第2話 偶然の巡り合わせ

「さっきの奴どう思う?」


「さっきのって結城さんのこと?」


 数Bの選択授業が終わり、響は律と一緒にガヤガヤしている廊下を歩きながら、次の授業に向けて移動していた。

 その最中、先程の出来事を振り返る。


 今まで話したこともない隣の席の女子が、急に自分達の話に割り込んできた。それも、授業中に大きな声で。

 ただ興味があって話しかけた、という感じではなく、何か別の意図を響は感じた。

 何かが引っかかる。響の直感がそう言っている。

 

(なんか、気になるんだよなー)


 彼女は、隣のクラスにいる至って普通の女子だ。

 身長が低く小柄で、肩に着かないくらいに切り揃えられた艶のある黒髪が、どこか可愛げのある日本人形を思わせる風貌をしている。顔もそこそこ整っている為、陰ながら男子ウケも良い。どちらかと言えば短め程度のスカート丈が、彼女の地味では無いが目立つこともないキャラクターを上手く表している。


 そう、彼女は決して根暗なタイプではない。

 だが、なぜか一人でいることが多い。


 響は数Bのクラスで何度か、彼女が人と話しているところを見かけた事があった。その時は普通に楽しそうに会話をしていたので、人見知りや口下手なタイプでもないだろう。

 彼女の纏うオーラや行動が決して地味なタイプではないという事を示しているのだが、どこか人を避けている様な雰囲気を感じるのだ。

 律も響と同じ印象を持っていたらしく、斜め上を見上げ、少し考え込んだ後に「結城さん、ちょっと壁を感じるよね」と言った。


 二限目の終礼チャイムが鳴り響いた後、話題の人物は気付いたらいなくなっていた。

 響は話しかける気満々だったので、少しばかりショックを受けている。諦めろと訴えかけてくる律の冷めた目に諭され、渋々探しに行きたくなる衝動を堪えている所である。


「あいつ、もしかしたらなんか知ってるのかも」


 響は顎に手を添え「うーん」と唸りながら、自分の感じた何かの正体を頭の中で探す。

 柄にもなく眉を寄せながら真剣に考え込む響の姿が律には面白いらしく、悪びれもせずに勝手にスマホで写真を撮り始めた。そして、律は連写音を鳴らしながら響に質問を持ちかける。


「そういえば響、さっきの言いかけた女子高生シンガーって?」


 響はその言葉を待っていた。律から欲しかった言葉をもらい、先ほどまで渋い顔をしていた響の表情が一瞬にして満面の笑みを咲かせる。


「この前動画配信サイトで偶然見つけた女子高校生シンガー。この子の声、俺らのバンドに欲しいと思わないか?」


 響は自分のスマホを制服のポケットから取り出すと、動画配信サイトを検索し自分の閲覧履歴から目当ての動画を探す。何回も見ている動画なのですぐに見つかった。

 さらに、スマホとは反対のポケットからワイヤレスイヤホンを取り出すと、片方を律に手渡して、もう片方は自分の耳に押し込む。

 律も促されるままにイヤホンをつけたところで、響はスマホの画面を横にして律の目線の先にずいっと持っていった。


 画面には女の子らしき人の首から下が写っている。顔バレしないように、わざと画面からはみ出るような構図でカメラを配置しているようだ。

 響が画面を指でタップすると、再生され始めたアカペラの歌声が、イヤホンを震わせながら二人の耳に伝わってきた。


 程よい高さでよく響く声色。何回聴いても飽きない心地よさ。ピッチも安定し、声の出し方などの基礎がしっかりとできている。

 何よりも、ズバ抜けた表現力。ミュージカルのワンシーンを思わせる躍動感に、まるで歌詞が生きているように感じさせられる。


 響は初めてこの歌声を聞いた時に、なぜかしっくりする感覚を覚えた。今までバンドとして活動していく中で奏でてきた音楽とは少し異なった、まるでミュージカルの様な表現力を持つその声に、響は何かを感じた。


「な! スゲーだろこの子! 俺の耳はスターを発掘する天才だな」


 そう言いながら自慢げに律に笑いかける。律はそんな響の言葉をスルーしたまま、表情を変えずに真剣な眼差しで動画に聞き入っている様子だ。


(やはり気に入ったか)

 

 ニヤリと、響は思わず笑みを溢した。


 響は昔から自分の耳に疑わぬ自信がある。

 なぜなら、これまで自分が気に入ったアーティストは必ず成功してきたという実績があるからだ。

 そんな響の音楽的センスは親から受け継いだDNAと、生まれ育った環境に由来するものだ。

 友人でありバンドメンバーの一人でもある律もまた、響が天才だと思った一人だったりする。


 二人は共にいい耳を持っているが故に、真反対の性格にも関わらず音楽に関しての感覚や好みが全く一致していたため、こうやってつるんでいる。

 周りの人曰く、響と律が一緒にいることに違和感を覚えるらしい。が、響は全く気にしていないし、律もきっと同じはずだ。


 一つの動画の再生が終わったタイミングで、律が響に問いかける。


「この子がすごいのは分かったよ。で、何で結城さんと関係あると思うの?」


「直感だ!」


 響は胸を張ってそう答える。

 二人の間にしばし沈黙が訪れる。


「出たよ野生児響くんの直感ね」


 律は一つため息をついた後に、「そのセリフ聞き飽きました」とでも言いたげな口調でそう言った。いつも通りの笑顔だが、心の中では胡散臭いものを見るような目をしているに違いない。


