第23話 道化師の宴

 白い鳩が、軽い羽音とともに飛び立ってゆく。二羽は東へ、もう二羽は北東の方向へと。

 空に吸い込まれてゆく翼を見送ってから、アルヴィスは待っている二人のほうを振り返った。

 「これでいいよ。通常なら数日あればリーデンハイゼルとクローナに書簡が届く。」

 そこは、街道沿いにある何の変哲もない小さな牧場だった。牧場の敷地の隅に立てられたレンガ造りの塔の先端部分が鳩小屋になっていて、伝書鳩の通信拠点となっているのだ。

 塔から見える風景のはるか北のほうには、クローナまで続くのこぎりの歯のような山脈が、真っ白に冠雪した状態で続いている。高い山脈の上に積もる雪は、夏であっても溶けることはないのだ。

 「国王陛下にうまく伝わると良いのですが。――まさか、いきなり挙兵したりはしないでしょうね」

 「それは父上が? ヴェニエルたち貴族が?」

 「どちらも、です」

ティアーナは、困ったような顔で溜め息をつく。

 「…アレクシス様は、少し、その、短気なところがおありですから。」

 「あはは、それは否定はしない。でも、きっと母さんが止めてくれるよ。あれで、父さんは母さんには頭が上がらないんだ」

 「そうなのか?」

イヴァンは首を傾げている。

 「ん、そういや、確か王家の直系は王妃様のほうだーとか、聞いた覚えがあるな」

 「そうだよ。本当なら女王として即位するはずだったんだけど、父さんに王配としての役回りは無理だって言って、敢えて王妃の立場に収まったんだって。だけど実際は、政策や法案のほとんどは先生と母さんで考えてる。」

 「最近では、シグルズ様も手伝われていますよ。その…スヴェイン様は、ほとんどいらっしゃいませんが…」

ティアーナは、少し憂いを帯びた口調だ。

 「へー、そうなのか。うちも親父一人じゃ回しきれなくてレオンって副官がいるし、国ともなりゃデカすぎて、さすがに一人じゃ無理だよなぁ」

話しながら、三人は鳩小屋を後にする。


 塔を降りてゆくと、下で干草をほぐしていた牧場主がちらりと顔を上げたが、一瞬だけで、特に何も言わず、すぐに手元に視線を戻して仕事を続ける。塔の下の部分はサイロと繋がっているのだ。サイロを出ると、隣の厩舎から牛ののどかな声が響く。

 牧場で働く人々は、来客に注意も払わず、まるで存在しないかのように振舞っている。最初は驚いたが、そういう”約束”になっているらしい。鳩小屋の管理者は、利用者については何も知らず、何も記憶しない――と。

 「彼らは詳細を知りません。いえ、”知らない”という体裁になっています。鳩小屋を管理し、そこを利用する者に便宜を図ること。命じられているのは、ただそれだけです」

ここへ来る前、ティアーナはイヴァンにそう説明した。

 「実際のところ、この鳩小屋が利用されることはほとんどありません。緊急用ですからね。ちなみに、国内に存在する鳩小屋の詳細を知っていて使用しているのは近衛騎士と一部の特殊な立場にある役人のみ。三十人にも満たない数です」

 「ふーん。ていうか、俺が勝手に使っても文句言わないの、あの人たち」

イヴァンは、牛たちに水を運んでいる農場の住人たちをちらりと見やる。

 「言いませんよ。ただ、鳩に持たせる所管の書き方にはルールがあるので、それを知らないと、偽の報せとして受け取り手に破棄されてしまいます。私も書き方は知りません」

 「なるほど。そういう仕組みなのか。」

それなら、誰かに悪用される心配は、無さそうだった。

 「さて。それじゃマイレ領のネス港を目指そうか。」

馬に乗りながら、アルヴィスが言う。

 「そこからは、いよいよ海路だよ。」

 「…外国、か」

イヴァンは、良く晴れた空を見上げた。

 嗅ぎ慣れた牧草の香り、夏の風。この辺りはもう、彼の良く知る西の地方だ。それなのに、これから向かおうとする場所が全く見知らぬ場所だというのは、何だか不思議な気がする。

