第9話 黄金の並木道

 休日の学校は、いつもとは随分違った雰囲気だった。廊下ですれ違う生徒たちは少なく、朝食の時間になっても食堂には空席が目立ち、生徒たちの姿はほとんどない。

 「寝坊してるんだよ。今日は授業が無いからね」

いつもの時間に食堂にいた数少ない生徒の一人、エデルは、そう言って肩をすくめた。いつもどおりの時間に几帳面に食堂に来ている人数は、イヴァンを入れても十人くらいだ。

 「朝食の時間に間に合わなくても、あとで町に出て何か買えばいいし、朝食抜きの人もいる。昼も、外で食べる人が多いよ。町のほうが美味しくてお洒落な店が多いんだ」

 「ふーん。お前は、そうしないのか」

 「だって、高いんだもの。ここで食べれば学費に含まれてるんだからさ。実家の仕送りはあるけど、無駄遣いせずに溜めておきたいんだ」

 「堅実だな…。ま、俺は食えればなんでもいいんだけど」

いつものように自分の分の朝食を早々にぺろりと平らげてしまったイヴァンは、向かいのエデルが食べ終わるのを待っている。

 「今日はどうするの? 行くところとか決まってる?」

 「ああ。下の町に行ってみようかと思ってる。」

アルヴィスたちのことは言わずに、目的地だけを告げた。

 「下の町か。あそこはいいよね、物価も上よりは安いし」

パンをちぎって飲み込みながら言う。「おれは仕事」

 「仕事?」

 「臨時雇いの仕事。アルバイトは禁止されてないから。卒業したあとにどんな仕事に就けるか、今から考えなくちゃ。」

 「お前、ほんと堅実だなぁ…」

イヴァンは呆れて、赤毛の少年を眺めた。

 将来の就職のために騎士学校に来る生徒が多い、というのは、ここに来てから知ったことだ。ただ、騎士学校に入っておきながら、将来目指す就職先は騎士団では無いらしい、というのは、イヴァンには、どうにもよく分からない考え方だった。

 「で、どこで働いてるんだ?」

 「大通りの大きな本屋さん。外に螺旋階段がついてて、赤い看板がかかってるから、すぐ分かるよ。今日と明日はずっとそこにいる。興味あったら覗きに来て」

 「ああ、時間が余ったらな」

食事が済んで食堂を出た後、二人は玄関前で別れた。エデルは大通りのほうへ、イヴァンは町外れの公園のほうへ。

 いつもなら授業の始まるくらいの時間だが、鐘の音がしないのが奇妙な感じだ。




 良く晴れて、建物の向こうに見えている空が青い。草の香りを胸いっぱいに吸い込みながら、昨日と同じ公園に行ってみると、アルヴィスとティアーナは既に到着していた。

 「やあ、早かったね。」

 「そっちよりは遅いけどな」

ティアーナは何故か今日もむすっとして、昨日よりも機嫌が悪そうにさえ見えた。だが、アルヴィスは気にした様子もない。

 「今から向かうけど、準備はいい?」

 「ああ。けっこう歩くんだよな?」

 「歩いて行ってもいいけど、普通は乗合馬車で行くんだよ」と、アルヴィス。「広場のほうから定期便が出てる。下の前と上の町を繋ぐ便がね」

 「……。」

イヴァンは、自分が今歩いてきた道のほうをちらりと振り返った。

 「だったら、広場で待ち合わせしたほうが良かったんじゃないのか」

 「でも君、停車場知らないよね?」

 「…まぁ」

 「それなら、ここでいいじゃないか。広場は人が多くて落ち着かないし」

アルヴィスは屈託なく笑っている。

 それもそうだな、とイヴァンは思った。何故だろう、昨日初めて会ったばかりだというのに、この少年とかなんだか気が合いそうな予感がする。

 はあ、とティアーナが大げさにひとつ溜息をついた。

 「では、行きましょうか。」

三人は、連れ立って広場を目指した。

 先頭は、この町をよく知っているらしいティアーナだ。歩きながら、イヴァンは初めて見る通りをきょろきょろと見回していた。両脇はずっと、三階建ての古びた石造りの建物が隙間なく続いている。

