第13話 踏み出せない
視聴覚室のドアの前で、華愛の足は止まっていた。周りを行き交う人達のこちらを窺うような視線に、思わずその場を後にする。
昨日も無断で練習を休んでしまった。良くない事だとは分かっているが、先日、先生に言われた言葉を引きずっている今、練習に参加したところで全く集中できない。そんな状態で無理に参加しても、それはそれで迷惑がかかってしまうだろうと理由を付ける。
華愛は今までも練習に積極的に参加してこなかった。
今までバンドのボーカルがすぐにやめがちで長く続かず、バンド自体の練習という練習がそもそもできる環境ではなかった。
そして、その原因には華愛が大きく関わっていた。
困ったことに、華愛の存在は勝手に男子を虜にしてしまう。自分に全くその気がなくても、思春期真っ只中の男子達は勝手に恋をしてくる。そして、少しでも華愛に近づこうとバンドメンバーに志願してくるのだ。
当然、そこそこ歌えればボーカルがいない状況に比べたらと思い、響や律も渋々と言った形でその都度メンバーに入れていた。
しかし、彼らは決まって少し経つと告白を切り出し、当然の如く華愛はそれを断り、毎度バンドを抜けていった。
響には「一人ぐらい付き合ってやってもいいだろ」と言われたことがある。しかし、華愛は全く好意も興味もない人と付き合う事は考えられないし、そもそも先生という片思いの相手もいる。
その為、ボーカルの在籍最長記録は三ヶ月である。
そんな状況に、華愛は自分が練習に参加する時間を少なくすれば、その負の連鎖が少しでも良くなると思い至った。自分自身も告白してきた人を振っていくという、面倒くさい作業が少なくなるはずだと。
華愛は次第に参加する回数が減っていき、バンドから距離を置くようになった。
しかし、そんな行動も結局実を結ばず、この前までいたボーカルも二ヶ月と経たずに、いつもと同じパターンで辞めていった。
沢山の人に好かれることは良い事なのだとは思う。が、華愛の場合はその恵まれた外見に対しての好意ばかりだった。
物心ついたときから、まるで自分が外見だけの人間だと言われているようであまりいい気はしない。
一人ぐらいちゃんと向き合ってくれる人がいたら、付き合ってみようかなと考えた時期もあった。が、どの人も同じことしか言わない状況に、華愛も次第に諦め感情を失っていった。
そして、高校生になっても華愛に対しての周りの状況は変わらなかった。一部の人を除いては。
鈴鹿先生と出会い、ちゃんと向き合ってくれる人がいることを知った。
響と律の様に、自分を外見だけで判断しない人がいることも知った。
だからこそ、どうしてもバンドを抜けることはしたくなかった。単純に音楽が好きだという思いもある。それに、バンドとして活動すれば、自分にも誇れるなにかが出来るのではないかという気持ちもあった。
迷惑をかけるぐらいなら、自分がバンドを抜ければいいと思ったこともあった。しかし、それが出来ず、こうしてダラダラと続けた結果、だいぶ拗らせている。
ボーカルに初の女子が起用された現状、もう練習に参加する上で華愛が気にすることはなくなったはずだった。
なのに、今日も結局先生に振られたことを理由にして逃げている。
今までは練習に参加しない方がいいと思っていたが、今は状況が変わっている。
本格的にバンドとして活動をしていくべき時に、拗らせた華愛の心は素直になる事を拒んでいた。何よりも、改めて自分が積極的に練習に参加していくことが、他のメンバーにとってはあまりいい思いがしないのではないかという不安もあった。
それに、参加したところで、他のメンバーとどうコミュニケーションをとったらいいのか分からず、結局自分だけで練習をして帰る事になってしまうのだ。
きっと、響や律の事だ。素直に今自分が思っていることを言えば快く受け入れてくれるだろう。むしろ、こうやって自分が拗らせている方が、二人にとっては苛立たしいに決まっている。
でも、そんな単純なことを伝える事が、人と距離をとってきた華愛にとってはすごく難しい事なのだ。
(どうすればいいの……)
こういう時、自分の気持ちをそのまま言ってしまえる響が、どうしようもなく羨ましく感じる。
(とりあえず、明日は絶対行こう。遅刻してでも参加しよう)
華愛はそう心に決め、帰路に着くのだった。
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