第32話 王家の苦悩

 シーザとは王宮前で別れ、そこから先はティアーナが案内役となった。

 彼女が向かったのは、いつもの裏口でも正面玄関でもない。王宮の脇の目立たない場所にある小さな門だった。初めて通る道だ。

 門を潜ると見張り小屋のようなものがあり、ニワトリ小屋や洗濯物干し場があり、物々しい雰囲気の中に、妙に家庭的な雰囲気とが入り混じっている。

 「こちらは、王宮内部の居住区に直接つながる道で、…王室に直接仕えている使用人しか出入りしていません」

と、ティアーナ。

 「王宮の中でも”国王一家の自宅”にあたる部分の裏口に当たります。本当は、私にもここを通る権限は無いんですが、今回はアルが一緒ですので」

使用人たちの住む区画の奥に、もう一つの門が現れる。硬く閉ざされた門の前で馬を下りると、彼女は、門の脇を固める塔を見上げた。

 「陛下はいらっしゃる? 火急の用件なんです。」

中で気配があって、塔の下から衛兵が出てくる。

 「ん? あんたは確か…」

 「こちらの方をお通ししたいの。急いで」

ティアーナの後ろにいるアルヴィスに気づいて、衛兵は無言のうちに状況を理解した。すぐさま引っ込んでいったかと思うと、どこかで金属の軋む音がして、扉がゆっくりと開き始めた。巻き上げ機が扉をひっぱる鎖を巻き取っていく。

 「アル、どうぞ」

門の奥には、緑の芝生があり、植え込みの向こうに池が見えている。白い壁をもつ小さな家。緑に囲まれた閑静な高級住宅といった雰囲気だ。王宮の他の場所とはずいぶん違っている。


 門番に馬を預けると、門から先は、アルヴィスが先頭に立った。

 イヴァンとティアーナは、足早に建物のほうへと歩いていく少年の後ろに従う。玄関をくぐり、長い廊下に入ると、廊下まで聞こえる怒鳴り声が響いてきた。

 「ならん! 反逆者と会話するなど、どうして出来るのだ。貴族どもを処罰するのに、それで体裁が取り繕えるとでも思っているのか!」

聞き覚えのある声。アレクシスだ。国王が何処にいるのかは、尋ねるまでもないようだった。

 声の聞こえる部屋の前に来ると、アルヴィスは、扉をノックすることもせずそのまま中に踏み込んでいった。

 「失礼します」

声がぴたりとやみ、向き合っていた二人の人物が振り返る。

 一人は、国王アレクシス。そしてもう一人は――、なぜここにスヴェインがいるのかと一瞬思ってしまったほど、よく似た背格好と顔立ちの青年だった。直接会ったことはないが、これが第一王子のシグルズなのだ、とイヴァンは思った。噂には聞いていたが、本当にそっくりなのだ。表情や服装を取り替えたら、区別がつくかどうかの自信はない。

 「アルヴィス! 無事に戻ったのか」

大股に近づいてくるなり、アレクシスは言葉を遮ってアルヴィスの肩を抱き寄せた。

 「怪我はないか? あのあと、やはりお前を行かせるべきではなかったと随分後悔したんだぞ」

 「大丈夫です。あの、今はそれどころでは」

父の腕から逃れようと、アルヴィスは身をよじった。

 「西の国境を越えた先で、クロン鉱石の採掘場を見つけました。マイレ領を経由して持ち込まれています。鉱石の採掘を命じているのは、ヴェニエル侯爵で間違いありません。証拠も掴みました。彼らは、――現国王を退位させ、スヴェイン王子を即位させるために動いているようです」

 「……。」

横で聞いていたシグルズの表情が翳る。彼はスヴェインと密かに共謀している。そうなることは、ずっと前から知っていたはずなのだ。

 「そうだ。まさに、その要求が届いたのだ。」

アルヴィスから腕を離すと、アレクシスは苦々しい表情で言った。

 「返事までの期日は一週間。要求を出してきたのはヴェニエルだ。奴は私に叛意を抱く貴族どもの手勢を集めている。期限を過ぎれば、いかなる事態になるかの責任はとらん、などと言ってきた」