 「よくもこんな一箇所に集まって住んでられるもんだ。うちの町はこんなに人いねーな」

 「イヴァン、西のほうから来たんだよね?」

驚いて、イヴァンはアルヴィスのほうを見やった。

 「何で分かった」

 「言葉に少し西方訛りがあるから。サーレ辺境伯領じゃない?」

 「ああ、そうだ。良く分かったな」

 「サーレは今から百年ほど前に森を切り開いて作られた新しい領地だから人が少ないんだ。伯爵家も、国土を広げた労を讃える、として、その時の開拓者の責任者に爵位が与えられたのが始まりだ」

アルヴィスは、教科書に載っていそうなことをさらさらと言ってのける。

 「…凄いな、そんなのも知ってるのか。」

 「まあね。父がそういうのに詳しくて…。アストゥールの地理ならだいたい分かるよ」

学者の家か何かなのかな、とイヴァンは思った。

 それにしても、ティアーナはどうして怒っているのだろう。黙っているが、背中越しに不機嫌さの度合いが増していく気配がある。

 「そう言うお前は、どっから?」

 「クローナ大公領だよ。北の果てだね。国境の目の前って意味では一緒」

 「へー、クローナか。聞いたことあるな。この国で二番目に大きな商業都市だっけ」

 「そう。小さい頃はこの町に住んでた時期もあるんだけど、町のことはあんまり良く覚えてなくて――」

こほん、とティアーナが咳払いした。

 「アル、そろそろ着きますよ」

目の前に、大通りへの出口が広がっていた。


 通りへ出たとたん、雑踏と喧騒とが一緒になってわっと押し寄せてくる。

 ここで待ち合わせしなくて良かった、とイヴァンは心底思った。人、人の海で、この中から特定の誰かを見つけ出すなど出来そうも無い。おまけに、こちらの歩く方向にお構いなく目の前を横切ろうとする人波が絶えずあって、真っ直ぐ歩くことすら出来ない。先を歩くティアーナからはぐれないようついていくのが精一杯だ。

 行く手の通りの一角に、色の塗られた金属製の棒が目立つように立っていた。その前に列が出来ている。

 「ここが乗合馬車の待ち合わせ場所です」

と、ティアーナ。「下の町と往復しているんです。この時間は、下から上の町に働きに上ってくる人が多いですね」

 「なるほど。通勤か…」

傍らの広場には、馬車や人が溢れている。広場に沿って並べられたベンチと、さらにベンチ沿いに並んだ旅行者向けの出店。

 それらを眺めていた時、ふとイヴァンは、人だかりの出来ている場所を見つけて目を留めた。

 木陰のベンチに、何故か等身大の銅像がひとつ、座っている。膝の上に本を広げ、ちょっと首を傾げて、まるで広場を眺めながらのんびり読書している最中に話しかけられた、といった風体だ。

 像の首には花輪がかけられ、周囲にはお供え物よろしく様々なものが置かれている。

 「なあ、あれって有名な人なのかな」

 「は?」

イヴァンが像を指差すと、ティアーナが苛立ったような声を上げた。

 「あなた、”融和王”アルウィンも知らずにこの町へ来たんですか? 二百年前の伝説的な国王です。」

 「え? …あーなんか、歴史の授業で習った気がする。確かえっと、英雄王だかの次の代だっけ」

 「そう。彼は初のクローナ出身の国王だよ。双樹王家の創設者」

アルヴィスも苦笑している。

 「まさか、この町で知らない人がいたなんて…」

 「え、あー…忘れてただけだよ。習った気は…するし…」

実を言うと、歴代の国王の話のあたりはほとんど意識が飛んでいて覚えていない。

 「だ、だけど、その王様の像が何でこんなとこに? 王様の像なら、もうちょっとこう、台座に乗っけるとかデカく作るとかするもんじゃなく?」

 「人と話すのが好きな王様だったらしいよ。在位中も時間があれば町に降りて、広場で人の行き来するのを眺めている方だったそうだ。だからじゃないかな」

と、アルヴィス。

 「彼の時代以降、この国では大きな戦は起きていない。…二百年前は、最後の悲しい戦いのあった時代だ」

 その声は、どこか遠くに向けられているようにも気がした。イヴァンは、それは単なる歴史への感傷だと解釈した。歴史など、既に終わってしまったものでしかないと思っていたからだ。

