第7話 反撃

 次の日、朝食をとるために食堂に出向いたイヴァンは、何か雰囲気が妙なことに気が付いた。

 昨日と同じように盆を持って列に並ぶと、前後の間隔がやけに空いている。席に座ろうとすると、食事中にも関わらず先にいた生徒たちが席を立つ。他の生徒たちからあからさまに避けられているような感じだ。気になってエデルを探したが、どこにも見当たらない。

 今日から授業に参加するのだ。教室の位置はエデルに聞けばいい、と思っていたのが、早速、目論見が外れてしまった。


 仕方なく彼は、昨日エデルと回った道順を思い出しながら、何とか教室を探し当てた。

 (いた)

赤毛の少年は、既に席についていた。教壇に近い前のほうの席で、びくびくしながら背を丸めて教科書で顔を隠している。

 声をかけようかと思ったが、少し考えて止めておいた。今朝のこの、おかしな雰囲気は、多分、昨日の出来事に関係しているのだ。だとしたら、今はそっとしておいたほうがいい。


 イヴァンは、一番後ろの隅の席に腰を下ろした。後から教室に入ってきた生徒たちは、やはりその周りを避けて何列か離れた場所に座る。

 最初の授業は一般教養の時間だった。文学作品を朗読して意味を答えるというもので、館で受けていた授業の中には含まれていなかったものだ。全く面白くもなければやる意味も分からなかったが、きっと騎士や商人になるには必要な知識なのだろう。

 長文など読んでいるだけで眠くなってくる。イヴァンは頬杖を付きながら、欠伸を噛み殺して聞いているしかなかった。


 次は数学。そして地理。そしてようやくお昼休みになる。

 食堂に向かうころには、イヴァンは少し朦朧としかかっていた。尻が痛む。ほとんど休みなく椅子に座り続けるなど、まるで修行のようなものだ。館にいたころは座学の授業はこんなに長くなかったから、こんなに長時間ずっと一箇所に座り続けていたのは、生まれて初めてのことかもしれない。

