第15話 待ち人

 放課後で生徒達がそれぞれの時間を過ごし始める中、今日も色彩が失われた世界で華愛は人を探していた。

 いつもは先生の姿だけを追っているのだが、今日は珍しく別の人物の姿を探すために昇降口に立っている。


 華愛の周りでは自然に人が立ち止まり、女子だろうと男子だろうと後輩だろうと先輩だろうと、皆一様に熱い視線を向けている。そんな状況に内心うんざりしながらも、いつものことだと思い華愛は待ち続けた。


 いつの間にかギャラリーが増えてしまい、流石にここを移動しないとまずいのではと思ったその時、人だかりを縫う様に小柄な女の子が姿を現す。律儀にも「ごめんなさい、通して! ごめんなさい」と周りの人に言いながら、日本人形の様に切り揃えられた頭をヘコヘコと動かしている。その様子はどこか急いでいる様な雰囲気で、華愛がいる方向に向かって来た。

 

「ちょっといいかな」


 やっとのことで人混みの中から解放された音葉を、華愛はそう言って呼び止めた。そう、華愛は音葉が来るのをずっと待っていた。

 いきなり声をかけられた音葉は驚いた様子で、ビクッと肩を震わし歩みを止めた。こちらを見つめる目は大きく見開き、まるで凍りついた様に固まってしまった。


 昨日の出来事で、華愛は自分の至らなさに深く反省していた。響の怒りの原因に自分も含まれている事も分かっていたし、自分が口にした言葉が返ってその怒りを助長してしまう結果となった。今考えれば他にもっといい言葉があったはずだ。

 そして、響の怒りを拗らせた結果、最終的に音葉との喧嘩に発展してしまった。みんなに謝らなくてはいけない。家に帰ってからもずっとそう思っていた。

 と同時に、人を避けてばかりではまた同じことを繰り返すだけだとも思っていた。

 謝ることと、友達になること。その両方をしなければいけない。

 そう考えた時にまず頭に浮かんだのが音葉だった。


「あの、ちょっといいかな結城さん」


 驚く音葉の姿に声をかけたことを少し申し訳ないと思いつつ、もう一度確認する様に華愛は声をかけた。

 やっと自分の状況が飲み込めた様子の音葉は、チラチラと周りの様子を伺っている。

 集まっていたギャラリー達に、「誰だ?」と問われている様な視線を向けられ、ただでさえ小柄な音葉が更に一回り小さくなった様に感じた。華愛はそんな状況に申し訳ないと思いながら、彼女のすぐ目の前まで近づいていった。


「ここじゃ人が多いからとりあえず移動しよう。カフェ行ってもいいかな?」


「はっはい……」


 華愛の誘いに即答した音葉だったが、その表情はどこか上の空で、話しかけたタイミングが悪かったかなと不安になってくる。

 いかんせん、華愛にはプライベートで遊ぶ様な友達がいないので、どうやって誘えば良いのかいまいちよく分からないのだ。


「ダメだったかな。難しいならちゃんと言ってね」


「だっ大丈夫です!」


「良かった」


 今度は元気よく返事を返してくれたので、華愛は心の底からホッとした。体の力がスッと抜けていくのを感じて、自分が今まで極度に緊張していたことを悟った。


 今まで一匹狼の様に他人との間に壁を作って生きて来た。高校生活が一年ちょっと過ぎた中、そんな華愛が自主的に行動したのはこれが三回目だ。


 一回目は先生を好きになって、最初に話しかけた時。

 二回目は先生が高校時代にバンドでベースをやっていたと知って、少しでも近付きたくて響と律のバンドに入った時。


 どれも華愛を動かしたのは先生への想いから来るものだった。

 けれど、今回は違う。華愛自身、自分のその変化に戸惑いつつも、不思議となにかが始まりそうな予感がしていた。


「じゃーいこっか」


 数秒間呆けた様子で華愛を見つめていた音葉は、我に返った様に目を輝かせ、頬を少し赤らめながら「はい!」と笑顔で答えたのだった。





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