第44話 ライブ本番

「やっぱあいつに任せるべきじゃなかっただろ!」 


 ザワザワと人が集まって来たグリーンスペースで、響は律に向かってそう言葉をぶつけていた。こうなった原因は、数分前に学校全体に流れた放送にあった。


『あーあーあー。コレ聞こえてます? ……はい、えーっと、文化祭を楽しんでいらっしゃる皆さん、お知らせでーす。これからグリーンスペースにて、ゲリラライブを行います。イェーイ。で、ライブを行うのは、『群青ShowTimes』です! えーっと、知らない方に簡単に説明しますと、爽やかスマイルイケメン、三上律、奇跡の歌姫、結城音葉、誰もが知る絶世の美女、桜木華愛、そして……バカ一名、この四人で結成されました、今大注目のバンドです! 皆さん、ぜひ生ライブ音聞いちゃってくださーい。俺も後で行くからな! 頑張れよ! ガチャッ……』


 観客を集める為にお願いした放送は、響にとって喜べない内容だった。完全に人選ミスである。全校生徒にバカ呼ばわりされる放送を聞かれ、イライラが爆発していた。


「いやいや、本当のことしか言っていないよ?」


 いつもの笑顔でそう答える律が、更に響の機嫌を煽ってくる。内心この状況を面白がっているだろう律を睨みながら、不満を更に溢していく。


「本当の事って……律も俺の事、バカだって思ってんのかよ!」


「思ってるよ。いつも言ってるし」


 さらっと返された言葉に心臓をぐさっと刺される。響は助けを求めるように、女子二人に視線を向けた。


「生粋のバカでしょ」


「みんな響のバカなところが好きなんだよ。自信持って!」


「グッはっ……音葉……それ……ぜんっぜんフォローになってねーから……」


 音葉と華愛からもバカだと認識されていた事を知り、響の心は度重なるダメージで萎れてしまった。地面にへたり込みたい衝動に駆られる。崩れそうになる膝に力を入れ、膝に手をつき視線を落とす中、律が宥めるように響の肩をポンポンと叩く。


「まーまー、あの放送のおかげでこれだけ人集まって来たんだから。ここは、ギターでかっこいい所見せつければいいんだよ。響のイメージ、下がるところまで下がっているんだから、もう上がるしか無いし。バカからかっこいいに昇格するよ」


 その言葉に響はバッと姿勢を戻し、期待いっぱいの瞳で律を見つめる。律の言葉はいつも正論だった。

 

(確かに、放送でだいぶイメージを持ち上げられた他の三人には、重いプレッシャーがかかっているはず。しかし、俺は元々イメージを落とされたから、後は基本的に上ることしかない!)


 単純な考えの響は自分に有利な解釈を脳内で済ませた後、律の両腕をガバッと鷲掴む。


「そうだよな! 律、サンキューな。緊張せずに気楽に行けって言うアイツなりの激励だったんだなきっと!」


「あはははは。そうだねぇ」

 

 視線を逸らしながらそう言った律の顔が、心なしか歪んで見えた気がした。しかし、気分が最高潮の響にとって、そんな些細な事はどうでもよかった。早くライブを始めたくてウズウズが止まらない。


 響は律から手を離し、ロープが張られた観客席との境界線に一歩近づく。周りを見渡すと、続々と観客が集まって来ていた。その人数は、グリーンスペースの緑が見えなくなってくる程だった。中には、クラスメイトや、前にスケットとして何回か練習に付き合ってあげたバスケ部もいる。そして、端の方には見守るように鈴鹿先生と音葉の父が立っていた。


(みんな俺らのライブを楽しみにしてるんだ……)


 何とも言えない感動が押し寄せる中、響は三人に視線を向けた。


「そろそろだな」


 このバンドのリーダーとして、気を引き締め声を上げる。三人もコクリと頷き、準備は整っていると合図を返してくる。


「なー円陣組まねぇ?」


「響、円陣好きだね」


「いいだろ、今日くらい」


「はいはい」


 律がいつものように言葉を返しながら、響に近づき肩を組む。その表情は晴々としていて、この状況を心から楽しんでいるように思えた。素直じゃ無いなと思いつつ、響は他二人に視線を向ける。その視線に、音葉は目を輝かせながら走り寄ってくる。華愛は肩をすくめてからこちらに向かって来たが、その表情は楽しげに見えた。

 それぞれが、それぞれらしい反応を見せる中、ガッチリと肩を組み合う。互いの熱を感じ、それに伴って気分も更に上がっていく。

 そして、自然と出て来た感情や思いを響は言葉として紡いでいく。


「ここまで本当に色々な事あったよな。音葉をメンバーに入れるのも大変だったし、ガチ喧嘩もした。律の親父さんも怒らせたし」


「あの時は本当にどうなるかと思った」


「律、柄にもなく真っ青な顔してたもんな。それでも、毎回本気でぶつかって一緒に乗り越えて来た」


「本当にそうね」


「うん、何回も乗り越えた。そして今日も乗り越える!」


「ああ、今日も乗り越える! それが俺らでしょ! だから、今日のライブ、絶対成功させる!」


「うん!」


「そうね」


「はいはい」


 もっと言葉にしたい思いがたくさんあった。短い時間じゃ話し足りないくらい濃い数ヶ月だった。響は、そんな言い切れなかった思いを込めて、これから披露する曲を全力で奏でようと心に決める。そして、強い思いを胸に、円陣を締め括る声をあげた。


「ライブ頑張るぞっ!」


「「「「オーーーーッ!」」」」


 そんな四人の重なった声を機に、集まっていた観客達が口笛や声を上げて盛り上がり始める。ギャラリーのボルテージが上がっていく中、四人は定位置につき、それぞれの準備を整える。

 響は、愛用のギターストラップを肩にかける。目の前に見えるのは、集まった観客とその先のどこまでも澄んだ青い空。群青と呼ぶにふさわしいその空を見つめながら、一つ深呼吸をした。そして、跳ね上がる心臓の鼓動を感じながら、音葉と華愛に視線をぶつける。そして最後に、響の合図を待っていた律に視線を合わせ、お互いにコクリと頷いた。


「1、2、3、4」


 律の聴き慣れたカウントが始まる中、響は全身で空気を感じながら、自分の作った曲がこの青空に向かって響き渡る瞬間を待つのだった。

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