第26話 森の国リンドガルト

 打ち合わされる剣の音が響き、汗が飛ぶ。

 甲板の上で戦っているのはイヴァンとティアーナだ。二人とも上着を脱ぎ捨てて、本気の表情をしている。

 「いいぞ、姉ちゃん! そこだ!」

 「おう兄ちゃん! 今日こそは男を見せろォ!」

ティアーナは、クローナを出るときに言った「鍛えてやる」という言葉を違えなかった。たとえ船に乗ったところで、彼女の厳しい鍛錬の手は緩むことは無かった。むしろ、他にすることのない狭い船の上だからこそ、朝から晩まで模擬試合をしていられる。手の空いている船員たちにとっても、良い余興だ。

 しかし、全く勝てない。

 清々しいまでに負け続け、すでにイヴァンの身体は青痣だらけだった。意地もあり、音を上げることも出来ない。

 「きょ、今日はもう、いいだろ。少し休まないか…?」

 「駄目です! あなたさっきからそればっかりじゃないですか」

揺れる甲板の上で器用に重心を移動させながら、ティアーナは容赦なく距離をつめてくる。汗を拭うと、イヴァンは唇を嚙んだ。人の見ている前でいつまでも負け続けていられないのは確かだ。こうなったら、手段を選んでいる場合ではない。

 ひょいと剣をかわすと、彼は側に垂れていた縄にぶら下がり、勢いをつけてティアーナの頭上を飛び越える。

 「あ、また、そういうところへ!」

 「よっ、と」

積んであった樽を足場にして、背後から飛び掛る。船員たちがやんやと歓声を上げた。

 「もう、あなたときたら! そういう卑怯な戦い方は――」

 「場所にあわせるのは卑怯って言わねーの! おらっ」

 「…っ、いい加減に」

すかさず飛んできた足払いを、イヴァンは後ろへ飛んでかわした。ティアーナは、はっとした表情になる。

 「へへっ、あんたのソレはだいたい覚えたよ! そう毎日毎日、おんなじ手をくら――」

 「イヴァン、危ない!」

観戦していたアルヴィスが叫んだ瞬間、波をかぶって大きく船が揺れた。

 「うぇ?」

どん、と船のへりにぶつかって、彼の体はそのまま半分海に突き出してしまう。

 「うわっ、ちょ」

転落するすんでのところでアルヴィスがイヴァンの足を掴み、そのアルヴィスを、後ろからティアーナが抱えこむ。

 「何やってるんです!」

 「す、すまね…」

イヴァンを甲板に引き上げてしまうと、二人はほっとして汗を拭った。

 「まったく。足元がお留守なのは、まだまだですね。」

溜息とともにそう言って、ティアーナは、船員たちの拍手喝采を受けながら樽にかけた上着を拾い上げるために去っていく。イヴァンは、残念そうな顔をしながら剣を腰に戻した。

 「まだまだ、かぁ…。」

 「でもイヴァン、最初の頃よりずいぶん上達したと思うよ。」

アルヴィスはそう言って、足元に転がっていた彼の剣を拾い上げる。「はい」

 「おう、ありがとう。ま、瞬殺だった頃に比べりゃあマシにはなったよな。地道にやってくしかねぇや」

余興の時間は終わりだ。近づいてきた船員たちが親しげに声をかけている。

 「よう兄ちゃん、今日は惜しかったぞ。次はもっとやれるさ」

 「今日もひどくやられたなぁ。ははは」

 「少しは進歩してる、大丈夫だ。いつかは追いつけるぞ。頑張れよな兄ちゃん!」

よってたかって励まされているイヴァンの後姿を眺めて、アルヴィスは面白そうに微笑んでいた。上着を着ながら戻って来たティアーナは、ちらりとイヴァンのほうに目を向けた。