 「この辺りから、そろそろプーリア地方ですね」

馬を走らせながら、ティアーナが言う。

 「マイレ伯爵領です。イヴァン、領主をご存知ですか」

 「いや、俺は知らない。親父は会ったことあるはずだけど」

 「最近、代替わりをしているはずだよ」

と、アルヴィス。

 「だから僕も、実際に会ったことはない。三年に一度の中央議会には各地方の領主もしくは代理人が出ることになっているから、その時に会えると思っていた。次回の開催は今年の冬」

 「あーそっか。てことは、うちの親父も冬にはリーデンハイゼルに行くのか…」

 「そうだね」

少年は僅かに表情を固くする。

 「例の法案も、予定では今年の冬に可決される」

 「…ああ」

自治領と貴族の所領の間の課税格差を無くす、という法案の話だ。

 季節はまだ夏とはいえ、あと何ヶ月かすれば秋も過ぎ、冬の入り口がやってくる。反対派にとっても、残り時間は少ないということだ。

 「今年は、クローナ大公の席にはアルが代理で出るんでしょう?」

 「その予定――そうか、冬になればイヴァンのお父さんにも会えるんだね。楽しみだな」

 「え? あー…会ってもあんま面白い人じゃないぞ」

 「どんな人なの?」

ひとつ小さく息をついて、イヴァンは街道の西に広がる草原を見やった。

 「いっつも不機嫌な顔して怒鳴ってる変人だ。剣術の腕は凄かったらしいんだけど、…十年前の事件の時、火事の中に無茶して突っ込んで、足悪くしてさ。それからは、ほとんど剣は手にしなくなった。だから俺は、親父がホントに剣持って戦ってる姿はほとんど見たことない。俺の剣術は、親父が最後に指導した俺の兄貴みたいな人から教わった。」

 「サーレ伯の双剣術の噂は、よく聞こえています。近衛騎士にという声もあったほどだとか。騎士団にいた頃は、彼には誰も敵わなかったと。」

ティアーナが、静かに言う。

 「らしいな。街道沿いの治安が悪かった頃は盗賊退治やったりもしてたらしい。けど、そんな話は全部誰かから聞いた。親父は自分では話さないんだ。全部昔のことだ、って。」

 「そういうとこはイヴァンと同じなんじゃないかな。自分の手柄話なんてしたくないんだ、きっと。」

 「そうかぁ? 単に面倒くさがりなだけだと思うぞ。親父はなんつーか、昔の話が嫌いなんだよ。あと近所の話ばっかり。どっかの領地でどんなことがあったー、とか、誰それの家で何があったー、とか。王都の話とかも全然聞いたことねーな。親父のくせに、ちょっと、おふくろっぽいんだ。」

 「イヴァン、お父様と仲が良いんですね」

 「いや全然、仲良くないって! 俺なんて、いっつも怒鳴られてばっかりで…」

風が通り過ぎてゆく。

 (そういやあ、…親父と最後にまともに話をしたの、いつだったったけな)

ここ数年、父はいつもしかつめらしい顔をして、顔を合わせれば怒鳴られ、何も言えないままに会話が終わってしまっていた。

 浮かんでくるのは、不機嫌そうな横顔ばかりだ。子供の頃は、もっと違っていたような気もする。いつからだろう。父は部屋に閉じこもって仕事ばかりするようになり、屋敷からあまり出なくなった。


 もしかして、あの時からだろうか。

 十年前の――。


 「…ほら、さっさと行こうぜ。目的地、もうすぐなんだろ」

思考を振り払うと、イヴァンはわざと明るい声で言って、馬の速度を上げた。

 王都へ向かうために家を出てから、もう何ヶ月にもなる。こんなに長く家を空けていたのは初めてだ。懐かしさもあったが、今は帰るわけにはいかなかった。これから向かうのは、南の、海の方角なのだから。




 だが、目的の港へは、そう簡単にたどり着けなかった。

 雲行きが怪しくなって来たのは、鳩小屋を後に、街道を南へ向かって馬を走らせていた走っていた時のことだ。

 「ん、あれは…?」

先頭を走っていたティアーナが、怪訝そうな顔で行く手に目を凝らした。大きな町の直ぐ側の草原に天幕が並び、何やら賑やかに盛り上がっている。色とりどりの旗がたなびき、大道芸人が街道まではみ出して芸を披露している。