 ぐったりしながら盆を手に列に並び、昼食を受け取って席を探していると、後ろからどんと誰かがぶつかってきた。

 振り返ると、見覚えのある長身の少年が、不機嫌そうな顔で立っていた。

 昨日、マルティンと一緒に東屋にたむろっていた取り巻きのうちの一人だ。無視しようとしたイヴァンの耳元に囁く。

 「午後の授業、楽しみにしてるからな。」

 「…?」

何だろうと思いながら、イヴァンは、近くに座っていた少年たちに目を向けた。さっき教室で見かけた顔だから、同じ学年のはずだ。

 「おい」

 「ひっ」

声をかけると、少年たちは気の毒なくらい怯えた顔になった。

 「午後の授業は何だ?」

 「け、剣術だよ…運動場に集合だ」

 「剣術? なあんだ。」

よほど面倒な授業かと思っていたイヴァンは、ほっとして自分の席を見つけて腰を下ろした。それなら、あとはもう楽勝だ。

 気が楽になった彼は、周囲の視線も意に介さず昼食をぺろりと平らげると、一足先に運動場へ向かった。




 待っていると、昼食を終えた生徒たちが続々と集まって来た。相変わらずイヴァンの側には近づかず、遠くからなにやらひそひそと話し合っている。

 その向こうに、さっきの背の高い少年の姿があった。隣でやけに楽しそうにニヤニヤしているもう一人も、昨日、マルティンと一緒に見かけた顔だ。

 午後の鐘が鳴り、指導教官らしき人物が現れた。いかつい顔つきをした、体格のいい騎士だ。

 「整列!」

生徒たちがぞろぞろと列に並ぶ。イヴァンがどこへ並んでいいか分からずにいると、教師が声をかけてきた。

 「君は昨日から入った生徒だな。このクラスは腕前によって練習内容を変えている。剣術の基本的な嗜みはあると聞いているが?」

イヴァンが頷くと、教師は一番端の、あの少年たちのいる列を指した。

 「では、そこへ入るといい。キツいようなら一つ階級を下げよう。」

イヴァンが列の最後尾に加わると、教師は、手を叩いて生徒たちの注意を促した。

 「では各自、防具をつけるように。準備が出来たら組み手の開始だ。では、行きなさい」

生徒たちはめいめいに、運動場の端に置かれた道具入れに向かっていく。そこに練習用の皮製の脛あてや篭手などが置いてあるのだ。盾を手にする生徒もいる。

 「君も好きなものを選びたまえ」

教師が、突っ立ったままのイヴァンの肩を押した。

 「俺は別にいらないです」

 「防具なしで? この階級では本物の剣を使うんだ、危険だぞ。せめて篭手はつけなさい」

言われて、渋々とイヴァンは箱のほうに向かった。最後だったためか、箱の中には擦り切れて傷だらけの防具しか残されていない。

 (無いほうがマシだな)

だが、教師が見ている。面倒だと思いながら、彼はそれを腕に巻き、元の場所に戻った。

 「二列に別れて。向かいあわせの相手と打ち合いの訓練だ」

周囲の生徒たちがイヴァンを避けていく。代わりに、彼の目の前には、あの、背の高い少年が立っていた。

 「よお。お前はオレとだ。良く良く思い知らせてこいとマルティンに言われたからな」

なるほど、そういうことか。

 「いいぜ。俺はイヴァン、あんたの名は?」

 「――アステル」

 「よろしく頼むぜ。アステル。」

イヴァンは馴れた所作で二本の剣を抜くと、アステルと名乗った少年と向き合った。相手の武器は、やや太めのありふれた剣だ。構え方は堂に入っている。素人だらけの集団の中では、扱いに慣れているほうのようだ。

 「はじめ!」

教師が手を打つや否や、アステルは勢い良く上段から打ち下ろしてくる。なかなかの勢いだ。だがイヴァンは受けもせず、ひらりと跳んで交わす。次の横薙ぎも。次の攻撃も。

 「お前…」

次第に、アステルの表情に焦りが見え始める。

 「おい! 打ち合いの授業なんだぞ、逃げ回るな!」

 「嫌だね。そんなの受けたら剣が刃こぼれするだろ。」

 「この卑怯者!」

 「何でだよ。こういうのって力勝負じゃないだろ」

ひょいひょいと避けながら、イヴァンはのんびりとした口調で言う。反面、ずっと剣を振り続けているアステルのほうは次第に息が上がってきた。

 「終了!」

ぱんと教師が手を打ったときには、アステルは汗だくになっており、イヴァンのほうは息も乱れていなかった。

 「ちっ」

悔しそうに舌打ちして、少年はもう一人の少年のほうに近づいていく。二人で何かひそひそ話をしているのが見えたが、イヴァンは無視しておいた。まともに相手をしても仕方が無い。


 結局、その授業では特に何も起こらなかった。組み手の授業は最初の部分だけで、後は素振りや馬上訓練などになり、その日の授業は終わった。


 ――事が起きたのは、その後だった。




 授業が終わり、汗を洗い流そうと浴場へ向かう生徒たちの列についていこうとしたとき、行く手を一人の少年が遮った。アステルと話していたあの少年だ。マルティンの取り巻きの一人だろう。

 「よう、お前。」

 「お前じゃない、イヴァンだ。」

 「んなことはどうでもいい。お前、アステルとの打ち合いから逃げ回ったらしいじゃねぇか。よくもふざけた真似をしてくれたな、えっ?」

 「ふざけるも何も…」

 「勝負しろ」

その少年の後ろから、アステルが言った。彼の表情は真剣そのもので、目には怒りにも似た炎が揺らめいている。周囲にはマルティンら仲間の少年たちも集まってきていた。いつの間にか取り囲まれていた。

