第42話 ライブ会場

 周りがお祭り気分で賑わう中、華愛達は着々とライブの準備を進めていた。ライブ会場となる場所は渡り廊下の最上階、グリーンスペースだった。


 南雲平生の憩いの場であるグリーンスペースは、今日もお祭り騒ぎの校舎内で、ちょっとした休憩所として利用されている。そんな場所に、律と鈴鹿先生は汗だくになりながら、アンプやドラムセットをせっせこ運び込んでいた。

 この学校にエレベーターは無い。二人は階段を使い、三階部分にあるグリーンスペースと一階にある視聴覚準備室を何回も往復している。


「先生、ありがとうございます。コレどうぞ」


 汗だくの先生がアンプを置いたところで、先ほど自販機で買ってきたペットボトルのお茶を差し出す。先生は「ありがとう」と言葉を返し、華愛から受け取ったお茶をゴクゴクと音を立てながら飲み始めた。


「こっちはもう少し。あとは木下と結城だな」


 ペットボトルの口から唇を離した先生は、ふーと息を吐いてからそう言った。


 響がここを飛び出して行ってから、何も連絡がない。先生が心配する気持ちも、華愛にはよく分かった。でも、華愛はあの二人が絶対にここに来る事を確信していた。根拠を出せと言われたら、『あの二人だから』としか言いようがない。

 少なくとも、そう思っているのは華愛だけではなく、今必死にドラムセットを設置している律も同じはずだった。


「先生、大丈夫です。あの二人は絶対ここに来ます」


「桜木の口からそんな言葉が出て来るなんて……。数ヶ月前までは、私一人で生きて行けますのでって背中に書いてあったのに」


「恥ずかしいので言わないでください」


「でも、俺は今の桜木の方が良いと思うよ」


 不意に褒められた華愛は、恥ずかしさと嬉しさのダブルパンチで、一気に顔が紅潮していった。でもなぜか、その言葉に浮かれて暴走する自分はもういない。


「先生。その言葉私、一生忘れませんからね」


「おっおう……」


 華愛はちょっと恥ずかしそうに答えた先生の横顔を見た後、視線を空に向ける。

 涼しくなった風が髪を撫でていくのを感じながら、この数ヶ月の日々を思い出す。


 先生に一目惚れをしたあの日から、華愛の世界が徐々に変わり始めた。そして、最大の転機は音葉がバンドメンバーに入り『群青ShowTimes』が結成された時に違いない。そこを節目に、華愛の世界は急激に変わり始めた。たった数ヶ月がこんなに濃く感じたことは今までなかった。

 そして、変わったのは華愛だけでは無い。音葉も、響も、律も確実にそれぞれバンドを通して変化している。

 だからこそ、今日このライブを成功させることが一つの集大成であり、また新たに進んで行くためには必要不可欠なのだと華愛は思っていた。


「先生、私本当に変わりましたよね」


「ああ、そうだね」


「みんなも変わりましたよね」


「そうだね」


 自分の思いを噛みしめるように、先生に問いかける。


「先生、私達のライブ絶対見てくださいね」


「もちろん」


「私の仲間が世界一最高だって、証明してみせますよ」


 華愛のその言葉に先生から返事はなく、思わず空を見ていた視線を先生に戻す。こちらを真っ直ぐ向いていた先生の目は少し赤らんでいて、瞳がキラキラ輝いていた。何故かこれ以上見てはいけないような気がして、華愛は自分の足元に視線を向ける。


「先生泣きそうですね」


「そんなことはない」


 少し鼻声になった先生の声が華愛の鼓膜を揺らす。これ以上先生といたら感情がもたないと思い始めたその瞬間、タイミングよく律の声が鳴り響いた。


「響からだ!」


 華愛は思わず、律の元へ駆け寄っていく。


「はいはい……こっちはもう少し、響は? ……了解。着いたら直でグリーンスペース来て。………………待ってる…………」


 男子らしい短いやりとりが終わった様子で、律が耳からスマホを離す。華愛は会話の内容が気になり、律に詰め寄る。


「で? なんだって?」


「今から来るって、音葉ちゃんと」


 そう言った律はニヤッと笑っていた。その瞳はメラメラと燃えているように見え、心なしか先ほどよりも周りの温度が上昇したような気がする。

 そして華愛自身もまた、自分の熱くなっていく感情をひしひしと感じるのだった。

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