第33話 招待
華愛はまた音葉の母が入院している病院に足を運んでいた。ここに初めて来たのは、夏休みに入って少し経った頃だろうか。それから何回か音葉とお見舞いに来ていたので、最初に訪れた時のような緊張は無くなっていた。
その代わりに、華愛の斜め前にはガッチガッチに緊張している響の姿がある。
前に音葉と話していた予想通りの展開に、思わず笑いが込み上げてきそうになる。
神経が図太い響でも、緊張する時はあるのだと思いながら、華愛は病院の階段を登る。今にもキシキシと音が鳴りそうなぎこちない動きをしている響を、音葉は心配そうに見つめ、律は面白そうに見つめている。
「響、緊張してる?」
「うっせ! 律黙ってろ」
「はいはい」
強気な言葉で返しているが、ここにいる全員が心の中で「緊張してるなー」と思っているだろう。それに比べ、律は通常運転で全く緊張していないように見えた。いつもと変わらない爽やかスマイルは演技なのか、それとも本当に緊張知らずなのか、どちらにしても流石としか言いようがない。
「あなたは緊張しないの?」
華愛は思わず律にそう聞いてみる。
「いや、緊張してたけど。ほら、自分より緊張している人見ると緊張しなくなる効果?」
「あーなるほど」
隣にいた律が爽やか笑顔で華愛にそう言葉を返した。心なしか『自分より緊張している人』と言うワードの所だけ強調したような口ぶりをしていた。ふとまた前を向く。何故か響の頭に矢が刺さり、ただでさえ小さい身長が更に縮んだような錯覚に囚われた。
(相変わらず響をいじめるのが上手い……)
華愛はそう心の中で呟く。
「桜木さんは緊張しないの?」
今度は律の方からそう話しかけてきた。律に視線を戻すと、少し意地悪げな微笑みを漏らしている。言わなくてもこの男には想像がついているだろうなと思いつつ、華愛は一様質問に答える。
「私は何回か来てるから」
「そんなんだ。仲良いね音葉ちゃんと」
華愛はその言葉に、急激に体温が上がっていき、赤くなった顔を前に向け、コクリと頷いた。妙な恥ずかしさと、律に対する少しの苛立ちが心の中で主張してくる。
人をおちょくる事が大好きなこの男の、ねじ曲がった性格がやはり苦手だと華愛は改めて感じたのだった。
「こっこんにちわ。俺、きっ木下響っす」
「初めまして。三上律と申します。いつも結城さんにはお世話になっています」
消毒液の匂いがする静かな病室で、男子二人の声が響いた。二人とも頭を下げた後、目の前にいる音葉の母へと視線を戻していく。
音葉の母は変わらず優しい笑顔で笑っていた。
ベッドの隣には見慣れない機械が置いてあり、セットしてある大きな注射器から繋がった管が、ベットの中へと伸びている。
前は自力で起き上がっていたが、今日はベッドごと上半身を起こしていた。それだけ治療の副作用がきつい段階に入っているのかなと、華愛はそう思った。
「初めまして。音葉の母です。いつも娘がお世話になっています。今日は暑い中ありがとう」
初めて来た時も思ったが、音葉の母の声は独特で少し高くて可愛い。声優とかをやっていそうなキャラのある声をしている。そして、音葉の声にどことなく似ていて、二人は本当に親子なんだなと毎回思っていた。
音葉はというと、少し恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに笑っていた。
「あっあの!」
突然、響が声を出す。一体何を言い出すのだろうかとハラハラしながらも、華愛は何も口出しせず見守る事にした。いつも響の暴走を上手く抑え込んでいる律ですら、今は動く気配がなかった。
全員が響の次の言葉を固唾を飲んで見守っている。
「音葉さんから聞いてるかもしれないけど、俺ら今度の文化祭でライブやります」
「ええ、音葉から聞いてるわ」
音葉の母がそう言うと、響はスッと息を吸ってビシッと背中を伸ばし、真剣な眼差しで音葉の母を見つめた。その表情には。先ほどまで緊張でガッチガチになっていた響の姿はもうなかった。
「絶対俺達のバンド見に来てください! 絶対文化祭のライブ成功させるんで!」
やられたと思ってしまった。と同時に、響らしいなと笑ってしまう。他三人も同じ事を感じたらしく、響に向かって呆れ半分、感心半分の笑みを浮かべていた。
馬鹿で感情丸出し、猪突猛進で真っ直ぐな男。正直うざい事の方が多いが、時々この人には敵わないと思ってしまう時がある。
「みんなの素晴らしいライブを楽しみにしています。よーし! 私も治療頑張らなくっちゃね」
「ってか響、音葉さんって……ぷっ」
「おい律、笑うんじゃねー!」
「だって、音葉さんとか」
「なんか私も言われ慣れてなくて恥ずかしいと言うか、軽く引いちゃったよ」
「おい二人! 俺の作った雰囲気を台無しにするんじゃねーよ」
「確かに、響がさん付けするのは気持ち悪い」
「お前まで俺をいじめんのかよ華愛」
「ふふふ。響くんはいじられキャラなのね」
「ちっ違いますよ!」
賑やかな声が病室に響く。周りに入院中の患者さんも、微笑ましい光景に穏やかな笑みをこちらに向けている。
正直、お見舞いの提案をした後、これで良かったのかなと少し思っていた。大人数で行く事により周りの人に迷惑をかけてしまうかもしれない。それに自分達が行く事により、音葉の母に負担をかけてしまわないかという心配もある。
でも、笑っている顔を見て華愛はこれで良かったのだと心からそう思えた。
その後、四人はたわいの無い話をしながら、時々律のキレの良いツッコミが入りつつ、暖かい時間を共有していくのだった。
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