 イヴァンは、ひとつ溜息をついた。

 「…校内でのケンカや決闘はご法度だって、昨日聞いたぞ」

 「何を言ってる、これはれっきとした訓練だ」

そう言って、マルティンはどこからか持ち出してきた篭手をイヴァンに向かって叩きつけた。

 「剣ぶら下げて歩いてるくせに、まさか戦うのが怖いなんて言わねぇだろうな?」

 「逃げるなら、お前は腰抜けってことになるぞ」

 「やーい腰抜け。木偶の坊」

 「……。」

むっとしながら、イヴァンは足先で篭手をマルティンのほうに蹴り返した。

 「防具ならお前がつけとけ。晩飯までまだ時間あるし、ちょっとくらいなら相手してやる」

言うなり、くるりと踵を返し運動場のほうへ戻っていく。後ろで軽く鼻を鳴らす音が聞こえたが、ついて来ていることは足音で分かる。

 運動場に出ると、そこには人っ子ひとりいなかった。

 いや、よく見ると、他の生徒たちは物陰に隠れながら遠巻きに見守っている。昨日の放課後もここで練習していた少年たちだろうか。これから何かが起きることを悟って、練習場を明け渡したのだ。

 中ほどまで来て足を止めると、イヴァンは、振り返ってマルティンを中心とした六人ほどの少年たちの視線を巡らせた。

 「で、誰から来るんだ」

 「誰からって?」

にやにやしながら、少年たちはいっせいに武器を抜いた。

 「おめでたい野郎だ。まだ状況が判ってないのかよ」

 「あー…」全員いっぺんに相手しろということか。「まぁ、そのほうが面倒なくていいけどさ」

 「かかれ!」

マルティンの掛け声で、年も体格もまちまちな少年たちが一斉に飛び掛ってくる。

 イヴァンは素早く剣を抜いて、左手の一閃で最初に飛び掛ってきた少年の武器を払いのけた。手から剣がふっとばされ、ぽかんとした顔になっているところに腹に蹴りを入れて沈め、同時に右手の剣で二人目の武器を受け流す。三人目は戦斧のような鈍器を両手で握り締めた大柄な少年で、熊のような咆哮を上げて一直線に突っ込んでくるのを、直前でさっと脇に飛び退いてかわした。

 四人目のアステルは、一度手合わせしているだけに流石に少しは慎重だ。上段からは振り下ろさず、不意打ちを入れて横なぎに剣を振るった。だが、それも難なくかわされ、喉元に剣を突きつけられて、息を呑んで動きを止める

 。

 「脇が甘いぜ。そんな大振りでやってちゃ、当たるもんも当たらねぇ」

 「う…くっ」

その頃にはもう、見守っていた生徒たちも、まだ斬りかかっていない残りの少年たちも、侮っていたこの新入りが只者ではないと気づき始めていた。

 「ふざけた真似を…貴様、どこかの騎士の家の出なのか? 名門か?」

 「はあ? なんでそんなこと聞くんだよ。家が腕前に関係するわけないだろうが」

イヴァンは呆れたように言って、戦意を喪失している少年たちをその場に残してマルティンたちのほうに一歩、進み出た。

 「いいからお前も来いよ。こんなんで終わっちゃつまらないだろ?」

 「バカにしやがって…おい、お前ら! 皆に見られてるんだぞ。新入り一人にいいようにされて、恥ずかしくないのかっ。貴族の名誉がかかってるんだ! 手加減は必要ない。痛い目にあわせてやれ!」

マルティンが喚いた。左右にいた少年たちは、はっとして意を決したように同時に斬りかかってくる。

 上級生たちは確かに少しは使えるようだ。体格の差か、剣戟も重く、受け止めるには少し辛い。

 「お前ら、いつもこんなことを…? こんな攻撃、まともに喰らったら骨折れるぞ」

 「それがどうした」

 「今さらビビってんじゃねぇ!」

 「ビビッてるわけじゃねぇけどさ…」

攻撃自体は、大したことはない。レオンや、他の大人たちとだって何度も訓練してきたのだ。ただ、同年代の少年たちに、しかもこんな敵意を持って打ち込まれたのは初めてだ。

 ほとんど見ず知らずの相手に、なぜ敵意を抱けるのか。

 理由なんて無いように思えるのに、この少年たちには、何かこうまでして戦わねばならない理由があるというのだろうか。

 (貴族の名誉? 名誉って何だ)

言葉としては知っているが、それが真剣に戦うどんな理由になるのかが、イヴァンには分からなかった。

 (こいつらにとって、それは大事なものなのか…?)

