第20話 母の後押し
反射的に響を避けてしまった。音葉は自分の行動を思い返して悩んでいた。
今更もう怒りなど感じていない。むしろ自分もしっかりバンドメンバーと向き合わなくてはと思っている。
昨日の華愛との出来事により、表面的な想像で人を判断せず、真っ直ぐに相手と向き合うことの大切さを身に染みて感じていた。そして、それは華愛だけではなく、響や律に対しても言える。
響は口が悪く俺様タイプだが、人一倍音楽に情熱を持っていて、ムードメーカーで悪い人ではないと分かっている。
しかし、これからはバンドメンバーとしてもっと深く知らなくてはいけないこと、その為にぶつからなきゃいけないことがあるのかもしれない。
昨日華愛が言ってくれた、音葉の良いところ。純粋で嘘偽りのない性格。ここでその持ち味を出さないでどうするのだ。
それに、バンドが再開されないと母に歌っている姿を見せられない。どうにかしてこの状況を改善させなければならないのだ。
しかし、どうやって響との関係を修復すればいいのかが分からず、音葉は悩んでいた。
今日もバンドの練習をさぼり、音葉は母の元を訪れている。練習をさぼっている事に対して罪悪感を抱えたまま、音葉は母の隣に置いてあった面会者用の椅子に腰をかけていた。
「音葉。ここ数日来る時間早いけど、ちゃんと練習しているの?」
「うん……」
音葉は曖昧な返事をしながら髪の毛をワシャワシャと触る。そんな姿の娘を見て母はため息を一つつく。
「バンドの友達となにかあったの?」
音葉は黙る。母は困った表情を浮かべ、視線を窓の外に向けた。しかし、そのまま外を見渡した母は、表情を一瞬ハッとさせ、すぐに微笑みながら音葉に向き直る。
「音葉、音楽はね一人でできるかもしれない。でもね、バンドは一人じゃできないでしょ? それに、青春も一人だと訪れない。この高校生っていう短くて熱い時間をママは音葉に無駄にして欲しくない」
「分かってる。でもどうしたらいいのかわからない」
「それはぶつかっていくしかないのよ、音葉。そして、お友達もきっとそう思っているんじゃないかな? だってほら!」
「え?」
母は笑いながら窓の外を指差す。音葉が窓の近くまで近寄ると「下の方よ」と母が優しい声でそう言った。
オレンジ色に染まり始めた空を彷徨っていた音葉の視界が、下の方へと向けられる。暖かな夕暮れの光が、病院の下の方を照らし出している。
そこには人影3つ、キョロキョロと辺りを見回している。音葉にはその影が誰のものかすぐに分かった。
「なんで……」
「あの子達、話してくれてたお友達にすごく似ていると思わない?」
母はニヤケながら音葉にそう話しかけてきた。何故か母の方が目を輝かせている気がする。
「さてと、音葉ちゃんはここにいていいのかな?」
顔をニヤつかせながらそう言った母に音葉は顔を向け直し、左右に首を振って見せる。
そして、自分の目からこぼれ落ちるものを両手でゴシゴシと擦り取る。
「ダメ」
「じゃーぶつかってきなさい!」
母はそのか細い腕の力で音葉の背中をポンっと叩くように押す。押された勢いで一歩足が出た音葉はコクリと頷き、そのままの勢いで病室を飛び出した。
母はそんな娘の姿を見送った後、起き上がっていた上半身を倒してベットに横たわる。
「青春だな〜。いい仲間ができたね、音葉。あーもっとあの子の成長する姿見たいなー……」
母はそう呟くとスーッと夢の中に落ちていくのだった。
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