第10話 ベース
「さてと、生歌聞けたことだし、音葉の良いところと悪いところ言ってくな」
野球部が練習に戻っていったタイミングで、窓を閉めた響は改めて音葉に向かい合ってそう話を切り出してきた。
「まず、音域の広さと声の表現力、地声と裏声の使い分け、切り替えが上手い。無意識でやっているのかもしれないが、それは武器になると俺は思う。歌の系統がミュージカルとバンドでは少し違う点に関しては、俺がなんとかするから安心しろ。そして、お前の問題は体力と肺活量のなさ、そして緊張しすぎること!」
「さすが響、音楽に関してだけは的確なアドバイスだね」
「意外すぎる……」
「響はね、お父さんが音楽プロデューサーなんだよ。しかも人気バンドのね」
「おっ、お前それ言うなって!」
「さっき俺の秘密バラしたお返しー」
響が反撃を喰らわそうと律に向かって襲い掛かるが、律はそんな響の動きを長い腕で難なく交わしている。響には申し訳ないが、身長差があり過ぎるのだ。
そんな戯れつく男子二人の姿を見ながら、音葉は思った言葉を素直に伝える。
「すごいんだね!」
「別に凄くない……」
そう言った響の顔が少し曇ったのは気のせいなのだろうか。音葉は少しの違和感に一瞬だけ戸惑ったが、すぐにいつもと変わらない元気な姿になった響を見て「気にし過ぎかな」と心の中でそう呟いた。
「そう言えば、もう一人のメンバーがまだ来てねーな」
「もう一人?」
「そうそう、ベースの人がまだ来ていないんだ」
二人が言うもう一人のメンバーとは、一体どんな人なのだろうかと、音葉は想像してみる。
二人のキャラに劣らない強烈なタイプなのか。それとも意外に地味なタイプの可能性もある。
そもそも男子なのか、それとも女子なのか。女子だったら嬉しいな。
音葉はそんな事を考えながら、二人の会話を聞いていく。
「あいつ、今日も遅刻でやる気あんのか?」
「グループラインでは今日のこと伝えているし、そのうち来るよ」
「ガチャッ!」
「噂をすればかな?」
重いドアがゆっくりと開く。3人の視線がドアに釘付けになる。
「えっ!」
ドアを開けて立っていたのは、艶やかなロングヘアに、サラッとした白い脚、モデルの様に整った顔立ちをした女の子だった。そして、音葉はその人の名前を知っていた。と言うか、この高校で知らない人はいないくらいの超有名人だった。
「さっ桜木さんっ? まさか!」
「そのまさかだよ、音葉ちゃん。うちのベース担当、
彼女はその美貌で奇跡のJKと言われていた。噂によるとほとんどの男子が一回は惚れたとか、何十人も告白されて全部振ったとか、とにかくその手の噂が尽きない。
その存在は女子にも認められていて、普通なら「調子乗ってる」「かわいこぶってる」とか言われる所、「桜木さんは別格だよね」「憧れる」などと一目置かれた存在なのでまた凄い。
彼女は群れる事がなく、一人でいることが多い。その謎な感じがまた、男子にはたまらなく魅力的らしい。
そして、そんな彼女はあろう事か、音葉のクラスメイトでもあった。
「新しいボーカルって結城さんだったのね」
淡々とそう言いながら、彼女は荷物を近くの椅子の上に乗せる。
下を向いた時にサラサラと落ちてきた髪の毛をかき上げる姿は、女でもある音葉でさえ悶絶級の美しさだった。
思わず見惚れてしまう。
「遅れてきたのに謝りもしないのかよ」
「ごめん」
「心がこもってねーんだよ!」
響がイライラした様子で声を張るが、華愛はそれを完全に無視し、黒いケースから黙々とベースを出し始める。その行動が、さらに響を逆立てている気がする。
響の形のいい太い眉が、どんどん吊り上がっていく。音葉は内心ハラハラしながら、二人の様子を見ていた。
どうしたらいいのかと、音葉がもう一人のメンバーである律に視線を向ける。すると、音葉の気持ちを察したのか、律は爽やかに微笑んだ後、響に向かって声を上げた。
「まあまあ、メンバーも揃ったしこれで新体制スタートだね」
宥めるような優しい声に、まだ不満げな顔ではあるものの、響は怒りを収めたように見えた。
ホッとしながら、音葉は改めてこれから一緒に活動していくメンバーを見つめる。
身体能力ピカイチで人気者『木下響』、俊才で爽やかイケメン『三上律』、そして、奇跡の美貌クールビューティー『桜木華愛』。
「こっ濃すぎる……」
キャラが大渋滞を起こしそうな顔ぶれに、音葉はそう呟かずにはいられなかった。
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