第28話 追う者と、追われる者

 港への道は、エギルの他に、村長がつけてくれた数名が一緒だった。護衛というよりは、三人のよそ者が信用ならなかったからかもしれない。いずれにせよ、味方が多いのは心強いことだった。

 森を抜けていくと、やがて木々の向こうに海のきらめきが見え始め、風の匂いが変わった。あまりに近いので驚いたほどだった。

 「船だ」

呟いて、アルヴィスは足を止めた。木の間から、帆に海風をはらんで、海の上をゆっくりと遠ざかってゆく貨物船の姿が見える。

 「あの方角は…アストゥールへ戻るところのようですね」

 「うん。ネス港に向かうのかな。港は近いの?」

振り返って尋ねると、エギルは、それをそのまま訳して仲間たちに伝える。

 「あと少しだ。港は、最近また大きくなった。近づきすぎると勘付かれる。…この道は、崖の上から見るための道。それで、いいか」

 「構わないよ。君たちに危険が及ぶといけないから」

それに、まずは場所さえ分かればいい。

 先を行くリンドたちの歩調は、さっきまでと違い、慎重になっている。途中で一人が別の道に別れ、周囲を警戒するように森の奥へと消えていった。エギルは弓を肩から下ろして、いつでも使えるようにと矢をつがえる。

 「もしかして、攻撃してきたりするのか」

 「そうだ。奴らは、矢のない弓を撃って来た」

王都で見たあれのことだ、とイヴァンは思った。だとすると、あれも、国境のこちら側で作られているのだろうか。


 突然、先頭にいたエギルが手を挙げた。止まれ、ということだ。腰を屈め、茂みの向こうを覗いてみると、崖の下に動き回っている船員たちの姿が見えた。獣人ではなく、アストゥールから来た人々のようだ。浜辺に沿って大小様々な箱や樽が積み上げられている。食料、衣類、生活用品。さっきの船が下ろしていった物資だろうか。

 「…酒がある」

樽に目を留めて、エギルが忌まわしそうに呟く。

 「あれは…ワインだな。どこのだ?」

 「樽にあるのはロマーネス地方の印だよ。王都近辺だ。中でもアジズ領が名産地」

と、アルヴィス。

 「あっちの織物は多分、東方産。パレアル港のあたりで作られているもののはずだ。さっき見た定期船に似た船とあわせると、沿岸の港を回って積み込んできたものだろうね。」

 「ということは…こちらから持ち出されている品も沿岸に沿って…?」

 「おそらくは。でも、まだ決定的な証拠にはなってない」

少し体の位置をずらして、アルヴィスは、少し奥のほうまで視線をやった。

 「倉庫と見張り小屋が建てられてるな。ここにいるのは数十人ってとこかな」

 「武装してる奴もいる」

イヴァンは、船員たちの周りをうろついている剣を帯びた何人かの姿に目を留めた。

 「護衛かな。あの武器…”竜の爪”だっけ? あれを持ってるかどうか、確かめられればいいんだけどな。」

様子を伺いながら、じりじりとしていたその時だ。


 突然、森の中から鋭い叫び声が響いた。

 「ヤック!」

弾かれるように、エギルと、ほかのリンドたちが立ち上がった。よろめきながら駆けて来るリンドは、肩を抑えている。

 「シュトール!」

 何と言っているのかは分からなかったが、それが何を意味する言葉かは分かる。「敵」とか「裏切り者」――そういう意味の言葉のはずだ。

 とっさに、イヴァンたちも駆け出した。来た方向の道だ。エギルは仲間たちに何か叫んでから、後ろから追い越していく。

 「見つかったのか?」

 「そうだ。逃げろ!」

突然、目の前の木の上から何かが降ってきた。叫び声を上げ、弓を投げ捨ててエギルが短剣を抜く。向かって来たのも獣人、リンド。二人の短剣ががっちりと噛み合い、唸るような声が漏れた。

