第31話 タイムリミット
晴れ渡った空に、夏らしい入道雲がもくもくと浮かんでいる。音葉はそんな空を見上げながら、自転車を漕いでいた。
そこら中から、セミ達が合唱する音が聞こえてくる。まるで夏の終わりが近づく事に焦り、必死に鳴いている様だった。
夏休みはあと一週間で終わる。
そして、文化祭までは残り一ヶ月を切った。
毎日が楽しくて、あっという間に夏休みが過ぎていく。そして気付けばもう一週間しか無くなっていた。
音葉は生温い風を感じながら、これまでの事を思い出していた。
数ヶ月前まで、音葉は母との時間を大切にしたいがあまりに、友達を作らず、部活にも入らず過ごしていた。楽しい高校生活に憧れもあったが、それを犠牲にする事が正しいとそう思い込んでいた。
だが、響と律、そして華愛と出会ったことで、その考えが変わる。
最初に声をかけられた時は、うざったくて、面倒臭くて、正直良いイメージはなかった。バンドメンバーに入る決意をした後も、しばらくはこんなキャラの濃い人達と上手くやっていけるのか心配でたまらなかった。でも、今ではそんな三人が大好きになっている。
今日まで色々な事を一緒に乗り越え、音楽を通してお互いを励まし合い、支え合ってきた。その時間の共有が、音葉を変えていった。
そして、いつしか自分も他の子達と同じ様に高校生活を楽しんでいいのだと、そう思える様になっていた。
しかし、楽しい時間の流れはその分速く過ぎ去っていく。
一ヶ月以上あった夏休みも気が付けば一瞬で、来週の今頃はちょうど始業式が終わったくらいだろう。
そして、学校が始まったら約三週間で文化祭が訪れる。
(本番まであと一ヶ月もない……)
ライブが近づく中、まだまだ練習不足な自分にこの所じれったさを感じている。命のタイムリミットが近づき焦って鳴いているセミの様に、音葉もまた焦っていた。
響が新しく作ってきた新曲は、まさに自分達の思いが詰まっているものだった。初めて歌詞を読んだ時、音葉はこの曲に自分の思いを見透かされている様に感じた。それくらい、この曲は音葉の心を表していた。
作った響も「この曲は俺ら自身だ!」と胸を張って言っていたので、きっとバンドメンバー全員が同じ事を思ったに違いない。
そして、そんな思いがいっぱい詰まった曲を、たくさんの人に届けるのが音葉の役目だ。
(もっと上手くならないと)
本番まで後一ヶ月もない。
未だにこの曲を自分の歌として完全に落とし込む事ができていない。
「あーウジウジ悩んでも仕方ない! 今日も頑張るぞーっ!」
マイナスに考えてしまう自分の気持ちを振り払う様に、音葉は叫んだ。隣を通り過ぎて行った親子が、ビックリしてこちらを振り返った気がするが、音葉は気にしない。
自転車を一気に加速させて坂を登っていく。真夏の生温い空気を体全体で切りながら進むと、暑い日差しの中でも心地よく感じる。
少し伸びてきた髪の毛が頬を撫で、夏服の薄いスカートが音葉の足の動きに合わせてひらひらと揺れ動く。
愛用の自転車を全力で漕ぎながら、音葉は目の前にまだ続いている上り坂を進み、今日も学校に向かっていくのだった。
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