第43話 太陽の笑顔
響達が学校に着いたのは、ちょうど十二時頃だった。お昼時のせいか、模擬店のせいなのか、美味しい匂いが周囲から漂う中、響はひたすらに階段を駆け上がっていく。
「律! 待たせた!」
律の指示通りグリーンスペースへ直行した響は、少しだけ上がった息を飲み込みそう叫んだ。
目の前には青い空と緑の人工芝が広がり、その一角に四人のステージが既に準備してあった。
当初の予定とはだいぶ違う場所に、自分達のステージが出来上がっている。楽器や必要最低限の機材が置いてあるだけの雑な作り。ライブらしい照明の灯りや舞台は無い。それでも、これ以上に自分達にピッタリなステージは無いだろうと響は思った。考えついた律を流石だなと思いつつ、響は待っていた二人の元へ走っていく。
「律! お前最高だよ、このステージ!」
「でしょ? これしか無いと思ったんだ」
律がニヤッと笑いながらそう答える。
「音葉っ!」
「華愛っ!」
響が律とやりとりしている後で、少し遅れて到着した音葉が華愛と抱き合い、泣きながら再会を喜び合っている。響も盛り上がっている女子二人の元に突撃しようと動き出したが、律にワイシャツの背後襟を掴まれてしまった。響はムスッとした顔を律に向けるが、爽やかスマイルが放つ無言の圧には勝てない。
自分もワイワイしたいのにと心の中で思いながら、律は盛り上がっている女子二人の姿を静かに見守ることにした。
「じゃー四人集まったし、始めようぜ!」
全員集合からしばらく経ち、気持ちが少し落ち着いたところで響はそう切り出した。他三人もそれぞれ顔を見合わせてコクリと頷きあう。
「で、どうする、律」
「全部俺に丸投げかよ」
「だってこのライブ考えたのお前じゃんか」
「まーそうなると思ってちゃんと段取りは考えたよ」
今すぐ始めたいとうずうずしていた響だが、このまま始めるのは気が引けた。
現時点で、元々の予定が大幅に狂ってしまっている。ゲリラライブとなってしまったこの場所には観客がいない。すでに何事かとグリーンスペースでこちらをチラチラ見始めている人も数名いるが、この状態で始めるのは心もとなかった。華愛の人を集めてしまう効果も、お祭り騒ぎの学校では半減している。
ライブを始める前に、まず観客を呼び集めることが必要不可欠だった。
「今、ちょうど水泳部のシンクロが始まっている時間だと思う」
律の言葉で、先ほどから微かに聞こえていた音楽はそれかと思い至る。
この南雲平高校の文化祭では、毎年水泳部のシンクロがメインイベントとなっている。屋外にあるプールから流れる音楽が、ここまで聞こえていた。そして、グリースペースにいる人が少ないこの状況にも納得がいった。
「シンクロは十二時半に終わる予定らしい。だから、そこを狙う。シンクロを見終えた観客をかっさらうんだ」
「なるほど! ……で、どうやってだよ」
「シンクロが終わったタイミングで、この学校全体に放送を流す。上手く誘導してもらうから、後は人が集まり次第公演開始」
「うまく誘導って、誰が放送流すんだよ」
「それはやる気満々の人がいたから頼んだ。ちなみに、ライブ音も学校に設置してある全部のスピーカーから流れるようにしてもらった。響、鈴鹿先生に感謝しろよ」
「やる気満々って……俺、一人しか顔浮かばねーんだけど……あのバスケ馬鹿で大丈夫かよ」
「大丈夫でしょ。少なくとも響よりは」
「おい」
「それに、ここから放送室は遠すぎるからね。俺達がやるのは現実的じゃ無い。全員ここで待機していた方がいい」
「律がそう言うならしょうがねぇ……」
律の言葉はいつも正論だ。多少もう一人の親友であるバスケ馬鹿に不安を残しつつ、響は律の案に従うしかないと考えた。
「音葉と華愛はそれでいいか?」
「ええ」
「うんっ!」
あっさり承諾した二人に少し拍子抜けしたものの、全員の意見が合致したことで、響の脳内は完全にライブに向かってスイッチをオンにする。
隣にいた律は、早速スマホで連絡を取り始めた。その相手は放送室にいるであろう親友に違いない。不安も感じつつ、バンドメンバーでもないのに自分達に力を貸してくれる親友に、なんだかんだ感謝していた。
「向こうも準備オーケーらしいよ」
響はポケットからスマホを取り出し画面をタップする。液晶画面には電子時計表示で12:25と出ていた。残りあと五分。そう思うだけで、全身の毛穴からブワッと汗が出てくる。心臓がバクバクと鳴り響き始め、熱い感情が込み上げる。
「よーーーーっし!」
思わず空に向かってそう叫んでいた。他三人が呆れたように視線を向ける中、響は青くどこまでも高い空に向かって、太陽に負けないくらい熱い笑顔を見せるのだった。
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