 「エギル!」

ティアーナが剣を抜き、襲い掛かってきたリンドのほうに斬りかかる。

 だが、襲い掛かってきたほうはさっと身を引いて、跳ねる様に藪の中に姿を消してしまう。そちらの方向から雄たけびのような甲高い声が響いて来た。仲間を呼んでいるのだ。

 「ヤック、あの人間たちに従ってリンドを売ったxxxxな奴ら…」

おそらく酷い悪態をついてるのだろう。エギルはリンドの言葉で何か怒鳴って、弓を拾って駆け出した。ついていくしかない。他のリンドたちがどうなったのか、確かめる余裕もない。

 どこかで、バン、と乾いた音が聞こえた。はっとしてイヴァンは足を止める。

 「…あの音だ」

彼は、無意識のうちにそちらに向かって歩き出す。

 「どこへ行くんです?!」

 「例の武器の音! 使ってる奴がいる。捕まえる!」

 「イヴァン!」

ティアーナとアルヴィスの叫ぶのを振り切って、イヴァンは、一目散に音のしたほうへ向かって突進していく。

 走りながら彼は、森の中に、いくつもの気配を感じ取っていた。ぶつかりあう敵意のようなもの。走っている足音。五感は研ぎ澄まされている。彼は、腰から剣を抜いた。

 (そこだ!)

木を回り込んだところで、筒を手に、ごそごそと懐を探っていた男を見つけて斬りかかる。 

 「ひっ?!」

声を上げる間があればこそ、剣を喉に突きつけられて、男は両手を挙げるしかなかった。手にしていた筒と、反対側の手にあった小さな包みとが地面に転がり落ちる。同時に、黄色い粉もこぼれ落ちた。

 (まただ)

 前回見た時も同じだった。攻撃する前に、黄色い粉を筒の中に詰め込んでいた。だとすると、この武器は連続して使うことが出来ず、この黄色い粉をいちいち手で詰め込まなくてはならない、面倒な代物なのだ。


 背後で足音が止まった。ちらりと振り返ると、エギルがそこに立っている。イヴァンの姿を見て追ってきたのだ。

 「エギル、そこに落ちてる筒みたいなのを拾って、あいつらに届けてやってくれ」

言いながら、イヴァンは、剣を突きつけた男のほうを睨みつけた。

 「おいお前、アストゥールから来たんだろ? どっから来た。誰が雇い主だ」

 「……。」

 「言わないなら、少し痛い目にあってもらうぞ」

言った瞬間に、イヴァンは篭手で男の鼻面を殴りつけた。鼻血が飛び散り、男は呻いて地面に倒れこむ。足を踏みつけ、イヴァンは、さらに剣を相手の顔に当てた。

 「次は耳だ。」

冗談だと疑わせる響きは一切なく、本人も、冗談のつもりは無かった。この男は、クロン鉱石を使う武器を手にしていたのだ。何も知らないとは言わせない。

 男は小さく悲鳴を上げ、震えながら言った。

 「わ、わしは、ヴェニエル領から来たんだ…」

 「ヴェニエル? ヴェニエル侯爵が雇い主ってわけか。そいつが、反逆者の親玉か?」

 「違う」

男は鼻を押さえたまま、涙声で呻く。

 「お仕えしているのは――スヴェイン様だ」

 「は?」

イヴァンは眉を寄せた。

 「スヴェインって、第二王子の? なんでそんな名前が出てくるんだよ。」

 「本当だ! し、信じてくれ。我々はあの方を王にするために、集まって――武力を――」

 「あー…」

ここに来る前に出会った、道化を演じていた王子の姿が蘇ってきた。

 彼は敢えて国王や兄との不仲を演じることによって、国王の反感を持つ貴族たちの旗印に祭り上げられようとしていた。どう見ても大根役者にしか見えなかったのだが、そんな彼の拙い演技でも、それなりに信用した者たちはいたということか。

 あるいは、演技だと知りつつも、彼をいい目くらましとして利用しているのかもしれない。

 「それで国王の暗殺を目論んだのか? だとしても、次の王様に、お前らの好きなやつを就けられるわけじゃねーだろ? もう一人、シグルズ王子だっているんだし。どうすんだよ」

