第46話 リハーサル

 いよいよ明日はライブ本番を迎える。今日一日は授業もなく、学校全体で文化祭に向けて準備に追われていた。

 響達も今日はリハーサルを予定している為、体育館の舞台袖でアンプやらコードやらを運び入れて待機していた。

 直前に舞台に立つ演劇部のリハーサルが押しているようで、なかなか呼ばれないまま時間が流れていく。

 残暑が厳しいこの時期、クーラーが効かない体育館内はただ立っているだけでも汗が止まらない。


「まだかよ。もう十分も過ぎてるぞ」


「すみません、大道具の配置でバタバタしてしまって。もう少しで終わると思うので」


 響の訴えに舞台担当の進行係らしき生徒が、頭を下げながら申し訳なさそうに言う。


「まあまあ、後少しなんだから慌てない、慌てない」


「別に慌ててねーし」


「響、緊張して他の人に当たるのやめた方がいいよ」


「音葉、言っておくがお前より緊張してないからな!」


「響、うるさい」


「はい、すみません……」


 華愛に本気のトーンで怒られ、流石に黙るしかない。静かになった舞台袖に、演劇部のセリフだけが聞こえてくる。

 暑さで溶けそうな響の頭には、それが呪文にしか聞こえない。


「いよいよ明日なんだね、本番」


 ふと、音葉が噛み締めるようにそう言った。

 明日本番を迎える事に、メンバーそれぞれで思うところがあるだろう。

 響にとってもこのライブを成功させる事は、バンドマンとして成功するという夢を実現させる為の一歩になる。今更、父に見返してやりたいとはもう思わない。でも、自分の夢は決して変わらない。


「そうだな」


「色々あったけど、ここまで来たんだね」


 音葉が言う通り、このたった数ヶ月の間にいろいろな事があった。

 ボーカルが抜けて悩んだり、音葉がなかなかメンバーに入ってくれず、やっと首を縦に振ってくれたと思ったら、全く噛み合わずみんなバラバラで喧嘩もした。やっとまとまってきたと思った矢先、律の親父さんを怒らせて、危うくバンド解散になるところだった。

 思い出せばキリがないトラブルの数々が、本番を直前にした今では笑い話に思えてくる。


、今があるんだ」


「響のくせに、まともなこと言うね」


「律くん、それ褒め言葉かな? ねぇ、それ褒め言葉でしょ?」


「響、うるさい」


「はい、すみません……」


 華愛の二度目のお叱りを受け、響はしゅんとなる。


「でも、色々あったからこそ今があるって、私もそう思うよ」


 不意に華愛がそう呟く。先程まで響を叱ってばかりだった彼女は、その整った美しい顔を緩めて笑って見せる。その笑顔のあまりの破壊力に、響を始め律と音葉も思わず口を半開きにして固まってしまう。


「大変お待たせしました! えっと『群青ShowTimes 』さん、舞台に出てください!」


 このタイミングで、進行係から声がかかった。


「じゃーいこっか」


 一人冷静な華愛は、何事もなかったかのように舞台へと歩き出す。

 残された響達は、お互いに見合って謎に頷き合い、駆け足で華愛の跡を追う。

 響の心はさっきに増して、気持ちが昂っていた。そして、他のメンバーも同じ思いだろう。

 いつもクールであまり自分の感情を言わない華愛だからこそ、あの言葉とあの表情はそれだけでメンバーの士気を高める。


 ワクワクが止まらない中、ドラムセットやアンプ、マイクなどをセットし準備が整う。メンバーの状況を確認したのち、響は大きな声で進行係の人達に合図を送る。


「準備できました。よろしくお願いします!」


「はい。では、『群青ShowTimes』さん、よろしくお願いします」


 進行係がマイクを通してそう言うと、響は順番にメンバーの顔を見る。音葉、華愛が視線に応えるように頷き、最後に律に向かって今度は響が頷く。


「1、2、3、4」


 律のドラムがリズムを打ち鳴らす。

 ライトアップされた眩しい舞台の上で、響は本番さながらに、思いっきりギターを弾き鳴らし始めたのだった。


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