惚れ薬にやられた王子が、ただの貴族令嬢を溺愛してくるんですが

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 イケメンの王子が私を溺愛してきます。


 国の第一王子が。


 王座にいなくちゃいけない、高貴な感じの方が。


「かわいいかわいい。なんて君はかわいいんだ。この世でいちばんかわいいよ」


 デレデレの表情で、甘いセリフを吐き散らかしてきます。


 それは誰に?


 私に対して……。


 イケメン王子に愛を囁かれた私はというと、死んだ魚の様な目をしてしまいます。


 ときめいちゃったりしていません。


 頬を染めちゃったりも、していません。


 むしろ、げんなりしています。


 身構えてしまいます。


 ねぇ、王子様。


 私を溺愛してきますけど、その愛情気のせいですからね。







 私は貴族令嬢だ。


 お嬢様。


 良い所の家の娘。


 でも、王族ではない裕福な家の子。


 同じような境遇の者を探せば、それなりの数がいるだろう。


 だから、婚約はそれなりの家の者と結ぶと決まっていた。


 事実、お見合いを何度もかさねて、自分の家につりあう家の候補を、いくつもしぼってきていたところだった。


 しかし、そこになぜか国の王子様が乱入。


 私を猛烈に溺愛し始めて、私と結婚する!


 とか、言ってきたのだ。


 わけが分からないし、脈絡もない。


 出会いの話や、愛情を育む話もなかった。


 過程を省略し過ぎである。

 というか省略するほどの中身もない。


 まったくのゼロ。


 それなのに、なぜか。


 急に惚れられて溺愛されている。


 抱きしめられて、頬ずりされたりもしている。


 あーんされたり、名前をずっと呼ばれたり、うっとりとしながら見つめられたりしている。


 なぜ?


 その理由は、惚れ薬だったらしい。


 お城から脱走した王子を追いかけてきた護衛の人達が、説明してくれた。


 この国で行われる大々的なパーティー。


 近々開催されるらしいそれの招待客のチェックをしている時に、不審人物から惚れ薬が届けられたとか。


 その薬は普通なら、王子の目が届かない場所で処分されるはずだったけれど、何の手違いが起きたのか問題が発生。


 どこかから城に入り込んだ野良猫が、惚れ薬の薬を強奪してしまったのだ。


 それで、中庭でパリンと割れた。


 危険物の入った小瓶が……。


 そこで話が終わっていれば平和だたのだが、当然終わらない。


 王子が偶然通りかかって、野良猫と共に惚れ薬にやられてしまったらしい。


 野良猫は、惚れ薬の成分を解析したり、解毒薬の効果を確認するために捕獲されたれど、王子はいつの間にかいなくなっていたと言う。


 きっと、皆大騒ぎだ。


 想像しかできないけど、国がひっくり返るような騒動だったに違いない。


 一体どこに行ったのか。


 と、皆は当然、血相を変えて調べた。


 そして、手がかりになるっぽい資料……招待客リストを発見。


 パーティーの招待客リスト(失踪直前に王子が見ていたらしい)に載っていた名前にあたりをつけて、兵士達は捜索しまくった。


 そこで、私の所にたどり着いたらしい。







「かわいいかわいい。なんてかわいいんだ。このまま君と一緒でいられるなら、他の人間なんていらないくらいだ」


 それで私は、惚れ薬にやられた王子様の相手をすることになったというわけ。


 今まで会った事も、喋った事もない王子様と。


 これほど扱いづらい相手が他にいるだろうか。


 いや、いない。


 いるとしたら、世界を滅ぼすおとぎ話にでてくるような大魔王とか、地獄の死神くらいのものだ。


「僕達の仲を引き裂くというのなら、たとえ誰であっても許しはしない、そう、世界中の人間だって敵にまわせるくらいだ」


 あっ、瞳から光が消えた。


 なんかやばい人になってる。


 こういうのヤンデレって言うんだっけ。


 どこかの最先端の町で、ヤンデレ小説が流行っていたから、読んでみたけどあれと同じ人間が現実にいるとなると、めちゃくちゃ怖い。恐怖でしかない。


 私は王子様の瞳から光が消えないように、必死で相手をしなければならなかった。


「わっ、私も王子様の事が好きです。だから、もっと楽しいお話しをましょう」

「おお、そうだね、放っておいてごめんよ」


 脈絡のないセリフだ。

 直前にセリフで好きって言われてなかったけど、そう言っておけば何とかなるだろうの精神で吐いてみた。


 ちょっと会話が変だが、王子様は細かい事は気にしかなったらしい。


 王子様はその立場にふさわしいキラキラおめめに戻った。


 危ない、あやうく惚れ薬で大量殺人が起きる所だった。


 誰でもいいから、早くこの王子に解毒薬飲ませてほしい。


 万が一のことがあってはいけないからって、猫で実験してるらしいけど、もうちょっと早く効果確かめられないのだろうか。






 それから王子様の相手は数日間続いた。


 飽きもせず私にかまいっぱなしの王子様に、私はげっそりしてしまう。


「かわいいかわいい、君と一つになれたらどれほどいいだろう、目を離した隙に他の人間にとられてしまわないか心配だよ」


 それ、どういう意味で言ってるんですかね。


 子供を作る方の意味なら、まだかわいげがあるけど、一緒に死のうとか考えてませんよね?


