第14話 衝突

「練習する気あんのかよ!」


 遂に響は不満を爆発させた。

 場所は放課後の教室。今日は視聴覚室が使えず、四人で響と律の教室に集まっていた。


 後三日でテスト期間に入るという時に、視聴覚室が使えないことは痛手だが、練習は出来ないにしても、新しいバンド名や曲についてのプランなど、話し合う事がたくさんあった。四人が集まる事はここ数日でほとんど無かったのだが、今日は珍しく全員の顔が揃っている。


 ここ最近、律は近づくテスト期間に合わせ練習できる時間が少なくなり、華愛は相変わらず読めない奴で、遅れてきたかと思うと一人で黙々と練習して帰るの繰り返し。

 新しくバンドメンバーに加わった音葉は、理由は分からないが練習もそこそこで決まった時間になるとすぐに帰ってしまう事が多かった。


(どいつもこいつも、やる気んあんのかよ)


 響の中で三人への不満が沸沸と湧き始めていた。

 そんな中、全員が揃った今日こそはやっとまともに話し合いができると、響は期待を膨らませていたのだ。


 なのに、「練習がないなら帰って良いかな?」と言い出した音葉の声が自分の耳に入ってきた瞬間、気づいたら響は怒鳴っていた。

 今まで我慢していた言葉が勢いよく自分の口から吐き出されていった。


 それぞれに何かしら事情があるのは響も分かっていた。

 だけど、それをしっかり伝えようともせず、当然のように自分達の事情を優先している事が何よりも響をイラつかせていた。

 バンドメンバーとしてこれからやっていくというのに、いざ音を合わせてみてもバラバラな心が音楽に現れていて全然楽しくない。

 それも全て、三人の音楽に対するやる気の無さが原因では無いのかと、いつしかそう思うようになっていた。


「お前、ちゃんと歌う気あんの? それとも俺らのこと遊びかなんかと思ってるのか?」


 今まで積み重なってきた鬱憤が、自分の口から音葉を責め立てるような言葉でスラスラと出てくる。


「そんな事ない!」


「じゃーなんでそんなにすぐ帰りたがるんだよ! 今日だって大事な話し合いだろ?」


「私だって本気で頑張ろうと思ってるよ! でも、私にも色々事情がある!」


「バンドよりも大事な事情ってなんだよ。言ってもらわなきゃ分かんないだろ」


「人に知られたくない事の一つや二つ誰にだってあるでしょ。プライベートな事に土足で踏み込んでくるなんて常識ないの? 前から思ってたけど本当にバカなんだね」


「なんだと!」


 二人の罵り合う声が、四人以外誰もいなくなった放課後の教室中に鳴り響く。


「その辺にしといたら、響。音葉ちゃんも熱くならないで」


 そんな荒ぶれた空気に、律の優しい声がスッと割り込んできた。しかし、完全に頭を沸騰させている響には、その優しさすら感情を逆撫でるものでしか無かった。


「は? お前だって困るだろ。今回の文化祭成功させてお前の親見返してやるんだろ?」


「俺はみんなで楽しくバンドできればそれで良い……」


 響のその言葉に、律は柄にもなく少し悲しそうな、困ったような声色でそう言った。いつもの爽やか笑顔も心なしか引きつっているように見える。

 響には、律のその態度がただの痩せ我慢にしか見えなかった。律は自分の気持ちを偽っていると、響の直感が言っていた。


「その言葉、本気で言ってんのか?」


 響の言葉が荒々しいものから奥深い怒りに変わる。律は何も言わずただ黙っている。そんな様子に痺れを切らした響は、律から怒りの標的を別に変え始める。

 そして、未だに意見を発しないもう一人のメンバーにその銃口は向けられた。


「おい、華愛。正直お前の行動は昔から気に食わなかった。練習も遅刻しがち、休みがち、本当にやる気あんのかよ。そもそもお前が今までの歴代のボーカル散々振ったからこうなってんだよ。俺達に申し訳ないとか思わないのかよ!」


「それは申し訳ないと思ってる。でも、相手が勝手に好意を向けてきただけで、しょうがなかった」


「随分上から目線だな。そのセリフ、お前を好いているバカな輩全員に聞かせてやりたいな」


 華愛の冷淡な口調にイラッとした響は、皮肉まじりにそう言い放った。四人の間でどんどん険悪なムードが広がっていく。


(どいつもこいつもふざけんじゃねー)


 三人の様子に響の怒りは収まるどころか悪化していくばかりだった。

 

(音楽よりも大切な事情ってなんだし。てか、律は自分の気持ちに嘘ついてんじゃねーよ。でもってあいつらは本当にやる気あんのかよ!)


 心の中で三人に対しての怒りがぶつかり合い反響し、増幅していく。自分の思い通りに行かないもどかしさも相まって、響の意識は完全に自分一人の世界に沈んでいっていた。


「どいつもこいつも、これ以上休んだら許さないからな!」


 そして、響は三人に強要するかの如くそう断言した。このバンドのリーダーである自分の意見は絶対であり、正しい事なのだとそう本気で思っていた。

 誰もそんな響に言い返さず、重い空気だけが流れる。


(誰も言い返してこないのが、俺の意見が正しい何よりもの証拠だろ)


 響はそんな三人の様子を見てそう思った。しかし、次の瞬間自分の惚れ込んだ声が表しようのない怒りを含み、まるで雷が落ちて来たかのように鳴り響く。 


「うるさい! なんであんたに縛られないといけない? さっきから何も言わずに聞いてれば何様のつもり? そんな押し付けがましい人について行くわけないでしょ! 最低!」


 わなわなと肩を震わしながら、力いっぱいに叫んだ音葉の姿を、驚きで大きく見開いたその目で視界に捉える。心臓がバクバクと高鳴っていることを感じながら、声も出せずただ音葉を見つめる。他二人も驚いたようで、全員がびっくりした表情で音葉に注目していた。


「もう知らない!」


 そんな状況に耐えかねたのか、音葉は自分の荷物を持つと教室を飛び出して行った。

 音葉がいなくなった瞬間から、じわじわと自分の言葉に対する後悔が、まるで傷口から滲み出る血の様に響の心を染めあげていく。


「クッソ…」


「ゴンッ!」


 響と律と華愛の三人が取り残された教室で、机に拳を叩きつける音だけが鳴り響くのだった。 

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