第21話 賑やかな影
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
音葉は無我夢中で走っていた。すれ違う人達の迷惑そうな視線を気にもせず、ただひたすらに手足を動かしていた。
病院の出口を抜けて、先ほど病室の窓から見た光景を頼りに、その場所へと向かっていく。総合病院の広々とした駐車場があり、その先にちょっとした広場があった。
3人の姿を視界にとらえる。足の感触がコンクリートから柔らかな草を踏む感触へと変わり、音葉は走るのをやめた。息切れしながら、今度はゆっくりと歩いて近づいていく。
何やら話し込んでいた三人は近づいてきた人影が音葉だと分かったのか、びっくりした顔でこちらに視線を向けた。そんな中、響だけ、すぐに罰が悪そうな顔をし始める。
「ねぇ、なんでここにいるの?」
音葉の言葉に三人が沈黙する。静かな空気の中、駐車場から走り去る車の音だけが聞こえた。
(そうじゃないでしょ、もっと言わなきゃいけないことあるでしょ自分!)
気まずい雰囲気が流れる中、音葉は心の中でそう自分に訴えるが、口が動かない。いつも大事な所で声が出なくなる、そんな弱い自分が嫌になる。音葉が自分自身に憤っている中、今回もまた先に話出したのは響だった。
「あのっ……さ俺、ずっと謝りたくてこの前のこと。でもなかなか言えなくて……。タイミング逃しまくってさ。けど、どうしても話がしたくてっ! わりぃ!」
そういって響は勢いよく九十度近くまで頭を下げる。そんな響の真剣な姿にいてもたってもいられず、
「こっちこそごめん」
音葉も頭を深く下げていた。
「私、響が話しかけようとしてくれてた事気付いてた。なのに避けてた。最低だよね。人の気持ちを無碍にしてさ……。だから私の方こそごめん」
音葉はそう言い終わると、ゆっくり頭をあげた。目の前にいる響はすこし気恥ずかしげな様子で笑っていた。そしてその両脇で二人を見守っていた律と華愛は、なんだか大人びた様子で微笑んでいる。
「俺、いや俺達にはお前の声が必要なんだ。だから……」
「うん、私もみんなが必要。あのね、私夢があるの。だからみんなのバンドに入ろうって決めたの」
「夢?」
音葉の突然の告白に、今まで静かに二人のやり取りを見守っていた華愛が言葉を返した。音葉は、そんな華愛に向かってコクリと頷き話を続ける。
「私、どうしてもステージで歌っている姿を、生の声を届けたい人がいるの。私には歌う場所が必要だった。だからみんなとバンド組めば、文化祭のステージでその夢が叶えられると思ったの。自己中だよね。こんな私のわがままな夢にみんなを利用するなんて……」
「それって、この病院になにか関係があるの? 話したくないなら無理には聞かないよ」
律が音葉の心を気遣うように優しく言う。そんな律に音葉は微笑み返した。
「お母さんなんだ。今、この病院に入院してて。私がステージで歌っている姿を生で見ることが夢だって言ってくれるの。そのために辛い治療も頑張るって……。だから……」
そこまで言った音葉は、ぎこちない笑みを浮かべる。母の事を話す覚悟は、ここに来るまでに出来ていたつもりだった。
笑顔で話そうと決めていた。みんなに余計な心配をかけない為にも、ここはしっかりと打ち明けて、自分は大丈夫だという姿を見せたかった。
しかし、いざ話すと不自然な顔になってしまう。
(全然ダメだ……)
思い通りの展開にならず、また気まずい空気を生み出してしまったと後悔しそうになったその瞬間だった。
「お前は馬鹿か?」
「おい響!」
焦った様子で話に割って入ってきた律を、響は右腕で制し、そのまま話を続ける。
「自分のわがまま? そんなふうに思っていたのか? いいか、俺たちもう仲間だろ? 仲間の夢は俺達みんなの夢だ!」
強い口調で自信たっぷりに声を出す響。そんな響の言葉に律はやられたと言う顔をし、微笑みながら音葉に向かってうなずく。
「たまにはいいこと言うのね」
華愛も微笑みながら響に向かい言葉をかけた。
「うっせ! それに、俺にだって自分らの歌聞かせてやりたい奴いるんだからな!」
そう言って大きく息を吸い込み空に向かって大声で叫ぶ。
「おい見てろクソ親父! お前のバンドより絶対いい曲披露してやる! 覚悟しとけ〜!」
そんな響を華愛は馬鹿すぎると言いながら呆れた顔をして笑っていた。律は律で、腹を抱えて必死に笑いを堪えている様子だ。音葉はそんな三人の姿を見て、まるで今日この瞬間に何か新しい物が生まれたような気がした。
「早速明日から練習だ!」
「響、残念だけど明日からテスト一週間前だから。部活動禁止」
「そっそんなー!」
「勉強がんばろうね、赤点ギリギリ常習犯くん」
律の言葉にショックを受けた様子の響は、頭を抱え込みその場に崩れ落ちる。律はそんな響の様子がやはり面白い様で、込み上げてくる笑いをまた必死に堪えている。本当に残念なくらい、性格が曲がっていらっしゃる。
華愛はそんな二人の様子を見てため息をついている。
オレンジ色の光が差し、芝生の上に三人それぞれのシルエットを影として浮かび上がらせる。頭を抱え座り込んだ影、体を折り曲げヒクヒク動く影、額に片手を当てている影。
自分はもう一人では無いのだと賑やかなその風景を見て、音葉はそう思うのだった。
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