 間もなく馬車がやって来たので、その話はそこまでとなった。




 馬車は乗客を降ろし、また次の客を詰めこんで、来た道を逆に、つづら折りの道をゆっくりと降りていく。

 一日に何往復もするのだろう。見ていると、徒歩で王都まで登っていく人は稀で、ほとんどが馬車か馬に乗っている。馬車に揺られながら”上の町”を見上げると、かなりの高低差があることも分かった。最初にここへ来た時には、風景に夢中で全然、気がついていなかったのだ。

 「リーデンハイゼルの町の説明を聞く?」

と、アルヴィス。

 「ああ、聞かせてくれるなら」

 「この都が出来たのはおよそ七百年前。初代王イェルムンレクの息子、ロランが首都に定めたのが始まりとされている。見ての通り、城壁で囲まれた天然の要塞だね。ただ、戦争が無い時代が続くうちに、”上の町”は手狭になってしまって、今では行政私設や博物館なんかを残して、一般住民はほとんど”下の町”に降りてるよ。

 ”下の町”は、元々は三年に一度、王国中の自治領の首長たちが王都の議会に出るために集う時に天幕を張る仮宿場だったのが、いつしかそこに定住する人が現れたのが始まりだと言われてる。区画整理がされて、町の体裁が整ったのは五十年ほど前のことだ。」

アルヴィスは相変わらず、目の前に教科書でもあるかのようにすらすらと語る。素晴らしい記憶力だ。

 「詳しいんだな。つまり、下の町のほうも歴史はそこそこあるってことだな」

 「そういうことだね。」

 「――で、今日はその”下の町”に行って何するんだ?」

 「黄金の並木道を見に行くんだよ」

少年は、いかにも嬉しそうな顔をしている。

 「今の時期なら、きっと綺麗だろうな。楽しみだ」

 「ふうん…?」

最初に会った時には花を植えていて、今日は並木道を見に行く、とは。

 まさか植物学者とも思えなかった。それに、歴史にやけに詳しいところからしても植物にだけ興味があるわけでも無さそうだ。

 (博物学者、ってやつとか…? ま、俺と違って頭は良さそうだな)

イヴァンは、時折向けられるティアーナの苛々した視線を避けるように、窓の外を眺め遣っていた。


 つづら折りの道を降り切った馬車は、軽快に町の中へと入っていく。敷石の上で車輪がリズミカルにはねる。下の町は、王都とは違って、庶民的な雰囲気だ。新しい建物が多い。

 馬車は広場で止まり、そこの停車場でイヴァンたちを降ろして、待っていた次の客の積み込みにかかった。

 広場といってもこぢんまりしたもので、真ん中に小さな噴水がある以外、とりたてて目を引くものはない。通りの人ごみも、上の町ほどではなかった。

 「こっちだよ」

振り返るとアルヴィスが手招きしていた。広場から放射状に延びている通りの一つへ入っていくようだ。

 「ほら、見て!」

 「…あ」

イヴァンは、思わず小さく声を上げた。行く手に、黄金色に沸き立つような茂みが見えてきたのだ。周りに人が集まっている。

 それは、通りの両脇に植えられた、見たこともない一群の木々だった。ふわふわとした、それでいて妙に安定感のある姿。見たこともない形の葉は、日差しを受けて金色に輝いて見える。