 「本当におかしな人ですね。世間知らずかと思えば妙なところで顔が効くし、誰とでも話をするし」

 「うん。自然と人を引き寄せる…彼は、そういう人なんだと思う」

ティアーナは、隣のアルヴィスを見やる。

 「アルも、引き寄せられた中の一人なんですか?」

船べりに手をかけながら、彼は曖昧に微笑んだ。


 帆の上の見張り台から、鐘の音が鳴り響く。

 「陸地が見えたぞー!」

船員たちが、大急ぎで自分たちの持ち場へ戻っていく。アルヴィスたちは船首に駆け寄って、行く手に目を凝らした。

 船首の向こうには緑の大地が姿を現している。こんもりと生い茂る緑の中に切れ込んだ入り江。そこに広がる、狭い白い砂浜。

 大急ぎで帆が畳まれ、船は速度を落としながら浜辺へ向かって舵を切ってゆく。錨が下ろされたのは、入り江よりずっと手前の沖合いだ。停船する時、底がわずかに砂に触れ、全体が揺れた。

 船長が甲板に出てくる。

 「この船じゃあ浜まで着けないんだ、小舟を下ろすから乗り換えてくれや」

 「はい。――ここまで、ありがとうございました」

 「なぁに。あんたらこそ、気ぃつけてな」

小舟を下ろしている間、アルヴィスは、入り江のほうをずっと見つめていた。

 「何か気になることでもあんのか?」

 「…うん。この入り江は、船がつくには小さすぎる。ネス港からこちへ来てる船は、一体どこに着いてるんだろうって思ってね」

言われてみれば、確かにそうだった。

 入り江のあたりには船が直接着けるような桟橋もなく、港にはありがちな倉庫などの建物も見あたらない。森の緑は、砂浜のすぐ近くまで迫っている。フラウ伯爵領に西の品を搬入している船は、どこか別の場所に発着しているはずだ。

 「もうちょっと大きな港を探して、そっちに降ろしてもらうか?」

 「いや、ここでいいんだ。人のいる場所だと、着いたとたん捕まる可能性だってあるし。」

 「ああ、そうか。」

イヴァンは、海上で、マイレ伯の家臣たちに襲われたことを思い出していた。港に待ち受けているのは同じように後ろ暗いところのある者たちのはずだから、今の自分たちの立場からすると”敵”になる。




 船を降りると、約五日ぶりの地面の感触が足の裏に伝わってくる。地面には揺れる感触がないことを、すっかり忘れていた。

 送ってくれた船は、しばらくすると再び帆を上げて、元来た方角へと戻っていく。

 ここからは完全に三人きりの旅。それも、街道や町もない、ほとんど未知の領域を旅することになる。

 「で、どっちに行くんだ?」

 「住人――リンドを探そう。先生の残してくれた地図よれば、リンドの村があった方角は、こっちだね」

包囲磁石を手に、アルヴィスは森の奥を指差す。メネリクから受け取った手帳の内容は、もうすっかり記憶してしまったようで、わざわざ開きもしない。

 「でも、その村が今も同じ場所にあるとは限らないんですよね?」

と、ティアーナ。

 「そうだね。最悪、リンドの村が見つけられなかった場合は、森を突き抜けて反対側に出ることになると思う。そっちにはサーレ領との境界の吊り橋に続く道があるはずだ。帰り道さえ確保できれば、食料の残りと相談になるかな」

そう言ってアルヴィスは、目の前に鬱蒼と広がる果ての見えない濃い緑の塊を見上げた。こんな地図もないような場所で何かを探すなど、今更のように無茶を考えたものだと思ってしまう。

 ティアーナは、ひとつ溜息をついて足元の荷物を取り上げた。

 「…分かりました。何か見つかることを祈りましょう。」

 「まあ、全くアテがないわけじゃないんだけどね。」

一行は、草をかきわけるようにして歩き出す。

 「クロン鉱石の採掘場があるなら、周辺の水源は汚染されてるはずだ。匂いもするだろうし、森の中にそれらしい場所があれば、すぐに見つかると思う。それに、イヴァンがネス港で買ってきたあの果物だよ。あれは密林の中に生えるものじゃなくて、日当たりのいい山の斜面なんかに育つ植物だって先生の手帳には書いてあった」

