第19話 同族嫌悪

 響と律が何か企んでいることは薄々感じていた。だから、華愛は二人が昇降口に現れるのを待ち伏せしていた。


 自分を友達と言ってくれた初めての人である音葉。

 彼女が困っているなら、話を聞いてあげるべきなのではないかと華愛は思っていた。しかし、余計なお世話かもしれないという不安もあり、自分一人ではどうにもできなかった。


 そんな時に二人が音葉を尾行する話をちょうど聞いてしまい、いても経ってもいられずこうして待っている。

 前回昇降口で人を集めてしまった教訓から、今回は二人のクラスの下駄箱に身を隠すように待っていた。


 ふと、騒がしい声が近づいてくる。聴き慣れた声との距離が縮まっていくごとに、華愛の心臓が打つリズムが速まっていく。


「だから、大丈夫だって」


 そんな声がすぐ側で聞こえた瞬間、華愛は一歩横に足を踏み出し、下駄箱に現れた二人の前に躍り出る。


「ちょっといい?」


「あれ? 桜木さんどうしたの?」


 至って冷静な口調でそう発した律という男が、華愛は正直少し苦手だ。

 いつも爽やかな笑顔の仮面をつけていて、心が全く読めない。どこか胡散臭くて、他人との間に壁を作っているような雰囲気が自分に似ている気もして、どうしても苦手意識を持ってしまう。

 しかし、そんなことで避けている場合では無い。華愛は両手を握りしめて決心したように口を開く。


「私もいく」


「へー珍しいね」


 何か面白いものを見ているかのような視線に、やはりこの男は苦手だと華愛は思った。そんな律と打って変わって、単純バカな響は目を輝かせて「ほんとか!」とはしゃぎ始めている。

 読めない人より、こういう人の方が嫌いではないなと華愛は思った。

 



 三人は駐輪場の方に移動し、木の影で音葉を待ち伏せしながら会話を続けていた。


「ダメでしょ」


「大丈夫だろ」


「流石に二人乗りは今のご時世アウトだと思うよ」


 さっきから男二人はこの話で揉めている。自転車通学の音葉を尾行するためには、自転車で行動するしかない。しかし、自転車通学の華愛と響の自転車を使うとして、電車通学である律の分がどうしても足りないのだ。

 二人乗りをしようと提案する響だが、真面目な律はダメだと言ってきかない。

 正直、男子二人が二人乗りで怒られようと華愛は知ったこっちゃ無いが、早く決めて欲しいと心の底から思っていた。


 そんな押し問答が続く中、ターゲットである音葉が姿を現し自転車を取って足早に去っていく。


「あーもうじゃーいい! 律、お前乗れ。俺は走るから」


「はい? 無理でしょ」


「俺を誰だと思っている?」


「あー野生児だったね」


「運動神経抜群だと言え!」


 そんなバカコントのような会話をしている時間すら、今は惜しい。男子二人に内心呆れながら華愛は自分の自転車に跨る。


「あのさ、早くしないと見失うけどいいの?」


「いけねー! ほら早くいくぞ律!」


「はいはい」


 そう言い放つと誰よりも早く走り出した響に、思わずため息が溢れる。


「響の扱い慣れてきたね」


 いつの間にか響の自転車に跨った律が横から、華愛をまるでおちょくるようにそう声をかけてきた。その様子はどこか楽しげだ。


「おかげさまでね。それに早く追わないと見失うから」


ねぇ……。そんなに音葉ちゃんが心配?」


 いつもの爽やかな笑顔とは違い、ニヤニヤしたその顔に苦手だと思いつつも何故だかあったかい物を感じた。いつもの機械的な笑顔とはどこか違う、まるで兄弟を見守る兄の様な柔らかい雰囲気を纏っている。

 

 今まで華愛は律を苦手だと思っていた。そして、それは律も同じなのだろうなと、接する中で自然に感じとっていた。

 きっとお互いに苦手意識を持っている。常に無表情の華愛と、常に爽やか笑顔の律。お互いに感情を押し殺し、他人と壁を作る事で自分を守っている。似たもの同士ゆえの苦手意識。いわゆる『同族嫌悪』というものだろう。


 だが、そんな表面上でしか会話をしてこなかった律が、今変わろうとしていた。似たもの同士だからこそ、その変化がよく分かってしまう。それに、自分自身も同じだった。


 華愛もまた変わり始めているのだ。ここ数日でみるみると変わっていく自分の世界に驚きながらも、前に進めているという実感があった。

 だから、自然な笑みを浮かべる律の問いに対して、自分自身も正直な言葉で答える。


「友達……だから……」


「本当に珍しいなー……」


(そう言っているあなたもさっきから珍しい顔してるけど)

 

 先ほどまでニヤニヤしていた律の顔は、口が緩み目をまん丸にしてこちらを向いている。そんな表情の変化に自分では自覚がないのだろうか。


「ぷっ」


 なんだか可笑しくなって思わず笑ってしまった。


「こりゃ雨が降りそうだなー」


 隣から皮肉たっぷりの言葉が聞こえる中、華愛は自転車のペダルに力を込めるのだった。

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