。ここで待っていろ」


「はい……」


(クッ……)


 思わず視線を斜め下に向け、眉間にシワを寄せてしまう。

 今すぐ逃げたい。

 ここから居なくなりたい。

 でもそれすら出来ない自分の弱さに、呆れるのを通り越して、思わず自嘲の笑みを溢した。


「なあ、親ってお前やべぇんじゃなねーか……?」


「ああ。もしかしたらバンド解散かもな……」


 響の言葉に努めていつも通りの笑顔を繕おうとするが、上手く顔の筋肉が動かない。その引きつった醜い表情に、自分自身で酷いものだなと心の中で笑ってしまう。

 当然、そんな仮面で響が騙されるわけもなく、


「そんな顔すんじゃねぇーよ……」


と、響は小さな声でぼそっと呟いた。


「律くんのお家って、厳しいの?」


 不安げな顔をしている音葉、困惑顔の華愛、そして悔しげな顔をした響。これ以上みんなに心配かけてどうすると自分に言い聞かせる。


「そうなんだよね」


 律は先ほどよりも少し冷静になった状況で、いつも通りの爽やかスマイルをしっかりと作り上げた。

 でも、今の律にはそれが一杯一杯で、三人を安心させられるような言葉をかける事はできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る