第27話 テスト返却

 あの騒動から一週間。やっと全ての教科のテスト結果が揃った。

 ある者は努力した分結果が出て喜び、ある者は死んだ魚の目をしながら上を見上げている。そんな中で、律はホッと胸を撫で下ろしていた。


「結局今回も全教科学年トップかよ。俺はお前が怖いわー」


「俺も毎回狙っているかのように赤点ギリギリセーフの響が怖いよ」


「うっせ!」


 律の皮肉に対していつも通りの反応をしてきた響は、ニヤニヤと笑みを溢し、瞳を輝かせている。感情が丸見えで、響の頭の中は律には筒抜け状態だ。そして、律もまた同じ事を考え、沸き上がる熱い感情を必死に堪えていた。

 律は表情に出さない代わりに、拳を力一杯ギュッと握り締めた。


「これで、バンドができる」


「ああ! やってやろうぜ、律!」


 父との親子喧嘩に発展したあの騒動以来、この日をずっと待ちわびていた。鈴鹿先生のおかげで首の皮一枚でつながった状態だった律は、今日まで生きた心地がしなかった。

 もうテストが全て終わっていたタイミングでの騒動。その後できる事とすれば、頑張ってきた過去の自分を信じ抜く事ぐらいだった。しかし、いくら頑張ったからといって、自分を完全に信じ切ることができない律は、日々不安な夜を過ごしながら今日を迎えることを待っていた。


 そして結果は全教科トップ。

 前回までテストの度に全教科トップを貫いてきた律だったが、今回に関しては今まで以上にその結果に対して熱いものが込み上げてきている。

 

「コラ木下、席戻れ。今はホームルーム中だぞ」


「はーい、すんませーん」


 律の席に勝手に移動していた響を、成績表を配り終えた鈴鹿先生が叱り、自分の席に戻る様に促した。少し不満そうな顔をした響が、全く反省していない様子で席に戻っていった。


「三上、今回もよく頑張ったな。部活頑張れよ」


 響が席に着くのを見届けた先生はそう言うと、律の肩をポンポンと叩きながら教卓に戻っていく。終わりのホームルーム中という事もあり、個人的な言葉を発する事が出来なかった律は、離れていく後ろ姿に心の中で感謝の言葉を投げかけた。

 

 教室内は成績表の結果について話し出したり、早く帰りたい人や部活に行きたい人などの会話で、だんだんとざわめきが大きくなっていく。そんな中で、律は成績表を無くさないように鞄の中に丁寧に仕舞い、窓側の席にいる響に視線を戻す。先ほどまで嬉しさに溢れた表情をしていたが、今は打って変わり真剣な眼差しで前を真っ直ぐ向いていた。律も同じように顔を真っ直ぐ前へと向ける。

 

「はい、期末テストお疲れ様。結果が良かった人も、今回は満足のいく結果を出せなかった人も、また気持ちを切り替えて明日から頑張るように」


「「はーい」」

 

 鈴鹿先生の話に対して、ざわついていた個々の声が、謀ったかのように同じフレーズで返す。

 

「それと、もうすぐ夏季休暇が始まる。来年の夏は進路で頭がいっぱいで楽しめないだろうから、二年の夏ぐらいは楽しむこと。くれぐれもハメははずさないように」


 夏季休暇という言葉で教室全体がまたざわつき始めた。いつもなら真っ先に何か言葉を発しているだろう響だが、今日は黙っている。その代わりに心なしか、響の姿から燃えるような圧を感じる。律はそんな親友の存在をひしひしと感じながら、響と同じく時を待っていた。


「それじゃー今日のホームルームは以上。号令お願いします」


「起立」


 今日の日直が、先生の言葉に習って声を出す。教室中からギーという不協和音が鳴り響き、少し経つと何も音がしなくなった。


「気をつけ、礼」


「「ありがとうございました」」


 綺麗に重なった数十人の声が響き終わったと同時に、律は自分の鞄を引ったくって駆け出した。そして、響も同じタイミングで駆け出している。二人の姿はほんの数秒で教室から消えていった。

 教室に残された生徒達が、そんな二人の速さにポカーンと呆気にとられている。


「青春だなー」


「本当ですね。俺も負けてらんねー。部活がんばろっ」


 取り残された人達の中で、二人の行動の意味を知っている教師と一人の生徒が、二人の消えていったドアを見ながらそう話すのだった。

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