 「山の斜面…、あー、つまり切り拓かれた場所がどっかにある、ってことだな?」

 「そう。少なくとも、アストゥールの商人たちが頻繁に出入りしてる場所があるとしたら、そういうところだろうね。」

と、その時、足元の茂みががさりと動いた。はっとして、三人は振り返った。ティアーナは腰の手をやりかける。だが、顔を出したのは色鮮やかなトカゲだ。

 ほっとしてイヴァンが歩き出そうとした途端。

 「――きゃーっ!」

 「?!」

イヴァンとアルヴィスは、慌てて辺りを見回した。

 「な、何だ? 今、女の悲鳴みたいなものが…」

 「…ティア?」

振り返ると、ティアーナが真っ青な顔をして、三歩後ろで小刻みに震えていた。

 「す、すいません」

トカゲは素早く走り去り、どこかへ消えていく。ティアーナは、小さな声で謝って、そそくさと戻って来た。

 「つい…」

 「もしかして、爬虫類が苦手なの?」

 「はい…」

思わず「ガラにもない」などと言いかけたイヴァンだったが、すんでのところで言葉にせずに済んだ。誰にだって、苦手なものくらいある。そう、普段は鬼のような強さを誇るティアーナだって、…実体は女の子なのだ。今の今まですっかり忘れていたが。

 それに、下手なことを言うと、あとで刺されそうな気がした。




 森の中の行軍は、イヴァン以外の二人にとっては楽なものではなかった。

 獣道さえない森の中を歩くことは難しく、密集した木々のせいで地面には光さえ届かない。アルヴィスはこまめに方位磁石を取り出しては、方向を確かめ、木立の間から空を見上げる。

 「最初の入り江からどのくらい進めたかな…。方角は合ってそうなんだけど、距離が分からない」

 「木の上に登れば見えるかもしれねぇな、行って来ようか?」

 「やめてください。落っこちて怪我しても、ここでは手当て出来ませんよ」

森に入ってから、心なしかティアーナが大人しい。爬虫類だけでなく、彼女は虫のたぐいもあまり得意ではないらしかった。森の中は苦手なものだらけだ。それでも、アルヴィスの護衛だからという思いで必死についてきている。

 イヴァンは、ほんの少し彼女を見直しはじめていた。ただ強いだけでも、誇り高いだけでもない。ティアーナは、どこまでも自分の使命に忠実なのだ。

 それに、「強い」「怖い」の印象しか無かったティアーナが、ほんの少し、普通の女の子らしく見えるようにはなった。


 木々の間からは聞きなれない鳥の声が響き、時々色鮮やかな蝶が通り過ぎていく。

 豊かな森だな、とイヴァンは思った。そして、どこか故郷のユラニアの森に似ている。

 ここがどの辺りかは分からないが、アストゥールとの国境からそう遠くないのなら、一部に同じ種類の樹や草が生えているのは当然だ。

 三人は苔むした岩の上を乗り越え、腐った丸太を踏み、人の気配のない世界を黙々とあるき続けた。


 どれほど歩いただろう。

 ふと、流れる水の音を聞きつけて、イヴァンは足を止めた。

 「おっ。水の音がする」

岩を飛び越えて辺りを見回した彼は、木陰の向こうに勢い良く流れ落ちる小さな滝を見つけた。

 「あった!」

手を浸してみると水は冷たい。口に含んでみると、かすかに甘い水の味が喉に染み渡った。体に溜まっていた疲れが取れていくようだ。

 「ここの水は汚染されてないね。クロン鉱石の採石場は、この辺りには無いみたいだ」

追いついてきたアルヴィスも手を浸し、水をくみ上げている。

 「水があるのなら村も近いかも…」

川はそう深くはなく、徒歩で渡れそうだ。イヴァンは、二人を置いて川を渡り始めた。

 「うおっすげえ、こっち側はでっけぇ木ばっかりだなぁ」

 「…イヴァン! 一人で先へ行かないで下さい」

後ろから、ティアーナの声が飛んでくる。

 「早く来いよ。すごいぞ」

片手を振りながら、彼は岩から岩へ器用に飛び移り、身軽に木々の間の斜面を登ってゆく。森の中を歩くことなら馴れている。子供の頃から、森はずっと庭のようなものだったのだ。