 「ぬ、抜かりはないとも…当然手は打ってある…」

 「手?」

 「クローナ大公…だ」

背後で、草を踏む小さな音が聞こえた。

 はっとして顔を上げたイヴァンは、側に立って呆然とした顔でこちらを見ているアルヴィスに気づいた。

 一瞬の隙が生まれた。その隙を男は見逃さない。

 「あっ」

押しのけられて、イヴァンはよろめいた。「こら待て!」

 追いかけようとするが、男は死に物狂いだ。転がるようにして港への斜面を駆け下りながら、何か喚いている。仲間を呼ぶつもりだ、とイヴァンは思った。

 「ちっ」

剣を腰に収め、彼はアルヴィスの腕を掴んで逆方向へ走り出す。

 「ひとまず逃げるぞ。増援されたら厄介だ」

エギルの姿は既にない。ひと足先に行ってしまったのか、行き違いになってしまったのか。

 「ティアはどうした」

 「はぐれたんだ。途中で襲われて…」

言いかけたアルヴィスが、ふと頭上を見上げる。

 「イヴァン、あれ!」

 「え?」

同じ方向に目をやったイヴァンは、空から落ちて来ようとしている黒い物体に気が付いた。三つ、四つ。それはどこかから射出されたような放物線を描いて、森のあちこちに落ちていく。


 その数秒後――


 閃光と爆音が多方向から押し寄せて、イヴァンたちは地面の上に叩きつけられた。頭上か木の葉や枝がばらばらと降って来る。一瞬、何が起きたのか分からなかった。ただ、この感覚は始めてではない。

 空気の振動が収まってから、イヴァンは木の葉を振るい落としながら体を起こした。

 「アル?」

見回すと、すぐ近くに少年が倒れているのが見えた。

 「おい、大丈夫か。しっかりしろ」

 「う、…うん」

怪我は無いようだ。

 ほっとして、イヴァンはアルヴィスに手を貸して起き上がらせた。視線をめぐらせると、森の一部が大きく抉られ、煙を上げてくすぶっているのが見える。直撃していたらと思うと、ぞっとする。

 「さっきのは――」 

 「多分、王都の公園で爆発したやつと一緒だ。前回、俺がふっとばされた時のと同じ。爆弾みたいなもんなんだろう。やべえな…あの筒みたいなのよりよっぽど厄介だぞ」

ふらつきながら立ち上がって、彼は、辺りを見回した。声も、足音も聞こえない。ティアーナや、ほかのリンドたちは巧く逃げられたのだろうか。

 「そう遠くにはいないはずだ。心配してるとまずい。早く合流しよう」

 「うん」

アルヴィスは、どこかぼんやりとしている様子だ。

 「アル、考えんのは後にしろ。今はそれどころじゃない」

 「分かってる。ごめん、急ごう」

走り出す二人の後ろから、爆弾で焼かれた草木と地面、そして、クロン鉱石の燃える臭気が押し寄せてくる。


 ある程度の距離を置いたところで、二人はようやく足を止めた。

 追ってくる者がいる気配はない。どうやら逃げ切れはしたようだ。

 「あの筒は? エギルに、回収してくれるように頼んだ」

 「ここにあるよ」

アルヴィスは、上着の下に隠した布の包を見せる。

 「それとさっき、隙をついて少しだけ浜の方に降りられた。ティアが囮になってくれて、いくつか書類らしきものを回収できたよ。持ち帰れば、動かぬ証拠になる」

 「本当か?! 良かった。ここまで来た甲斐があったな!」

 「うん、でも…。」

アルヴィスの表情は、曇ったままだ。

 「…予想していたとおり、主導しているのはヴェニエル侯爵だった。だけど、ここまでクロン鉱石の研究が進んでいたなんて。あそこの領地は、クローナのすぐ隣だ。一体どうすればいいんだろう」

 「何か、マズいことがあんのか」 

 「うん。以前少しだけ話したと思うけど、クローナ大公家には国王に次ぐ権威がある。国王が代替わりする時、新しい王が即位するにはクローナ公の承認がなんだ。そして、クローナ公には、王位継承権を剥奪する権限が与えられている。」

 「ああ。確か、前にそんなこと言ってたな」

クローナで、博物館を見学させてもらったあの夜に言っていたことだ。

 「つまり、彼らがもしスヴェイン兄さんを傀儡の王として即位させたければ、今の国王である父さんを廃位した後、クローナ公に…先生に圧力をかけて、シグルズ兄さんから王位継承権を剥奪して、スヴェイン兄さんを新王として承認させればいい。」