半ば考え込みながら打ち合っていた彼は、ふと、視界にマルティンの姿がないことに気が付いた。

 どこだ。

 「ははっ背中がガラ空きだ!」

 (後ろか)

奇襲をかけながら、わざわざ声を上げるとは――。

 その時、目の前で空を切る音がした。上級生たちが打ち掛かってきたのだ。

 イヴァンが反射的にひょいと腰を屈め、大柄な上級生の一閃をかわした時、後ろで悲鳴が上がった。

 「うわああっ」

顔を上げると、すぐ後ろでマルティンが肩を押さえて転げまわっていた。目の前では大柄な少年が青ざめておろおろしている。イヴァンが避けたのに、そのまま剣を振り下ろしたらしい。もっとも、骨が折れたり肩が外れたりしている様子はない。一人だけ立派な防具を身につけていたお陰だ。それなのに、マルティンは悲鳴を上げながら叫び続ける。

 「痛い痛い痛い! 肩が!」

 「なんだよ、だらしない。剣術やってんだから、こんくらい良くあるだろ」

うろたえている少年たちを押しのけて、イヴァンは、マルティンの側に膝をつき、肩の防具を外しにかかった。

 「痛い、やめろ! 殺す気かあっ」

 「外さなきゃ確認できないだろうが。じっとしてろ」

涙声の少年を無理やり押さえつけて、袖口を捲る。

 「…腫れてるだけだな。血も出てないし、冷やせばいいだろ。水は――」

その時だ。

 「何をしている、イヴァン・サーレ」

生徒たちが、表情を強張らせていっせいに振り返った。見ると、ヘイミルが厳しい顔をしてこちらに向かって歩いてくるところだった。

 「弱い者いじめは良くないですよ?」

含みのある言葉は、マルティンではなくイヴァンのほうに向けられている。

 「六対一で、一のほうがいじめてるってどういう理屈ですか」

イヴァンは大真面目な顔で言い返した。

 「だいたい、突っかかってきたのはこいつらのほうですよ」

 「それでもだ。たとえ相手の数が多くても、剣を二本持ってしまっては君が強すぎるでしょう。」

ヘイミルは、わざと大きな声で、しかもゆっくりと、諭すような口調で言う。だが、それは、――イヴァンに向けてというよりは、ばつの悪そうな顔で縮こまっている少年たちと、周りで見守っている生徒たちによく聞こえるように、といった感じだった。

 「君は現役の騎士と互角に戦える腕でしょう? 生徒たちと稽古するなら、せめて剣は一本にすべきでしたね。」

そう言って、訳知り顔でにこりと微笑む。

 イヴァンは眉を寄せた。この男は一体、何を知っているのだろう。入学のときに、そんな情報まで提出されているのだろうか。

 「あのう――校長先生」

おずおずと口を開いたのは、マルティンの取り巻きだった一人の少年だ。

 (校長?)

驚いているイヴァンをよそに、その少年は震え声で訪ねた。

 「今、”サーレ”と言いました?」

 「おや、知らなかったんですか。彼はサーレ辺境伯領から来てまして。辺境出身なもので、少々血気盛んで礼儀が足りないようです。」

 「……。」

言いたい放題だが、悲しいことに言い返すほどの語彙が無い。イヴァンはむすっとした表情で、マルティンの防具をひっぺがすために地面に置いていた自分の剣を取り上げて腰に収めた。

 「今回はここまでだな」

返事はない。

 「稽古は終わりですね。さて、マルティン・ディ・アジズ、動けないようなら保健室まで同行しましょうか?」

 「い、いえ、自分たちで行きます」

よろめきながら立ち上がるマルティンを、仲間の少年が抱える。まだ真っ青な顔の大柄な少年は、マルティンの武器と防具をかき集め、一足先に校舎のほうに向かって走り出した。

