第41話 秋晴れ
文化祭がスタートし、校内のボルテージが上がっていく中、律は華愛と一緒に職員室の中にいた。外はお祭り騒ぎだというのに職員室の中は静かで、エアコンが動く音やコピー機の機械音がやたら大きく聞こえる。先生達の大半は文化祭で割り振られた自分の持ち場に行っているらしく、ここに残っているのは数人だけだった。
「あの、鈴鹿先生いらっしゃいますか?」
一番近くにいた名前も知らない先生に律が声をかけた。書類を整理していた手を止め、こちらを向いた先生は、落ちかけていたメガネをクイッと上げながら答える。
「あー鈴鹿先生なら今は受付にいるんじゃないかな?」
「「ありがとうございます」」
二人は頭を下げた後、素早く職員室を出た。たくさんの音が律の鼓膜を揺さぶる中、すぐ真横にある階段を駆け下りていく。お揃いのTシャツを身に纏った他の生徒達が、楽しそうに過ごしている合間をすり抜けながら、華愛と共に昇降口に向かった。
階段を下り切ると、昇降口の方に伸びる廊下を二人は急いで進む。すぐ真横には吹き抜けになっている広いスペースがあり、模擬店や縁日を楽しむ人達でごった返していた。律は「すみません」と何回も呟きながら、そんな人混みをかき分けて進んでいった。
やっと下駄箱に到着した二人は、靴も履き替えずそのまま昇降口を飛び出し、文化祭の受付を行っている白いテントに向かった。
「鈴鹿先生!」
そう叫びながら、来客者の受付を管理している机に両手を置き、身を乗り出す。受付業務をしていた生徒や先生達が何事だと顔をしかめ、こちらに視線を送ってくるが律は気にしない。律の視線は、その奥で腕組みをして立っている鈴鹿先生に真っ直ぐ向いていた。
「覚悟は決まったかい?」
二人の姿に一瞬びっくりした鈴鹿先生は、すぐに優しい顔でそう聞いてきた。
ここにたどり着くまで色々あった。今思い返せば、上手くいかないことばかりで、いつも壁にぶつかっていた。それでも、なんだかんだ乗り越えてきたんだと律は思った。
今からライブが本当にできるかなんて誰にも分からない。
響が音葉を連れて来れるかなんて分からない。
それでも不思議と、今回も四人でなら乗り越えられると思っている。そんな不確かな根拠もない自信が、律の中にあった。これも響の言う勘というものなのかなと、律は心の中でふと考える。
(君達の後悔のない選択を選びなさい、か……)
これから先の未来なんて誰も知らない。でも、律にとって後悔をしない選択は、もう一つしかなかった。きっとそれは他のメンバーも同じに違いない。
律の覚悟は決まっていた。
「俺らに力を貸してください! お願いします!」
何だ何だと周りがざわめく中、律は構わず頭を下げ続ける。律に続き、隣にいた華愛も頭を下げる気配がした。
「頭を上げなさい」
その声にスッと頭を上げる。目の前には少しほっとしたような、優しい笑顔を見せる先生の姿があった。
「言ったじゃないか、君達を全力でサポートするって」
「「ありがとうございます!」」
律と華愛の声が綺麗に重なった。状況がわからない周りの人達がポカーンとしている中、律は華愛の方に視線を向ける。華愛もこちらの視線に気付き、お互いの視線がぶつかる。数ヶ月前まで真顔しか見たことが無かった華愛が、目の前で綺麗な瞳を潤ませ微笑んでいる。彼女は良い意味で変わったのだと律は思った。
そして自分自身もまた変わっている。律は自然に緩んでいく頬を感じながら、そう思っていた。
「さて、問題は場所だな」
顎に手を当て考え込む鈴鹿先生に視線を戻す。そして、自分が考えついたプランを実行すべく、律は先生に提案した。
「先生、俺やりたい場所があるんです!」
律はそう言うと校舎の斜め上の方を真っ直ぐ指差す。
「あそこでやりたいんです!」
鈴鹿先生は律の思惑が読めたらしく、感心した様な表情を見せた後、コクコクと頷いた。
「あそこは君達にぴったりだな。歌が良く聴こえそうだ。よし! 全力を尽くそう」
そう、律が指差したその先は、四人にピッタリの場所だった。この学校のほぼど真ん中に位置し、広い場所で、何よりも空に近かった。
秋晴れの青い空は澄んでいて、すごく高く感じる。きっと音葉の歌声は、この空にどこまでも響いていくのだろうなと律は思うのだった。
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