 「……。」

 「先生も薄々感づいていたんだと思う。だからあの時、絶対にこれを持っていけって言ったんだ」

そう言って彼は、上着の下から鎖で吊るしていた、首飾りとしては大きすぎる銀色の塊を引っ張り出した。

 アストゥール王国の紋章と同じ形をした、枝葉を広げた樹の形をした紋章。ただ、色だけが違っている。

 「白銀紋章。――クローナ大公の印。僕はまだ正式にその座を継いではいないけれど、これを持っている限り、正式な”代理人”として権限を行使できる。もし、既にヴェニエル侯爵が動き出していたとしても…クローナが包囲されるとか、先生の身柄が拘束されるような事態になっていたとしても、何とかなるはずだ。」

 「なるほど。お前さえ無事なら、どう足掻いても連中の思い通りにはならねぇってことか」

イヴァンにも、少しずつ状況が飲み込めてきた。

 貴族たちがいくら反乱を企てようとも、国の大半が同意するでも無い限り、自分たちの望む王を地位につけることは出来ない。それには現役のクローナ大公か、その代理人であるアルヴィスのどちらかの協力が不可欠なのだ。

 だからこそ、あの時、マイレ伯爵家の騎士たちは、無茶をしてまでアルヴィスの身柄を拘束しようとしていたのだ。


 その時だ。

 「アル!」

ティアーナの声が響いてくる。

 ようやく、ティアーナとエギルが追いついてきた。ティアーナは心配のあまり、普段は見せないような、泣き出しそうな顔になっている。

 「無事だったんですね! 良かった、私、あなたを見失ってしまって、どうしようかと…」

 「いいんだ。僕はなんともない」

彼女を安心させるように微笑んで、アルヴィスは、ティアーナとイヴァンの手をとった。

 「二人とも、ありがとう。お陰で、なんとか手がかりをつかめたから」

気丈に笑顔を作りながら、アルヴィスは、エギルのほうにも顔を向けた。

 「君も、ありがとう。」

 「…ああ」

リンドの若者は、照れているのか、ふいとそっぽを向いた。

 「手がかりは掴んだ。アストゥールへ戻ろう。」

 「はい」

 「あー、つか、帰り道って…どうするんだ?」

ここからアストゥールへ戻るのに、もう、船は使えない。

 「陸路で戻るしかないね。パレアル渓谷まで出られれば、サーレ領に渡る吊橋が見つかるはずだけど…エギル、知らない?」

 「パレアル渓谷ってのは、灰色の深い谷だ。海まで続いてる。」

と、イヴァン。

 「それなら、知っている。…うちの村の領地だ」

 「おっ、マジで? じゃ、本当にお隣さんだったんだな。あの渓谷の向こう側が俺んとこの領地なんだよ!」

 「ほう」

エギルは、僅かに興味を示したようだった。

 「お前の森もそこにあるのか」

 「ああ。あとは草原とか。何なら遊びに来いよ。俺の友達って言えば通してもらえる」

 「イヴァンはサーレ領の…君たちの言葉で言うと”村長の息子”、みたいな感じなんだよ」

アルヴィスが補足する。

 「成る程。――」

エギルは、しばらく考え込んでいる様子だった。

 「それなら、谷まで案内する」

 「本当? 助かるよ!」

 「ここで、少し待っていろ。家の者に言って、準備してくる」

言い残して、エギルは一人、軽い足取りで素早く森の中に消えた。


 辺りには静けさが広がっている。

 「アストゥールに戻るまで何日くらいかかるんだろうな」

 「一日では、着かないでしょうね。」

そう言って、ティアーナは溜息をつく。

 「ああ、また野宿…。水浴びしたい…。」

 「あー、なら、うち寄ってけよ。どうせパレアル渓谷の吊橋通るんなら、すぐそこだしさ。うちで馬を借りて行こうぜ。そのほうが早いだろ」

 「そうできると有り難いな。さすがに、この格好で王都には入れ無さそうだよ」

アルヴィスは森の中を歩き回って泥まみれになった三人の格好を見下ろして苦笑した。

 「で、――」

イヴァンは、ふと真顔になる。