 まさに「黄金の並木道」だ。ユラニアの森にある、どんな木とも似ていない。こんな木があるとは思ってもいなかった。

 「…すげえ。これ、黄色じゃなくて金だよな」

 「でしょう」

目を大きく見開いて見上げているイヴァンの横顔を、アルヴィスは嬉しそうに眺めている。

 「”黄金の樹”――王家の象徴でもある木の子孫たちです。王宮にあるオリジナルの大樹から実生で増やされたもの。」

と、ティアーナ。

 「ただ、実生のはずなのにこちらは、何故か親樹とは異なる性質を持っています。実をつけるのは親樹だけなんです」

 「その謎を知りたがってる人が、クローナにいてね。王都に行くならついでに調べて来て欲しいって言われてたんだ。」

言いながら、アルヴィスは足元に散った木の葉を何枚か拾い上げている。イヴァンも、足元にひらりと落ちてきたばかりの葉を一枚、取り上げた。

 見ると、周りの観光客らしき人々も、記念にするためか、同じように舞い落ちてくる葉を拾い上げていた。光に翳すと、葉脈のあたりが金色に浮かんで見える。おみやげにはもってこいだ。

 (これ、家に送ってやったら皆、喜ぶかな?)

父はともかく、レオンやルナールには見せてやりたい気もした。何度かリーデンハイゼルに来たことがあると言っていたレオンだって、下の町までは観光していないだろう。

 (あと、小枝でも落ちてればなー)

そう思いながら固まって生えている四、五本の木々を眺め回していた時、イヴァンはふと、一点の視線を留めた。

 「なあ、この木、本当に実が生らないのか?」

 「ええ。植えられてから百年以上の間、一度も――」

 「んじゃ、あれ何? ほら、隣の木との枝の間になんか丸いのあるけど」

彼が指差した場所を見上げたアルヴィスの目が、大きく見開かれた。

 「…まさか」

 「ええ?」

 「ちょっと待って。図鑑を調べてみるから。王宮の木のほうで、実をつけたときの記録が確か」

アルヴィスは大慌てで荷物の中を探っている。

 「あ、場所、覚えててね! 落ちないか見ててよ」

 「あぁ、落ちないと思うし、落ちても無くなるわけじゃないと思うけど――」

アルヴィスは聞いていないようだ。ようやく探し当てた本の付箋を挟んだページを開いて、食い入るように覗き込んでいる。隣で、ティアーナのほうは真剣な表情で、さっきイヴァンの指差した場所を食い入るように見つめている。


 しばらくの間。やがて、アルヴィスは結論を出した。

 「形状は同じだ。調べよう」

 「わかりました」

ティアーナが頷く。

 「調べるって、どうやって…」

 「そこのあなた」

柵の脇を歩いていた騎士風の白いマントの男に近づいていって、ティアーナが何か話しかけている。男は、ちらりとこちらを見て、はっとした表情になる。間もなく、ティアーナは、何事もなかったような顔をして戻って来た。

 「騎士団の了解は得ました。はしごを借りられるそうです」

 「へ、騎士団?」

 「上の町も下の町も、警備の管轄は中央騎士団だから。」

アルヴィスは、さも当たり前のように言う。

 「この木は王家の所有物ってことになってて、誰かが勝手に痛めたりしないように中央騎士団が警護してるんだよ。」

 「何でそれを調べるのにあっさり許可が降りるんだよ。」

 「依頼主が偉い植物学者だから、かな?」

はぐらかすように言って、アルヴィスは、金色に輝いている木を見上げた。やがて、通りの向こうからさっきの白いマントの男が、はしごを抱えた仲間たちを連れて戻って来た。

 「お待たせしました!」

そう言って、男はアルヴィスとティアーナに敬礼する。

 (んん?)

