第29話 将来の夢
昼下がりの炎天下の中、最寄駅から学校までの道のりを律は歩いていた。
コンクリートが太陽の光で熱せられ、歩くたびに生温い風が足元をくすぐってくる。少し動くだけでも汗が出て、ワイシャツが纏わりついて気持ちが悪い。さっきまで乗っていた冷房ガンガンの電車が恋しくてたまらなくなった。
夏休みに入り、ほぼ毎日の様に学校までの十五分の道のりを往復している。何日経っても、この暑さには慣れそうにないなと思い、思わずため息を溢した。
他三人の自転車登校が羨ましく感じる。だが、さすがに自転車登校できる距離では無いので、この時ばかりは近い高校に行けばよかったと思ってしまう。
(まー、
夏休み前の騒動以降、父は律に何も言ってこなくなった。こうやって毎日の様に夏休みの間学校にいく律に、父は全く干渉してこない。今までなら、『一日中ドラムをやっているくらいならその時間を勉強に当てろ』と言ってくる所だ。
静かすぎる父を少し気味悪くも思いながら、やはりガツンと自分の気持ちを伝えた事が、少しくらいは父の心に響いているのでは無いかと期待してしまう。
あんなに大勢の前で感情を荒々しくぶつけたのは、生まれて初めてだった。不思議と後悔は感じていない。むしろスカッとした気分で、肩の荷が降りた様な開放感があった。
今まで、父に本気で逆らおうとした事はなかった。自分にぶつかる勇気が端からあれば、学年トップを獲り続けるなんていう縛りもしなくて良かったのかもしれない。
でも、恐くてそれが出来なかった。自信が持てず、ぶつかる勇気も持てず、ただ父に従って生きていた。
今考えると、とんだヘタレ野郎だったなと、律は自嘲気味に自分の過去を見つめ返す。
父の逆鱗に触れる事が恐かった。
ドラムの才能が自分になかったらと思うと恐かった。
全てを捨ててでも、自分の進みたいと思う道に懸ける事が恐かった。
でも、響と出会って自分のドラムを認めてもらえて、華愛と出会って自分の殻を破る勇気を知って、音葉と出会って苦しんでいるのが自分だけじゃ無いと知った。
みんながそれぞれ自分自身の感情や、周りの取り巻く環境の中で、足掻いて、踠いて、前に進み始めている。
世の中は理不尽で溢れかえっている。けど、独りぼっちじゃないと思うだけで、一歩を踏み出す力が湧いてくる。
『プロのドラマーになりたい』
今までの自分はその欲求をひたすら隠してきた。
安定した職業に就けという父の意見も間違ってはいない。誰だってリスクを背負うくらいなら、最初から安全な道を進む事がいいと思うし、律もそう思うようにしていた。
だから、自分自身ですらプロのドラマーになりたいという思いを感知できない様に、心の奥底に沈ませて気付かないフリをしてきた。
でも、今の律にもう迷いはない。例えリスクがあったとしても、人と違う道をいくとしても、この夢は諦められないと胸を張って言える。例えその相手が父だろうと誰だろうと。
もう自分の気持ちは嘘偽りで誤魔化せない。
(父さん、ごめん。でも、俺は俺の進みたい道を選びたい)
太陽の暑さとは違った、内から来る熱さをひしひしと感じながら、律は学校に向かって歩みを進めるのだった。
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