 「お」

抱きかかえても抱えきれないほどの太い樹の幹に腕を回しながら根っこを乗り越えたところで彼は、木々の間に埋もれるようにして建つ苔むした人工物を見つけた。岩を組み合わせて作った壁だ。

 「おーい二人とも、こっちこっち。何かある」

振り返ると、アルヴィスたちは、まだずいぶん下のほうにいた。川を渡り終えたところで、どう登ろうかと考えながら斜面を見上げているところだ。

 「どうした? 疲れたのか」

 「こっちは、そんなに急げませんよ!」

下からティアーナが苛立ったように叫んでいる。

 「きゃあ! ムカデが!」

 「落ち着いて、大丈夫だから。先に登っていいよ」

 「だ、駄目です。アルが先に…」

 「ったく、何やってんだか」

根っこの上に腰を下ろして、イヴァンは苦笑した。濃い緑に包まれた、静かな森の奥。このあたりには、人の手はほとんど入っていないように見える。

 (…こんな感じ、久し振りだなぁ)

木立の間から漏れてくる光を見上げて、イヴァンは、のんびりと深呼吸していた。ユラニアの森にはこれほど大きな木は無かったが、同じように人の気配がなく、いつも穏やかな時間が流れていた。

 「お待たせ」

ようやく、アルヴィスたちが追いついてきた。

 「おう、あれ見てくれよ」

イヴァンが指差した石積みを見て、アルヴィスは、目をしばたかせた。

 「あれは…、壁だね。この辺りに人がいるのかな」

 「多分な」

根っこを飛び越えて、イヴァンは塀のあたりの地面を見回した。

 「最近の足跡もある。二足歩行だけどだいぶクセがある。獣人かもな。」

 「そんなのまで分かるんですか?」

アルヴィスの後ろからティアーナが顔を出す。

 「ああ。草とか落ち葉の踏んだ跡は誤魔化せない。猟師はこーやってエモノ探すんだ。たぶん、こっちから来て…」

歩き出すイヴァンを見て、彼女は慌てた。

 「先へ行き過ぎないでください。はぐれてしまいます」

 「悪い。ちょっと休憩して行くか」

 「いえ、…私は大丈夫なのですが」

ティアーナは、ちらりと隣を見る。

 「アル、そろそろ疲れて来ているのでは?」

 「ちょっとね。少しだけ、休んでいいかな」

確かに、もう何時間も歩き続けていた。

 「俺は別に構わないぜ」

辺りの藪や苔むした地面を見回して、乾いている場所を探し、ティアーナとアルヴィスはめいめいに腰を下ろした。ティアーナは、さっき川で汲んできたらしい水の入った水筒を取り出している。

 「俺はこの辺り見て回る。すぐ戻ってくるよ」

 「気をつけて、イヴァン。」

 「分かってる」

アルヴィスたちを残して、彼は森の中へ駆け出した。

 連れの二人が、かなり疲れていることは分かっている。少しでも楽な道を探しておきたかったのだ。

 (こういう場所なら、俺のほうが得意だしな)

木の根っこに飛び乗って、彼は落ち葉の上に残る微かな足跡を確かめた。足跡には、古いものも新しいものもあ。定期的に石積みのあたりを行き来しているようなつき方をしている。

 (巡廻でもしてんのか? だとすると、この跡を辿っていけばどこかに辿り着くってことか)

地面の顔を近づけ、湿った落ち葉の上についた跡を探っていたとき、頭上でと木々が揺れた。

 はっとして、イヴァンは顔を上げた。

 (何かいる)

視線を木々の間に走らせる。微かな気配だが、確かに何かが近くにいる。さわさわと風に揺れる木々の梢、小川の水の音。

 それらに混じって、落ち葉を踏む微かな音がした。

 「誰だ!」

ばねのように振り返ったイヴァンの視界に、何か細長いものが揺れた。彼はとっさに駆け出していた。梢の後ろに隠れていた何かが、身を翻して一目散に走り出す。


 人間――いや、獣人だ。


 この森に住む獣人”リンド”は、山猫のような姿をしていると、アルヴィスは言っていた。だとしたら、まさにそれだ。色鮮やかな帽子の下にちらりと見えた顔立ちは、毛むくじゃらで目鼻立ちがクッキリとして、まるで猫のように鋭い目をしていた。そして、ズボンのあたりから延びた細長い尻尾のようなものが、腰の辺りに揺れている。