 「実質的な宣戦布告だよ」

シグルズが、ぼそりと呟く。

 「”怒れる臣民たちの鉄槌が、横暴なる王に下されるであろう”だなんて、ずいぶん遠回しに言ってきてるけどね。――ただ、こちらも先手は打ってある。ヴェニエルとマイレが武器を買い集めているとアルが教えてくれたから、彼らの領地に監視は置いていたんだ。兵が動き出した時点で、各騎士団に招集はかけている。明日には王都前に到着する。同時に、彼らの所領のほうも押さえられるはずだ。」

 「つまり、開戦したとしても勝利はできる、ということですか?」

 「ああ。」

それだけ聞けば安心出来そうなものだが、しかし、事がそう単純ではないことは、シグルズの表情を見れば判る。

 「それで、スヴェイン兄さんは」

黙って何かを考え込んでいたアルヴィスが、口を開いた、

 「――集まっている貴族たちを一網打尽にしたあと、スヴェイン兄さんは、どうなるんですか?」

 「極刑は免れない。当然のことだ」

と、アレクシス。

 「ですが…!」

 「お前は黙っていろ、シグルズ! お前がどう言おうとも、あれは叛徒どもの頭として祭り上げられているのだぞ。処罰せずにどう見逃す。身内だからと甘く扱うなど有り得ん! 分かっているはずだ」

 「……。」

シグルズは、黙って唇を噛みながら俯いた。


 予想はしていたことだった。

 たとえ裏切りが「演技」だったとしても、スヴェインの存在がヴェニエルたちによって旗印として掲げられてしまったことは動かしようのない事実だった。彼らは、現国王を退位させたあと、都合の良い王としてスヴェインを即位させると宣言している。彼らの仲間になった「ふり」をしていただけ、などという言い訳は、もはや通用しないところまで来ている。


 しかしそれでも、アルヴィスは冷静だった。

 「それで、返答の期限は何時までなんです」

 「明日だ。それを越えて返事が無ければ、支持者の領主たちが”実力を行使する”と言ってきた」

国王は、室内用の長い上着の裾を翻し、荒っぽい足音をたてて部屋の中を歩き出した。

 「愚かなことを。小領地の領主どもの私兵をいくらかき集めたところで、騎士団と正面からやりあう戦力にはならん」

 「ですが、例のクロン鉱石を利用した武器があります」

と、アルヴィス。

 「どのくらい持ち込まれているか分かりませんが、使い方によっては危険な代物です。それに西方騎士団は、今は街道沿いの事件に手一杯で、動けるとは限りません」

 「東方騎士団と北方騎士団がいる。既に伝令を出してある。こんなくだらぬ茶番にまともに付き合えるものか。たとえ息子といえど、おふざけが過ぎるなら仕置きも必要だろうな」

不機嫌な口調で言って、庭を見下ろす窓の前で足を止めた。怒りに燃える瞳に外の光が反射する

 「案ずることはない。明日中には、すべて終わっているはずだ。お前たちは見ていればいい。――下がりなさい」

頑なな意思を感じさせる強い言葉。

 これ以上の話は無理なのだと、イヴァンにも分かった。アレクシスはもう、戦うことを決めているのだ。そして、スヴェインを捕らえて厳罰に処すつもりなのだ。相手が国王の退位を求めている以上、そうなるのも当然だ。


 アルヴィスもシグルズも、半ば追い出されるようにして部屋を出た。

 アルヴィスは、隣で無言のまま項垂れているシグルズのほうを見上げる。

 「シグルズ兄さん、二人でやろうとしていたことは、スヴェイン兄さんから聞いた。連絡は取り合ってるの?」

 「…ここ最近は、取れていない。多分、おれたちは失敗したんだ。」

そう言って、シグルズは唇を噛んだ。

 「ヴェニエルは最初から、スヴェインが内情を知るために接近してきたことも、わざと馬鹿を演じてるのも勘付いていたと思う。…あいつ、演技が下手だからさ。それでも、利用価値があると思われてるから泳がされていただけだ。実際のところ、ヴェニエルたちは重要な情報だけは漏らさないよう気をつけていた。お前が疑い始めるまで、国境より西に奴らの拠点があるなんて思いもよらなかった。どおりで、探しても見つからないわけだよ…。くそっ。だから言ったんだ、もう止めようって。何度も言ったのに。潜入して得られる情報なんてほとんど無いって。」