 「アストゥールに戻ったら、どうするつもりだ。持ち帰った証拠だけで、ヴェニエルとかいう奴を追い込むことは出来るのか?」

 「勿論だ。本当なら、王国議会に召喚して尋問、領地と権限の剥奪――という流れが望ましい。ただ、既に彼らは武装してしまっている。身柄の拘束さえ難しいだろうな」

アルヴィスは、木々の合間から見えている空を見上げた。

 「既に疑わしい十数の貴族たちのリストは出来上がっている。筆頭はヴェニエル侯爵。そして、ここで採掘された鉱石をアストゥール側に持ち込むのを受け持っていたのは、マイレ伯爵だ。スヴェイン兄さんは、彼らが動くのを出来る限り遅らせようとしてはいるけど、おそらくもう準備は整ってる。だとしたら――僕に出来ることは――。」

数秒の沈黙。

 視線を戻した時、アルヴィスは、覚悟を決めたような表情になっていた。

 「…全面衝突になる前に止められないなら、。それしかない」 

 「和らげる?」

 「僕らを取り逃がしたことは、既にマイレ伯爵の部下たちから情報が伝わってるはずだ。国王の入れ替えを企む貴族たちは、遅かれ早かれ、僕が西方で決定的な証拠を掴むと知っている。予想では、既に計画の最終段階に向けて動き出していると思う。具体的には、準備した武力でもって王国に圧力をかけ、国王に退位を要求する。」

 「スヴェイン様を傀儡の王に、ということですね」

ティアーナの声は、硬い。

 「うん。だけど兄さんは、最初から自分が王になるつもりはない。ヴェニエル侯爵たちが動く前に、その情報をシグルズ兄さんに伝えるはずだ。王都側も迎撃体制を整えるはずだ。まともに戦えば王国軍のほうが兵力は上。ただしそこに、ここで見た、クロン鉱石の兵器が加わる。――王国軍は勝利できるだろうけど、被害は少なくはないだろう。」

 「なるほど、そうか。皆、あんな武器があることも知らないんだな」

 「そう。詳細を知っているのは、今のところ、僕らや近衛騎士くらいだよ。それに、今日見た投げて使うような兵器のことは、まだ誰も知らない。急いで知らせる理由にはなる」

 「時間との戦い、か」

イヴァンは腕組みをして、真顔になっていた。

 最短距離で森を抜ける。そして、家に戻って馬を駆りて、最寄りの鳩小屋まで――サーレ領でもゆっくりは出来ない。


 「イヴァン」

 「ん? 何だよ、改まった顔して」

 「――いま言ったとおり、もし僕らが失敗すれば、国が一変する。この先も君が付き合ってくれるつもりだとすれば、サーレ領も巻き込むことになる。だから…」

 「は? 失敗しないだろ」

イヴァンは、即座に答える。

 「つーか、失敗してもらっちゃ困るんだ。俺が手伝ってるんだぞ? 俺の目的は、最初から変わっちゃいねぇよ。ユラニアの森で、事件を起こした奴を見つけ出す。敵討ちまでは出来なくていい。俺は、ただ、あいつらにこれ以上、好き勝手はさせねぇ」

 「そうだったね。――」

アルヴィスは、ゆっくりと微笑みを浮かべた。

 「じゃあ、君にも付き合ってもらうよ。」

 「ああ」

ちょうどそこへ、エギルが戻ってくる。

 「準備は出来た。出発だ」

旅のためなのか、さっきまで持っていなかった荷物を抱えている。

 「よそ者たちは、お前たちを探している。急ぐぞ」

 「おう。頼むな」

道案内のエギルは、するすると走るような足取りで森の中を駆け抜けていく。時折、風の匂いを嗅ぎ、辺りの気配を確かめて、敵のいないことを確認しながらだ。しんがりをつとめるイヴァンも、同じように辺りの気配を探っている。鬱蒼とした木々の中でそうしていると、まるでユラニアの森でのルナールとの”ゲーム”を思い出すようだ。

 ただ、違うのは、これは遊びではなく本物の狩りだということ。追っ手は一人ではないということ。

 追う者と、追われる者。深い森の中で、それは命がけの逃避行でもあった。

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