 相手は、ほとんど振り返りもせずに全速力で木々の合間を縫い、岩を飛び越え、どこまでも駆けていく。驚異的なすばしっこさだ。

 「おい待て! 俺は敵じゃねぇよ。止まれって」

だが、速度が緩む気配はない。

 (言葉…通じないのか?)

逃げる背中は、ほとんど距離を変えないまま、どこか目的を持って走っている。と、彼は、ふと頭上に違和感を感じて速度を緩めた。


 その途端、ざっ、と梢が大きく揺れた。と思った瞬間、足元から網が跳ね上がってくる。

 「うおっ」

すんでのところで、後ろに跳んで避ける。罠だ。

 振り返ると、茂みの間に隠れていた少女と目が合った。まん丸な目を見開いて、罠が躱されたことに動揺して動けないでいる。

 長いまつげと、三つ編みにして結んだ髪。それに鮮やかな色の、特徴的な模様を持つスカート。イヴァンは、逃げようとする少女の腕を掴んだ。

 「ちょい待てって。俺は――」

 「ピィ!」

少女が、甲高い悲鳴のような声を上げたその瞬間だ。

 「動くな!」

もう一人の、鋭い声が背後から飛んできた。


 振り返ると、よく似た顔立ちの若い男が真剣な表情で弓を構えている。

 さっきまで背中を見せて逃げていたほうの人物だ。イヴァンは、少女から手を離して両手を挙げた。男が何か言うと、三つ編みの少女は大慌てでイヴァンから離れて男の後ろに隠れた。

 「……。」

並ぶと、二人はとても良く似ている。兄妹か、親戚のようだ。

 しばらく二人の様子を観察していたイヴァンは、にやりと笑って手を下ろした。

 「俺はイヴァン。リンドって連中に会いに来たんだ。――あんた、名前は?」

 「……エギル」

しばしの逡巡のあと、弓を構えたまま男は答えた。かなり訛っているが、言葉は通じるようだ。少なくとも、こちらの男のほうには。

 「ここは、あんたらの森なのか?」

 「そう。我ら、リンドのもの」

 「悪かったな、あんたらの森に勝手に入り込んじまって。ただちょっと、探し物を――」

 「探し物?」

 「うちの国から、こっちに来てる連中がいるはずなんだ。どっかで見たこと無いか? 鉱石を掘ってるはずなんだがな」

エギルの表情が険しくなる。

 「お前はあいつらの仲間か」

 「違う違う。どっちかっつーと”敵”だ。そいつらが悪さするもんで、隠れ家を探してるんだ。」

少女が男の袖を引き、イヴァンには分からない言葉で何か囁いている。

 「…妹は、ほかにもお前の仲間がいる、と言っている」

 「ああ、二人な。それで全部。俺たちは敵じゃない。」

 「……。」

男はしばらく考え込んでいたが、やがて弓を下ろすと、矢を腰の矢筒に戻した。

 警戒は解いていないが、ひとまず攻撃は保留にしてくれたようだ。

 エギルと名乗った男は少女に何か囁き、少女は頷いて、ちらりとイヴァンを見てから、どこか森の奥へ走り去っていく。

 「森の中を勝手に歩き回られるのは困る。お前たちを監視する」

そう言って、元来た道を戻り始めた。

 「お前の仲間のところ、案内しろ」

アルヴィスたちを迎えに行ってくれるようだ。

 折よく、森に落ちる日は傾きはじめ、辺りには、闇の気配が忍び寄りつつある。すぐに戻ると言ったのに、いつの間にか時間は経っていたようだ。

 「こっちだ」

言いながら、イヴァンは慣れた足取りで複雑に絡み合う木々の根を越えて歩いていく。その足取りを眺めながら、エギルと名乗った青年も、後に続いた。

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