 「それなら、どうして…」

 「止めても、あいつは聞かなかった。頑固なんだ。知ってるだろ」

しょんぼりとしたシグルズの姿は、人前で見せる、威風堂々とした、どこから見ても立派な王子とは全く正反対だ。普段の態度が演技だというなら、彼もまた、弟同様にずいぶんな役者のようだった。

 「成人した一人前の男が自分で決めたことを、どうやって思いとどまらせられる? こうなったらもう、おれはただ、自分の役割を果たすだけだ。――立派に戦って、あいつを捕まえる。せめて、怪我をさせないように」

父親そっくりでありながら、父親とは違う色をたたえた瞳で、年長の王子は静かに言った。

 「わかりません。一体なぜ、こんな無茶な企みを? ヴェニエルが怪しいというのなら、もっと別の方法で調査することだって!」

ティアーナの声は、半ば悲鳴のようだ。

 「調査なんて。この十年、決定的な証拠なんて掴めなかったんだ、そう簡単に出て来るわけがない。そもそもが、あの暗殺未遂だって、マイレの仕業だというのはすぐに見当がついていた。あの別荘はマイレの領地内だったし、――それでも手出し出来なかったのは、何故だと思う? この国では、もう長いこと国王と有力貴族たちの権力が均衡している。下手に手を出せば国が割れる。今回のことだってそうだ…だったら、せめて王権に傷をつけない方法で膿を出すしかない」

シグルズは悲しげに微笑む。

 「そのためには、誰かが悪者役を引き受けて犠牲になるしかなかった。王権を決める権限を持つ貴族たち、その三分の一が離反しようとしている。もちろん全ての民に愛される王など、伝説の”融和王”でもなければ在り得ないだろうが、三分の一は、あまりにも多すぎる。もしも戦いに勝利したとしても、民の目にはどう映るだろうな。離反しなかった貴族たちの間にも、疑いは残ると思わないか?」

 「それは…」

 「だから、スヴェインは奴らについた。この反乱は、馬鹿な王子にまんまと扇動された貴族たちが起こしたものだと、つまりは王家の内輪もめに過ぎないのだと演出するために。ヴェニエルやマイレの家もろとも、表舞台から綺麗に退場するためにさ。だけどそれも、もう、上手く行くのかどうか分からなくなってきた。父さんはいつも通りあの調子だし、少しは交渉するフリでもして見せればいいのに、怒鳴り散らすばっかりで――。」

 「兄さん、待って」

 「もう行かないと。騎士団の編成を任されてるんだ。」

 「その前に、西で見た奴らの武器について教えたいんだ。もし戦いになるんだとしても、まともに戦っちゃ駄目だ。クロン鉱石を使った武器は…。」

去りかける兄の後ろを慌てて追いかけて、アルヴィスは、手早く戦術について教えている。

 「…というわけで、爆弾のほうが危険なんだ。おそらく使うとすれば最初に、両軍が接触する前に飛ばしてくる。突撃しすぎないで。いいね」

 「分かった。お前が命がけで持ち帰ってくれた情報だ。肝に銘じておく」

真面目な顔で言ってから、シグルズは、弟の肩を抱いた。

 「明日はきっと戦闘になるが、大丈夫。おれもスヴェインも、きっと生きて戻ってくるよ。――だから、お前は心配しなくていいから」

磨き上げられた廊下に外套の端を翻し、シグルズは足早に去って行く、どこからともなく現われた一人の騎士が、振り返って小さく頷くと、その後ろについてゆく。近衛騎士のエーリッヒだ。外で待機していたらしい。