 こんな調子だから、お風呂入る時とかもずっと一緒に、とか言われて本当に困った。


 一人になろうとするたびに、「一緒にいないと死ぬ」とか言われて焦ったものだ。


 私が王子様の前から姿を消している間、我が家の使用人や王子様の護衛達は大変だっただろうな。


 私と同じようにげっそりしている彼等を見て同情してしまう。


 数日分の疲労が大きすぎて、何人かの頬がこけてしまっている。


 しかし、この拷問もあと少しで終わるはず。


 とうとう野良猫に試していた解毒薬の効果が確認されたらしい。

 なので、これから王子に使用するそうだ。


 今はまさに、お城からここまで運んできている最中。


 あともう少しで、この地獄が終わると考えると、少しだけ心に余裕が出てくる。


 そう思うと、王子に甘い言葉を囁かれるというのも、案外悪くないように思えてくるから不思議だ。


 けれど、私は失念していた。


 誰かが王子を困らせようとしていたから、その惚れ薬が届いたのだという事を。


 屋敷の窓の近くを歩いていた時に、私はそれを思い出す。


「王位継承権は第二王子のものだ! 貴様には渡さん」


 突然の叫び声。


 驚いている間に、何かが窓から投げ込まれた。


 それは筒のような形をしたものだった。


 爆発物!?


 驚いた私は、とっさに王子をかばっていた。


 しかし、悲しいかな。


 男女だったら男のほうが力が強い。


 私はすぐに王子様にかばいなおされてしまった。


 すると、爆発物が爆発!


 思わず身構えてしまったが、それは大きな音がするだけのものだったらしい。


 ほっとしてしまう。


 が、悠長にはしていられない。


「暗殺者だ!」


 物音に気付いてやってきた誰かの警告の言葉が、私の耳に入った。


 窓の方に視線を向けると、剣を持った、怪しい人間が屋敷に入ってこようとしていた。


 王子様は頑張って、そいつの前に立ちはだかる。


「僕の愛しのフィアンセはやらせはしない!」


 いや、貴方の婚約者なんかじゃないんですけど。


 あと、狙いは貴方の方です。


 ツッコミもほどほどにして、私の前に出ようとする王子を制止する。


「王子様、貴方が死んだら大勢の人が困ります。大人しくしていてください!」


 死んだらいけない人が、迂闊な行動をしないでください。


 声を出して警戒を促したのは我が家の使用人だったようで、荒事では頼りない。

 当てにはできないだろう。


 私は近くにあった西洋鎧を見る。

 その鎧が手にしていた剣を武器にした。


 女性だけど、護身術の類は身に着けている。


 私が戦っている間に、王子を逃がして、護衛が来るまでの時間稼ぎをしなければ。


 あと、欲を言えば一人くらいは倒しておきたい。


「そんなっ。どっ、どうしてそこまでするんだ。君はか弱い女の子なのに」


 王子がなぜだか、衝撃を受けたような顔でそんな事を言って来た。


 何を言っているのだろうこの人は。


「何のために貴族がこれまで贅沢な暮らしをしてきたのですか。こういう一大事に動くためでしょう」


 人より裕福な暮らしをしてきた貴族には、その肩に重い責務を背負っている。


 それを果たすのが貴族という存在だろうに。


「そうか、君はそんなにも我が国の事を。今までにそんな女性には、出会った事がない」


 王子様は、どこか感極まったような表情で私を見つめていた。


 あれ、なんだかいい感じになっているような。


 いやいや、これは惚れ薬のせい。


 私は(様々な意味で)うろたえそうになる心を叱咤して、剣を構える。


 が、私が頑張るまでもなかったらしい。護衛が来てくれたようだ。


 暗殺者をあっという間に捕縛してくれた。









 その後、怪しい連中はすべて捕らえられて、安全は確保された。


 首謀者は第二王子と言う事で、彼等は然るべき場所で事情聴取されているらしい。


 解毒薬も届けられたので大人しくなった王子は無事に城に戻っていった。


 これで、なにもかも元通り。


 終わってみると、少し寂しい気持ちになるが。


 王子の伴侶になったら大変そうだし、これで良かったのだと思いなおす。


 平穏な毎日が大事。


 しかし、後日私は思わぬところで、今回の騒動の影響を知る事になった。






 お見合い相手を選んでいる最中、私は思わず声を上げた。


「なぜ、お見合い写真の中に王子様のものが紛れ込んでいるの!」


 候補がしぼられてきたお見合い写真の数々の中に、やけに存在感を示すものがあった。


 王族の位を示す、王冠の紋章が印刷された分厚い冊子が届いたのだが……。


 そこに王子の写真が何枚も貼り付けられてあったのだ。


 メッセージには「君の事が好きになったので、正式に婚約したい」とあった。


 一度冊子を閉じた。


 数秒経ってからまた冊子を開いたが、中身が変わっているような事はなかった。


 見なかったことにしようか。


 いや、無理だろう。


 王族に喧嘩を売る事になる。


 私は嫌々ながら、冊子の中身を直視することにした。


「また、会える日を楽しみにしているよ」


 そこには、会ってくれるのが当然、と言わんばかりのメッセージ。


 自己中なのは、素だったのかもしれない。


 しかし、私になぜこんなものを送ってきたのだろう。


 あの王子様は、また惚れ薬でも飲んでしまったんだろうか。


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惚れ薬にやられた王子が、ただの貴族令嬢を溺愛してくるんですが 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032

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