 「お祭り…?」

 「あそこ確か、マイレ領の領主の住んでる町だな」

イヴァンも、行く手を確かめる。

 「夏至祭とも時期がズレてんな。なんだ? こんな祭りがあるなんて話、聞いてねーな」

 「はーい、そこの旅人さんも!」

 「うわっ、と」

花輪をかけた馬車が、道を塞ぐように乗り出してくる。中から、仮面をつけた恰幅のいい道化師たちが飛び出して、三人の馬を取り囲む。

 「寄ってお行きなさいな、楽しいお祭りだよ!」

 「領主様が大奮発だよ、ごちそうもあるよ」

 「一晩踊り明かそうよ!」

 「ちょ、ちょっと…やめてください。触らないで!」

ティアーナは、思わず剣に手をかけそうになっている。

 「僕たち、急いでいるんだ」

 「そんなこと言わずにさぁ~。旅のみんなも呼んで来るようにって言われてるんだよ」

イヴァンは、ちらりと天幕のほうに視線をやった。確かに、町の住人総出で、旅人まで巻き込んで飲めや歌えの大騒ぎの真っ最中のようだ。

 「何の祭りなんだ、これは」

 「王子様の歓迎会だよ~」

 「王子?」

はっとして、アルヴィスは眉を寄せた。

 「…もしかして、スヴェイン王子がこの町に来てる?」

 「そうそう! 第二王子のスヴェイン様さ!」

 「まさか」

ティアーナの顔が、みるみる険しくなっていく。

 「ね? だからほら、寄っていって~」

一瞬の隙をついて、道化師たちは馬のくつわを捕らえ、天幕のほうに引っ張っていく。断るに断りきれず、三人は、渋々と祭りの輪の中に入っていった。

 「ヴェニエル侯爵領に、マイレ伯爵領…。スヴェイン王子は一体、何をなさっているんでしょう」

 「…会って、…話してみたほうがいいのかも」

アルヴィスとティアーナは、深刻そうな顔でひそひそ話し合っていてる。

 「おっ、王子様に謁見をご希望かい? 気さくなお方だからねぇ! 誰とでも会ってくださるし、どんな女性とも踊ってくださるよ? どんな…女性とでも…うぷぷぷっ」

道化師は、含み笑いを浮かべる。

 「で、王子はどこなんです?」

 「そこの奥の玉座さ~」

見れば、草原の真ん中にしつらえられた大きなステージの前に、花で飾り付けられた木箱に麦袋のマントを身にまとい、火かき棒の錫杖を持った、道化の王のような格好をしたスヴェインが、勿体ぶった顔で人々に手を振っている。

 「…ああ。なんて格好を」

ティアーナは今にも卒倒しそうだ。

 「兄さん…。」

アルヴィスは、何か言いたげに遠目に見つめていたあと、意を決して、ステージの向こうに向かって歩き出した。スヴェインは、酔っ払っているようでこちらに気づいていない。盃を片手に、胡乱な目でステージで踊り回る女性たちを見るともなしに眺めている。

 「兄さん!」

 「んっ?」

アルヴィスが声をかけると、スヴェインはふいに目を輝かせ、盃を取り落した。

 「お前たち…もう、ここまで来たのか」

 「”もう”?」

 「あーいや、こほん」

咳払いをして、彼は、わざとらしく、にやついた表情を作った。

 「この道化の王に謁見を希望する旅人たちよ、名を名乗れ。どこから来てどこへ行くのか?! この宴は呪われし妖精の宴、ひとたび迷い込めば一晩踊り明かすまでは解放されぬ――」

 「…スヴェイン様」

 「何だよー、付き合ってくれよつれないなーもー。興ざめになっちゃうだろー?」

 「おふざけも、いい加減似してください! アルの前で、そんな格好して!」

 「う…。」

スヴェインは、俯いたアルヴィスの何とも言えない表情に気づき、おろおろした表情になった。

 「あー、アル? 大丈夫だからな? な? 分かっててやってるだけだから。」

 「……。どうして」

 「え?」

 「どうして、こんなことをするんですか…。」

顔を上げた時、アルヴィスの瞳には、涙が浮かんでいた。

 「あっ、いや、その…ええと。違うんだ、これは、遊び呆けてるとかじゃ、うん…いや、違わないけど…その」

 「分かってますよ、そんなこと」

少年は、腕で涙を拭った。

 「わざと、なんですよね? わざと放蕩王子を演じて、疑わしい貴族のところに不意討ちで遊びに行って、慌てて尻尾を出すかどうか探っているんですよね?」

 「え?」

 「…は?」

ティアーナとイヴァンが、同時に声を上げる。スヴェイン王子の放蕩が、実は全て、意図された演技だった?