 「失礼します!」

取り巻きの少年たちも皆一緒に、ほとんど逃げるようにして、運動場から走り去っていく。入れ替わりに、イヴァンに駆け寄ってきたのは赤毛の少年だ。

 「イヴァン、イヴァン」

エデルだった。ずっと見ていたのだろうか、涙のせいで顔がぐしゃぐしゃになっている。

 「ごめんよ、おれ…あいつらが怖くて…」

 「泣くなよ。いいって、そんなの」

笑って、イヴァンは少年の肩を叩き、ちらりとヘイミルのほうを見る。

 「あんたも意地悪だな。ただの先生じゃなくて、実は校長だって?」

 「ふふふ、いつ気づくか楽しみにしていたんですよ。」

さっきまでと打って変わって、男は、最初に案内してくれたときに見せたような、柔和な表情に戻っていた。

 「あの悪ガキどももこれに懲りて、二度と君には手を出さないでしょうね。ついでに、しばらく大人しくなってくれるといいんですが。」

 「…知ってて放置してたんですか」

 「アジズ家は過保護な家だし、寄付金も多いものですから。当学校としても、よっぽどのことがなければ叩きだせません」

そんなことを言って、いたずらっぽく、目配せしてみせる。

 「でも、稽古で強い子に挑戦して負けたんなら仕方ないですねぇ。」

 「…ったく、何だよそれ。面倒くせぇな」

呆れ顔のイヴァンの横で、エデルは、まだ泣きじゃくっている。

 「お前も、もう泣くなよ。」

剣を収めながら、イヴァンは気まずくなっていた。間接的にとはいえ、自分のせいで人を泣かせてしまったのだ。それに、周囲の視線が痛い。

 「…あいつ、伯爵家だって」

 「騎士とやりあったことがあるらしいぞ」

 「一人であのマルティンたちをボコボコにしたんだぜ…おっかねぇ…」

囁き声が聞こえてくる。

 (悪目立ちしちまったなぁ)

成り行きとはいえ、溜息しか出ない。余計なことを言った”校長”ヘイミルのほうを睨んでみたが、彼は、この場が平和的に収まったことに満足しているようで、笑顔のままだ。

 どのみち、マルティンたちを加減なしに叩きのめしたのは事実なのだから、ヘイミルが出てこなくても同じだっただろう。

 そう思い直して、彼は、向けられる視線の中を校舎のほうに向かって歩き出した。恥じることも、後悔する必要もない。何も悪いことをしていないことだけは、確かなのだから。




 その日から、マルティンもマルティンの取り巻きたちも、イヴァンには一切絡んでこなくなった。視線を合わせないどころか、姿を見かけるとそそくさと隠れてしまう。

 他の生徒たちから不自然に避けられることも無くなった。ただし、別の意味で学校の中では浮いた存在となっていた。話しかければ会話にはなるが、どこかよそよそしいというか、遠慮しているような雰囲気だ。自分から話しかけてくれるのは、エデルくらいのものだった。

 学校という狭い空間にも息苦しさを感じるようになるのに、そう時間はかからなかった。

 そうして幾日かが過ぎた日のこと。

 「なぁ、今日、武器屋通りへ行ってみないか?」

いつものように授業に出るため教室に入った時、同級生たちの話し声が聞こえてきた。数人の少年たちが額を寄せ合って、何か楽しげに話し合っている。

 「いいね。でもけっこう遠いぜ。授業が終わったら急いで出ないと」

 「夕飯は外に屋台にすればいいじゃないか。門限までに戻れればいいだろ」

 「どこへ行くんだ?」

声をかけると、少年たちは「あっ」という顔でイヴァンのほうを一斉に振り返った。

 「武器屋通りって?」

返事が無いので、もう一度尋ねてみる。

 「あ…えっと。町の東側の端にある武器屋の集まってるとこ。打ち直しや研ぎ直しもやってくれるんだ」

 「騎士団御用達の店もいくつかある。」

 「ハザル人の店もあるよ。高いけどね」

なるほど、そういえば、放課後に学校から出ることは禁じられていなかった。確か門限も、入学した日に聞いたような気がする。

 「ふうん。俺も今度行ってみるか」

始業の鐘が鳴り、生徒たちはめいめいの席に着いていく。授業の終わりが待ち遠しかった。

 教師の話を聞き流しながら、イヴァンは、入学する日に馬車から見ていた、故郷にはない、都の驚嘆すべき風景のことを思い出していた。

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