「おいおい、少しは俺を信じろって」


「まー音楽に関する響の勘は確かに認めるよ。でもさ、そんな偶然あり得ると思う?」


 まるで馬鹿にしたような言葉に一瞬ムッとした響だったが、律に普段から色々と言われ慣れている為、ものの数秒でその感情をあっさり捨ててしまう。

 響はふっと息を吐き、肩を竦めながら律に言い返す。


「頭が硬いな律は。勉強のしすぎだぞ。それにこれは偶然なんかじゃない。神様がくれた必然なんだ」


「響、そのセリフ暑っ苦しいしダサいよ」


 響の反論に対して、律はナイフのような鋭い切れ味で響の心をグサッと刺してきた。

 そう、律はいつも爽やかな笑顔をしながらさらっと毒を吐く。

 響はもうそれに慣れたが、学年一の爽やか王子くんからこんな言葉の数々が出てきたら、知らない人は驚くに違いない。

 そんな世界も見て見たいと思うが、心を開いてくれているという嬉しさもあり、自分の中にその欲求をしまう事にする。


「信じろよー。それに、今回は直感だけじゃない。あいつって確かいつもヘッドホン持ってるじゃん? 青色のやつ。音楽好きなのかなーって思って見てたから鮮明に覚えてる」


 通路挟んで隣の席である彼女の机の横には、いつも紺色のリュックと青いヘッドホンが掛けられていた。ワイヤレスイヤホンがメジャーとなりつつあるこの時代で、今時ヘッドホンを持ち歩く高校生は珍しいので、響は前から少し気になっていた。


 律もそれを思い出したのか「あー」と言いながら、それがどうしたのだとでも言いたげな雰囲気で響と視線を合わせてくる。


「響ってほんと馬鹿で野生児のくせに、音楽に関する事は記憶力無限大だよね」


「うっせ! ほら毒吐く前にこの動画見ろよ。顔見えないようにしてるけど、ここ!」


 そういうと響はスマホの画面を指で一回タップし動画を一時停止させた後に、指を差す。

 そこには少女の首にかかっていると思われる青いヘッドホンの一部が、チラッと見えていた。


「俺の勘、さっきのあいつの行動、そしてこのヘッドホン。これだけ証拠は揃っている!」


 名探偵気取りで力強く決め台詞を放ち、スッキリとした気持ちで隣の友人を見た。しかし、いつもの事ながらその友人に笑顔のまま冷たい目線を浴びせられる事となる。


「で、この動画の子の名前は?」


 律の問いに大事なことを忘れていたと気づき、画面一杯で再生していた動画をスマホを立てることにより画面上部に移動させ、下に出てきたチャンネル名を確認する。

 そこには大文字のアルファベットで『OTOHAおとは』と書いてあることが確認できた。


「そうそう、おとは!」


 その言葉を口にした瞬間、律が両眼を見開き口を半開きにして固まった。その表情が律の驚いた顔なのだと認識するのに、響は数秒かかった。

 律はいつも爽やかに笑っていることが多く、心の中で感情がコロコロ変わっていたとしても表情にはほとんど出さない。響に対してはその分言葉で感情を表すが、基本他の人にはそれすらもしない。つまり、そんな律が表情を変えるくらいの驚く何かが起こったという事だ。


「どっ、どうしたよ! 柄にもない顔して」


 焦った響はおろおろしながら律にそう言葉をかける。


「俺は今二つのことに驚いているよ」


「二つ?」


「一つは今起きている偶然の巡り合わせ。もう一つは響が本物の馬鹿だということ。もうほんっと笑えるくらいにね」


 そう言い終えた律に驚きの表情はもう無い。その代わり片手で自分のお腹をおさえ、腰を丸めもう片方の手で口元を隠し、肩をひくつかせて込み上げてくる笑いを必死に抑えている様子だ。


 響は先ほどの律の言葉が理解できず、首を傾げたままただその珍しい光景を見つめることしかできなかった。

 軽く貶されたような気もするが、それに関してはいつものことだと受け流す。

 律は込み上げてくる笑いを落ち着かせるためか、一度大きく深呼吸をした。そして、自分の目尻を擦った後に、またいつもの爽やか笑顔で響を見る。


「音葉。結城音葉さんだよ彼女の名前」


 その事実を飲み込み消化することに、響は数十秒かかった。

 自分が求めていた声はこんなにも近い場所にあったのか。

 響はこの偶然に感謝すると同時に、律が言うように自分のバカさ加減に笑いが込み上げてくるのだった。 

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