なぜ敬礼を――と思ったが、質問を投げかけるべき相手は、既に仕事に取り掛かっている。

 「ありがと。少しの間借りますね」

 「はっ」

ティアーナとアルヴィスは騎士たちから借りたはしごを持って並木を見上げている。

 「何してるんです? あなたも来なさい。はしごを支えるのに一人じゃ足りないでしょう」

 「…はぁ」

言われるまま、イヴァンは、アルヴィスが登っていく間、はしごを下を押さえた。ティアーナのほうは、アルヴィスが足を滑らせて落ちてこないかと心配そうに見上げている。

 「いかがですか?」

 「うん、…実物は標本でした見たことは無いけど、質感が同じだ。もう熟してるみたいで」

アルヴィスは、両手でそろそろと実らしき丸いものに触れている。

 「よし、採れた。押さえてて、いま降りるから」

言いながら、大事そうに実を握りしめて、木の枝にひっかからないよう、そろそろとはしごを降りてくる。

 「それ、ほんとに実なのか?」

 「間違いないと思うよ」

広げた手の平の上には、葉と同じように金色に色づいた、くるみほどの大きさの実がひとつ載っている。アルヴィスはそれを、ポケットから取り出したハンカチにくるみ、大事にしまいこんだ。

 「実は、これだけなのかなぁ」

 「んー見たところ、それっぽいのはもうないな」

 「あなた、よく見つけられましたね」

ティアーナの口調は、呆れているのか関心しているのかよく分からない。

 「まぁな。こういうの慣れてるんだ。食える実のなる木は森でよく探してたし、熟す季節がきたらとっとと取りに行かないと他の動物にとられちまうからな」

 「…野生児ですか?」

 「森で生きる術だね」

アルヴィスが笑う。

 「とにかく、これ一つでも大発見だよ。急いで戻って報告しなくちゃ。君も一緒に来て」

 「俺?」

 「発見者だからね」

 「まぁ、そりゃいいけど」

 「アル…!」

ティアーナが突然、反応した。

 「まさか、この男を、あそこへ連れて行くつもりなんですか?!」

 「彼が見つけてくれたのは事実なんだから。それに、僕が一緒に来て欲しいんだ」

 「…、…分かりました。」

納得はしていない様子だったが、ティアーナはそれ以上何も言わず、待っている騎士たちのほうへはしごを返しに行く。ずっと様子を見ていたのだ。


 ここは中央騎士団の管轄だと、さっきティアーナは言っていた。

 よく見れば、人混みの中には他にも同じ格好をした人々がいる。揃いの白いマントは彼らの制服なのだろうか。少しばかり時代錯誤な気もして、やけに目立つ。

 (うちに来た、あのシーザって騎士もどこかにいるのかな…)

ふとイヴァンは、ベオルフとともに実家の館を訪れた騎士のことを思い出していた。あの時はごく普通の旅人風の格好だったが、きっと今頃は、あれと同じ派手な白いマントを身につけて勤務しているのだ。

 「では行きましょうか」

戻ってきたティアーナが二人を促す。

 「で? 報告って、どこ行くんだこれから」

 「王宮だよ」

 「ふーん、王宮……って、王宮?!」

思わず、イヴァンの声が裏返ってしまった。なぜ王宮へ?

 「正確には、王宮の裏口から入ったとこにある研究室かな。あ、心配要らないよ。裏口側は王宮で働く人たちが沢山住んでるところで、警備も緩いし部外者でも入れるから。」

アルヴィスは、こともなげに言う。

 「お前、そんなとこで働いてるのか…」

 「働いているのは、クローナから一緒に来た人。僕はおまけみたいなものだから」

アルヴィスの言い方には相変わらず、謎掛けのような含みがある。

 「昨日植えてた花も、ほんとはその人が植えに行くはずだったんだけど、腰を痛めちゃっててね。」

それ以上喋らせたくないのか、ティアーナがわざとらしく咳払いした。

 「戻りの馬車が着いてますよ。少し急ぎましょう」

見ると、広場の端に来た時と同じ馬車が止まっている。なんとも忙しないが、ゆっくり観光するのは、また今度だ。それよりも、王宮に入れるということのほうが、イヴァンの興味を引いた。

 もちろん、滅多に入れるところではない。――将来、家を継げば会議のために否応なく呼び出される場所だとしても。


 ティアーナの渋る顔などよそに、イヴァンは、少しばかり、わくわくするものを覚えていたのだった。

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