 「あー…」

スヴァインは、額に手を遣った。その様子からして、アルヴィスの言っていることは正解だったらしい。

 「アルは頭いいから絶対すぐバレるって、シグルズも言ってたんだよなぁ…。だから、この件の調査にアルを関わらせるなって言ったのに…。」

 「え、ちょっと待ってください。シグルズ様も共犯なんですか?!」

 「そうだよ。悪口ってけっこう本音が出るものだからね。ぼくとシグルズが敵対してるみたいに見せかければ、うまい具合に話の流れでボロを出してくれる。」

ため息をついて、スヴェインは真顔で言った。もうすっかり酔いは醒めているようだった。それに、既に演技がばれてしまったこともあってか、作り笑いも消えてしまっている。

 「だからって、これじゃ囮だ。――スヴェイン兄さんの評判は落ちるばかりだし…マイレ家とヴェニエル家は、武器を買い集めて武力に物を言わせる気でいる。分かってるの? 下手をすれば、彼らの仲間だと思われて、反逆罪に問われるんだよ」

 「ああ。そんなの最初から覚悟の上だ。」

 「そんなの、って――」

 「ぼくがあの連中と一緒に牢屋にぶち込まれたとしても、シグルズは清廉潔白な王位継承者として残れる。これが、ぼくらの決めた役割分担だ。気の短い父さんが大失敗をしでかす前に、何とかケリをつけたくて。…あと、もう少しなんだ。何年もかけて、あの連中にぼくがただのバカで、王位に就きたいのに優秀な兄が邪魔だと思ってるように信じ込ませてきた。もう少しで、あいつらの秘密の企みをぜんぶ暴き出せる。だから…」