 アルヴィスは、遠ざかる二人の姿を心配そうに見つめている。


 と、その時、イヴァンは、廊下の反対側でひらひらと揺れているものがあること気が付いた。

 「アル、アル」

 「え?」

肩をつつかれて、彼は顔を上げた。

 「あれ」

 「…あ」

斜め向かいの部屋の前で、笑顔を浮かべて手招きしている女性がいる。

 「母さん」

アルヴィスは慌てて駆け寄っていく。

 「いらっしゃったんですか。でも――」

 「中に入って。」

すれ違うとき、ふわりと上品な香りが漂った。花の匂い。香水だろうか。アルヴィスに良く似た顔立ち。不思議な穏やかな雰囲気。

 招き入れられたのは、さっきの部屋とは違い、優しげな雰囲気のある明るい部屋だった。落ち着いた色合いの絨毯や天井、レースのカーテン。古い調度品はすべて丁寧に磨き上げられている。

 「戻ってきたばかりでしょ、座って。お話は、お茶を飲みながらよ。」

部屋の主はそう宣言して、部屋の隅にある小さな暖炉の上に湯かしを乗せた。

 部屋の奥には小さな台所が見える。さしづめ、この部屋は家族の居間といったところだろうか。アルヴィスの母親ということは、アストゥールの王妃のはずだが、どう見ても貴族の奥方くらいにしか見えない。ただし、質素な格好をしてはいても、上品な威厳に満ちている。

 「あなた、アルヴィスのお友達よね。確か…イヴァン君?」 

 「あ、はい」

ぼんやりと後姿を眺めていたイヴァンは、名を呼ばれて慌てて返事する。

 「お砂糖は入れる? クリームは?」

 「えっと…クリームだけでいいです」

 「そう。アルはお砂糖、ティアは両方だったかしら? お菓子もあるのよ。少し待っていてね」

 「……。」

アルヴィスもティアーナも、黙って席についている。焦るだけ無駄だと知っている表情だ。

 部屋の外には門をくぐった時に見えた池と、それを取り囲む花壇とが見えている。

 「お待たせ。」

盆を手に、部屋の主がテーブルに近づいてきた。慌ててティアーナが椅子から腰を浮かしかける。

 「すみません、エカチェリーテ様。手伝います」 

 「大丈夫よ、座ってて頂戴。ここでは、あなたたちはお客様なのだから。」

全員の前に、クッキーの載った皿がひとつずつ。それに、淹れたてのお茶を注いだティーカップ。良い香りが漂う。

 「どうぞ、召し上がれ。気持ちが落ち着いていなければお話も出来ないわ」

スカートの裾をつまみながら、王妃は優雅に椅子に腰を下ろした。イヴァンは、クッキーをひとつ詰まんで口に放りこむ。

 「どう?」

 「美味しいです。王宮で作ったんですか」

 「ええ。わたくしがね。」

 「え、王妃様が?」

 「そうよ。うちは、家族の食事は大抵わたくしが作っているの。いつもいつも政務ばかりしているわけじゃないもの。それに、どんな仕事をしていたって、自分の家族の食事くらいは自分で作ってあげたいでしょう?」

エカチェリーテの笑顔が、アルヴィスの面影と重なった。柔らかい印象は、息子とそっくりだ。

 お茶を一口飲んだあと、アルヴィスは、カップを下に下ろして口を開いた。

 「母さん、…父さんは本当に、スヴェイン兄さんたちと戦う気なの?」

 「ああいう人ですからね」

エカチェリーテは、困ったような微笑みを浮かべる。

 「それに、あの子たちもアレクシスに似て頑固者だから。間違っていると薄々思っていても、引くことも、誰かに助けを求めることも出来ないのよね。我が身を傷つけてでも無理に前へ進もうとする。そういう子たちだわ」

 「もしかして、…兄さんたちのしていること、知っていたの?」

 「そりゃあ、そうよ。あんなに”堂々と”、コソコソされたらねえ」

 「じゃあ、どうして…!」

 「止めなかったのか、って? 止めて止まる子たちじゃあないでしょう。もう成人しているのだし。」

そう言って、彼女は悲しげに溜息をついた。

 「それにしても本当に、うちの男たちと来たら意固地なのよねえ。アレクシスもそうだった。…国政の改革は、先々代からの悲願だったのよ。税率改革、貴族特権の制限、相続権の規定…。どれも旧貴族たちの反発が大きいことは分かっていた。無理に推し進めようとすれば反発を招くこともね。あの人は、だから、国王として即位したの。わたくしを矢面に立たせたくない、と言ってね」

