第34話 バンド名
「音葉の母ちゃん、楽しそうだったな」
「うん、みんなのおかげ」
音葉の母のお見舞いを終え、夕暮れ時の中を三人は駐輪場まで歩いている。ふと気がつけば、思い出の場所である病院横の広場に来ていた。
「バンド名か……」
響は足を止め、オレンジ色に色づいた空を見上げながらそう呟いた。
『で、四人のバンド名は何っていうのかしら?』
たわいのない話をしていた途中で、音葉の母がそう聞いてきた。しかし、響を含め四人はその問いに対する答えがまだ見つかっていなかった。
バンド名は普通結成した時にすぐに決めるもの。そうしなければライブはもちろん活動していく時に不便だからだ。
しかし、四人のバンド名は今だに決まっていなかった。文化祭の参加申し込みも、そろそろ期限が迫っている。
「バンド名、流石にもう決めないとだよね」
「これといって、しっくりくるものが無いんだよなー……」
「バンド名って、音楽性とかコンセプトから考えることが多いよね。響、響の作った曲は何をコンセプトに考えた?」
律の言葉に、自分が作った二曲のコンセプトを思い起こす。
一曲目は『アミューズメント』をイメージし、ショーを見ているかのような楽しいものを作りたかった。それが音葉のミュージカルのような表現力のある歌声に、うまくマッチすると思ったのだ。その結果生まれたのがジャズ調の少しおしゃれでリズミカルな曲『rhythm show』である。
二曲目は自分達の思いをガツンとぶつけられる爽快な曲を作りたかった。自分の思いをうまく言葉にできない時に、歌えば気持ちが通じるようなそんな曲にしたかった。
一見バラバラな二曲だが、共通点がある。それは、見ている人も共感や喜びに巻き込む、エンターテイメント性のある曲という点だ。
「見ている人も共感や喜びに巻き込む、エンターテイメント」
「それがコンセプトなの?」
「ああ。音葉の声を聞いた時から思ってたんだ。ミュージカルを見るように人の心にガツンと響いて、一緒に悲しんだり、ハラハラしたり、楽しんだり。そんな曲を作りたいって」
「響のくせにしっかり考えてる」
「おい、律! お前が聞いてきたくせにそれは無いだろ!」
「ほんと、意外」
「華愛! お前も律側なのかよ!」
律と華愛の馬鹿にしたような態度にイラつきつつも、真剣に考え込む音葉を見た。
「群青ShowTimes……とかは?」
ぽろっと音葉の口から出てきた言葉が、響の頭の中にスッと入ってきた。誰もが音葉を見つめて黙っている。
「いっいや、変ならやめとこ。うん、他のにしよう」
「誰も変なんて言ってねーだろ。むしろ、うん。なんかしっくりきた!」
「本当に? ダサくない?」
「いいんじゃない、それで」
「私もいいと思う」
「周りにダサいって言われるなら、俺らがその認識を歌で変えてやろうぜ」
ニヒヒっと笑いながら響は親指を立て前に突き出す。
『群青ShowTimes』
バンド名が決まっただけで、よりチームとして引き締まったような気がする。
思い返せば、このバンドが初めてチームらしくまとまったのも、この場所で夕暮れ時だった。同じ場所、同じようなシチュエーション。響は何か運命的なものを感じると同時に、自分の勘は正しかったのだとそう強く思った。
「しゃーっ! 燃えてきた! ここで円陣組もうぜ」
「円陣?」
「文化祭本番まで全力で走り抜けようぜってことで」
「いいね! やろやろ!」
響の提案に瞳をキラキラさせながら音葉が近づいて来た。音葉に続き、華愛もしょうがないなとでも言いたげな顔をしてこちらに向かってくる。
「これは青春ドラマかなんか?」
律は口ではそんな皮肉を言いながら近付いてきたが、顔はやる気満々ですと言っているように思えた。
四人がそれぞれ両隣と肩を組み、円陣を作る。
「よーし、絶対ライブ成功させよう!」
「うん!」
「そうね」
「はいはい」
響の言葉に三人がそれぞれ返事をする。響は体の奥で熱いものを感じながら、頭を少し上げ三人の顔を見回す。それぞれ視線が合うとコクリと頷き返してきた。思わずニッと笑いを溢しながら、もう一度地面を見た。
夕暮れで位置が低くなった太陽が、四人の固まった黒い影を伸ばしている。
「頑張るぞっ!」
「「「「オーーーーッ!」」」」
四人の重なった声が、静かな時を過ごす病院周辺に鳴り響いていくのだった。
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