ふらりと立ち上がると、スヴェインは、すぐ側に立てかけてあった剣を取り上げた。


 ごく自然な動作だった。

 それはあまりに自然すぎて、ティアーナですら反応するのが遅れたほどだった。

 スヴェインは弟の肩に手をかけると、抜き放った剣をぐいと、その喉元に押し当てた。

 「! スヴェイン様、一体、何を――」

 「動くな。」

踊っていた女性たちが異変に気づいて動きを止め、周囲にざわめきが広がっていく。

 「ふふふ、愚かな旅人たちよ。このスヴェインの目はごまかせぬぞ~」

 「に、…兄さん、何を」

スヴェインの腕の中で、アルヴィスは必死にもがいている。

 「貴様らは禁酒の国から送り込まれたマジメ妖精だなぁ?! 余の酒杯が受け取れぬとは言わせぬぞ~! 飲め! 一人三杯飲めッ。それまで、こいつは人質だー、わははは」

 「……。」

イヴァンとティアーナは、顔を見合わせた。

 なんとも寒い大根役者の演技だが、祭りに参加している酔っ払った人々には大ウケで、手をたたき、腹を抱えて笑い転げている。

 「皆の者、マジメ妖精たちに酒を持て! この愉快な宴で笑いもしないとは不届き千万! 飲ませてしまぇえ~」

わあっ、と歓声が上がり、人々が手に酒瓶や杯を手に押し寄せてくる。

 「え、ちょ…わ、私、お酒はあんまり…」

 「お、おい。こら、口に酒瓶つっこむな…ん? 結構いい酒だなこれ。」

 「イヴァン! 味わってる場合じゃ…アルが!」

気がつくと、スヴェインは木箱の玉座を後に、アルヴィスを抱えたまま、どこかへ走り去っていこうとしている。

 「ちっ、あの王子様、最初っからアルが目的だったのか」

 「以前、アルにこの件から手を引かせろとスヴェイン様に迫られたことがあります。危険だから、と…」

 「だからって力づくか?! 弟思いなのは分かったけど、やり過ぎだろ!」

イヴァンは、押し付けられる酒の杯をひょい、ひょいと続けざまに飲み干して、空になった杯を掲げて怒鳴った。

 「うらっしゃー! 三杯飲んだぞっ。これでもう、俺はマジメ妖精じゃねぇ――」

 「うおおおお!」

 「兄ちゃん、良い飲みっぷりだったぞぉ」

 「と、いうわけで、俺は一抜け」

人垣の割れたところから、イヴァンはひょいと抜け出して、スヴェインの消えていったほうに向かって走り出す。

 「あっ、待…待ってくださいよ!」

ティアーナのほうはそう簡単に行かず、一杯目でも厳しそうだ。

 「あ、あの…もう少し水で割っていただけませんか? それか、もうちょっと甘いお酒…とか…」

苦戦しているティアーナを置いて、イヴァンは町に向かって走っていた。確かにスヴェインはこっちへ向かったはずなのに、途中から見失ってしまつていた。

 「どこだ?!」

宴会は町の中まで続いていて、道端に酔っ払いがあちこち、突っ伏している。これが全て領主の奢りだとすると、相当に金を使っているに違いない。

 イヴァンにも、スヴェインの企みが少し、分かってきた。

 (大量に武器を買うなら、それだけ資金が必要だ。もし宴会を言い訳に無駄金使わせられるんなら、そのぶん、軍備が整うのを遅らせることが出来る…)

二人の王子のうち一方が愚かな遊び人を、もう一方が非の打ち所のない国王の後継者を演じながら、その実、どちらも目指すところは同じ。国王の排除を目論む、不審な動きをする”旧貴族”たちを一網打尽にし、排除するという目的のために、密かに協力しあっている。


 ただ、彼らにとって誤算だったのは、最愛の末の弟までもがこの件に深く関わって来てしまったということだった。


 (いた!)

町の通りを幾つか駆け抜けたところで、イヴァンは足を止めた。スヴェインが、マイレ領主の家臣らしき人々にアルヴィスの身柄を手渡そうとしている。

 「…そうだ、くれぐれも丁重にな。クローナに送り返せればいいだけだから…」

 「そうはいくか!」

ぎょっとしてスヴェインが振り返る。

 「イヴァン!」

アルヴィスが叫ぶ。

 「どけ――」

イヴァンは、剣も抜かずにスヴェインたちめがけて突進していった。自分では酔っていないつもりだが、その実、僅かに酔いのせいで勢いが増している。しかも彼が目指した先は、スヴェインその人だった。

 「え、え? ちょっと待…」

 「どりゃああ!」

鈍い音がして、スヴェインが吹っ飛ばされる。受け身を取る暇もなく、彼は頭から後ろの生け垣に突っ込んでしまった。

 「わあっ、スヴェイン王子!」

 「あわわ」

 「おらっ、アル、行くぞ!」

ぽかんとしているアルヴィスの腕を掴み、イヴァンは、ふらふらしながら通りを引き返そうとする。

 「あ、あの、もしかして…酔っ払ってる?」 

 「酔っへねえ! 早く逃へるほ!」 

 「う…うん…」

アルヴィスは、生け垣に逆さまに突っ込んだままじたばたしている兄のほうを心配そうに振り返りつつも、イヴァンとともに走り出した。


 町を出たところで、ようやく追いついてきたティアーナと合流した。

 こちらも赤ら顔で、ふらふらしている。

 「馬…は、取り戻し…ました…。」

 「おう、さっすが。んじゃ、とっとと逃げるぞ」

 「だ、大丈夫? 二人とも」

 「全然! 大丈夫です!」

ずり落ちそうになりながら馬に飛び乗ったティアーナは、自信たっぷりにきっぱりとそう言った。…どう見ても落馬しそうな危なっかしい態勢だが。

 とはいえ、ここでゆっくり酔いを覚ましている時間が無いのも確かだ。

 「急いだほうが良いな。夜までにはネス港につけるかな?」

 「急げばな。…船は、すぐ乗れんのか?」 

 「うん、父さんが税収官吏の名前で手配してくれてるはず。僕らは王国議会の役人ってことになってるはずだ」

馬に拍車を当て、三頭は街道目指して走り出す。思わぬところで時間を取られてしまった。だが、少なくとも収穫はあった。

 先頭に馬を急がせるアルヴィスは、少なくともこれで、兄たちの捨て身の策略の全貌を知ってしまったのだ。


 スヴェインは自らを犠牲にして、旧貴族たちを道連れにしようとしている。

 急がなければ、――彼らの企みの全てが成就してしまえば、取り返しがつかないことになる。


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