 「そうだったんですか? そんな話、一度も…。」

 「シグルズたちにも言っていないわ。でも、メネリク叔父様はご存知よ。アレクシスに敵意が集まったとしても、『あいつは所詮は婿養子、東方の小貴族の家の出だ』って言われるだけ。リーデンハイゼル王家が憎まれるわけではない。――結局は、シグルズたちがしようとしていることと同じなのよ。誰かを囮にして、その裏で目的が達せられればそれでいい。王家の権威を守り、この国を一つに纏めておくための姑息な策略ね」

 「……。」

 「”融和王”の築いた平和から二百年。この国は、大きくなりすぎたのかもしれない…」

王妃は、どこか遠くに視線を向けている。

 大きな戦争が無いままに、二百年の時が流れていた。それでも明日は、このままいけば、王国軍と貴族たちの反乱軍とが激突する。王国史上初めての、王都目前での大きな戦闘が発生するはずだ。


 ふいにカーテンの端が揺れて、ティアーナは思わず声を上げそうになった。音も無く姿を現したのは、黒髪の大柄な女性だ。逞しい腕の側には、金と銀を織り合わせた房飾りの揺れる短剣がある。

 「彼女は近衛騎士シンディ、わたくし専属の護衛よ。少し、外の様子を見て来て貰っていたの」

大柄な女性は、無言に軽く会釈をした。女性ながら、圧倒的な存在感だ。

 「それで? スヴェインはどうでした」

 「スヴェイン様は”下の町”にいた。ワンデルも一緒」

シンディは、低い声で端的に答える。

 「ワンデル? ワンデルも、まだスヴェイン様と一緒に?」

 「いる」

ちらとティアーナのほうを見て、シンディと呼ばれた女性はそれだけ答えた。余計なことは一切言わない。表情も動かない。なまじ美人なだけに、まるで巌のような雰囲気を持つ女性だ。

 「ワンデルがいるなら、たとえ混戦になってもあの子の身は守られると思うわ。シグルズにはベオルフとエーリッヒがついている。心配は要らない。あとは、あなたね」

白い手が伸びて、アルヴィスの頬を優しく撫でる。

 「その顔、じっとしてるつもりはないんでしょう?」

 「…何とかして、…衝突を和らげたいんです。」

 「でも、あなたはクローナ公の代理ですからね。”白銀紋章”は失くしていないでしょうね? 叛徒たちは、クローナを包囲したそうよ。メネリク叔父様を脅してスヴェインを新王として認めさせたいのね。」

 「分かっています」

少年は、真っ直ぐにエカチェリーテを見つめ返した。

 「僕がすべきことの覚悟は、出来ています。…明日、クローナ大公の代理として、開戦前にスヴェイン兄さんの王位継承権の剥奪を宣言する。それで彼らは大義名分の一部は失うはずだ」

 「……。」

ティアーナは、何も言わず隣で目を伏せた。もはや、それは避けられない道だ。

 「それから、ティア、イヴァン。二人にも頼みたいことが」

 「何?」

アルヴィスは、二人を呼び寄せて何事かを囁いた。

 「えっ、…いや、それはいいけどさ。間に合うのか?」

 「人手は必要かもしれない。他に何人かいるといいんだけど…」

 「あらあら。お友達と密談?」

エカチェリーナは面白そうな顔をしている。

 「母さん、部屋を一つ借りてもいい? それと、紙と封筒が欲しいんだ。王家の刻印入りの、正式な書簡に使うのがあると嬉しいな」

 「構わないわよ。何に使うのかしらね」

 「内緒。でも、これは僕にしか出来ないことだから――」

王妃とシンディは、顔を見合わせた。

 「いいわ。準備してあげる」

 「ありがとう」

イヴァンとティアーナは、席を立つ。

 「人の用意ならアテがある。いったん町に出て戻ってくる。」

 「それじゃ、門番に伝えておくわ。急いで頂戴ね」 

 「任せとけ」

果たしてアルヴィスの考えている案が本当に巧くいくのか、そんなことまで考えている余裕はなかった。今は少しでも可能性に賭けるしかない。


 既に日は傾きつつある。

 衝突を防ぐため、或いは和らげるために使える時間は、そう多くは無い。それを、誰もが痛感していた。

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