第38話 答え

 文化祭で使われることのない自分達の教室に、律達三人の姿はあった。


「俺らはこれで終わりか。これからどうすれば良いんだよ」


 柄にもなく弱気なことを言い始める響。だが、前の時と違って律もかけられる言葉が見つからない。いつもならここで響を立ち直らせるのが自分の役目なのに、自分自身もショックを受けている様子で、全く頭が回らなくなっていた。不甲斐なくて自分が嫌になる。


 誰もが黙ったその瞬間、「パンパンッ」と銃声のような大きな音が鳴り響いた。どうやら、遂に文化祭が始まってしまったようだった。あれだけ待ちわびていた文化祭当日を、まさかこんな形で迎えるとは誰が想像できただろうか。

 一日前までは、外で騒ぐ他の生徒達のように気分が湧き立っていて、一瞬一瞬を楽しんで過ごしていた。なのに、今は全く別の次元にでもいるかのように、周りの賑やかな音が遠く感じる。

 そんな長い沈黙を最初に破ったのは華愛だった。


「私はライブやった方がいいと思う」


 華愛は座っていた席から立ち上がり、腫れてしまった瞼を力一杯開きながらそう言った。律は未だに何も言えず、響も驚きながら華愛を見つめるだけだ。そんな中で、華愛は言葉を続け始めた。


「私、ずっと後悔しない選択を考えていたの。で、思った。やっぱりライブはやるべきだって。音葉と音葉のお母さんの為にも……。だってこんな不完全燃焼じゃ、音葉もこの先前に進むチャンス失っちゃう!」


 華愛の言った言葉はもっともだった。このままライブを中止して誰の為になるだろうか。この先何十年も不完全燃焼のまま時を過ごすのと、一緒にライブを成功させて、音葉の声を天国にいる母に届けるのと。どちらがいいのかと考えたら、一目瞭然だった。


「俺も桜木さんに賛成だよ」


「お前……」


「だってこのままウジウジ何もしないのは俺ららしくないよ、響。それに、響の歌はどこまででも響いていくんだからさ」


「確かに……そうだな。律の言う通りだ! このまま終わるのは俺ららしくねぇ! 華愛、ありがとな。律も。なんか俺目覚めたわ」


 三人の気持ちは決まった。ただ、大きな問題が二つ残っていると、律は少し回り始めた頭で考え始めた。


「俺達の出番は十時、今九時過ぎだから、これから音葉ちゃんを呼びに行ってもスケジュールに間に合いそうに無いね」


「そうじゃんか! どうすんだよ、おい律!」


「一つだけ良い方法があるんだ。それに鈴鹿先生も全力でサポートしてくれるって言ってたから、なんとかなるかも」


 そう、律の中にはある考えがあった。

 公演部門をやる場所は体育館がメインで、視聴覚室がサブとなっている。律達四人はメインである体育館でライブを行う予定だった。

 しかし、時間には間に合いそうもない。スケジュールも一杯一杯に詰まっている為、他の時間に無理やり割り込むことはまず出来ないだろう。視聴覚室でのスケジュールも他のチームで埋まってしまっているはずだ。

 そうなると選択肢は一つ。本来公演を行う体育館、視聴覚室以外でライブを行うしかない。

 そう考えた時、律にはある場所がふと思い浮かんだ。しかも、その場所は本来ライブをするはずだった体育館よりも、四人にとってふさわしい場所では無いのかとすら思っていた。


(あそこなら空まで届くはず……)


 もはや、ステージなんてものにこだわらない。最優先すべきは、自分達の音楽をよりたくさんの人に届けること。それだけだ。


「残るはあと一つ」


「音葉の説得ね」


「そう。まーそれに関しては適任者は一人しかいないと思うけどね」


「私も同感」


 息が揃ったかのように、律は華愛と同時にその適任者に視線を向けた。


「えっ俺?」


「音葉ちゃんの説得、任せるからな」


「なんで! みんなで行かないのかよ! それに華愛、お前が行くべきだろ。仲いいし」


「悔しいけど、音葉の心を動かせるのはあなたしかいないのよ」


 自分を指差しながら「まじ?」と聞いてきた響に、いつものクールな真顔で華愛が「大まじ」と答える。


「そこまで言われんならしょうがねーなー。任せろ!」


 響が本物のバカでよかったと心の中で呟くと同時に、この人以外ではダメなのだと本気で思っていた。

 バカで単純で猪突猛進、世話の焼ける親友。だけど律はそんな響の『人の心を動かし掴む才能』を今まで何回も見てきた。

 自分自身がバンドを組んだあの瞬間、音葉をバンドメンバーに引き入れてしまったあの瞬間も、どうしようもなくその才能を感じてしまった。

 だからこそ、今回誰が音葉を説得して連れて来ることが出来るのか考えた時、もうその答えは一択しかなかった。

 

「ライブ会場や準備は俺と桜木さんにまかせて欲しい。響は音葉ちゃんを連れてきてくれ!」


「分かった! 二人とも頼む!」


 響はそう言い終わった瞬間、電光石火の如く走り出した。思わず、その獣の様な速さに感心してしまう。


「あの人が単純バカでよかった」


 ふと横からそんな言葉が聞こえてきた。華愛も同じ事を思っていたと知り、思わず笑いそうになる。


「あーやっぱり、桜木さんもそう思った?」


 笑いを溢しながらそう言葉を返す。華愛に視線を向けると、彼女もまた律に向かって笑っていた。

 教室に残された二人の間に穏やかな沈黙が流れる。さっきまで煩わしいと思っていた外の賑やかな雑音が、今は心地良くさえ感じられる。

 律は華愛から視線を外し、もう一度響の消えていった教室のドアを見る。

 

「でもさ、カッコいいんだよなー響は」


「あなたが素直に褒めるなんて、雨が降りそう」


 前に自分が言ったセリフをそのまま華愛に返される。だが、そんな皮肉すらも今の律には暖かく感じるのだった。

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