第2話

起きて覚えているのが、目覚まし時計の短針と長針は綺麗に水平線を描いることだった。

 落ち着いて見れば、それが斜めで時刻を8:10だと教えているが冷静ではなかった。

「予感ではない。絶体絶命は間違いない」

 昨晩の姉との会話が  脳裏に浮かぶんだ。

 ——寝落ちしての(夢)であって欲しい——


「よッ、ミノムシ。急がねえと遅刻するぞ」

  

 振り返ると前掛けを着けた二十歳過ぎの男性が、軽トラの荷台から荷物を降ろしながら微笑みかける。  


「確定なんで、遠慮なく……」  


 最後まで言葉を告げる前に軽トラの運転席のドアは閉まる。「済まない、先客がいるんじゃ。荷台でいいなら、どうだ」  


 窓から顔を出して荷台を指差し、携帯電話を確認すると車のエンジンを掛けた。 

 

 荷台に乗り景色が流れ出した。俺のいた元の都会と違い、いくつかの河に恵まれ自然の残るちょっと田舎な街。  


 空気が旨いと思いながら、朝飯の入っていない腹のあたりに手を当てる。


 しばらく走ると小さな病院へ到着した。  

 小さい個人病院だと気付く、お年寄りや子供連れ親子が出入りする脇に俺と同じ制服の女子が少し場違いの感じ立っている。  


 こちらに気がついたらしく手を振り小走りでやって来る。

  

「すみません。無理に来てもらって」  


 助手席のドアを開けながら運転手はこちらにニコリとすると俺の紹介を彼女に始めた。

  

「後ろの荷台にいるのが、君と同じ学校の美濃 治くん、僕の店の常連で、皆からはミノムシとかオタムシて言われてるんで」  


 雄弁すぎる運転手は、ここいらでは有名で古本やゲー ムの店を営んでいてひと昔の遊び人の雰囲気を醸し出している。  


「初めまして、わたし2年の洟木 文なみだぎふみです」  


 俺の鼓動が彼女に聞こえはしないかとドキドキしている間に話すタイミングを逃してしまった。  


 荷台へ向けて挨拶した彼女が、クルリと踵を返すと助手席のシートにちょこんと座り窓ガラスを締めた。  


 ゆっくり動き出す軽トラの荷台で俺は今出会った彼女のイメージを脳裏に焼き付けた。清楚と言うかデビューしたてのアイドルのような垢抜けない感じで、ダイヤモンドの原石みたいだった。


 ポニーテール髪型もブラウンがかった黒髪に他の色が混じっている。前髪の両サイドが頬や顎まで伸びていて顔がより一層小さく見えた。


 瞳は大きく鼻は小さめで唇はふっくらとしている。


 街中を走る路面電車とJRが交わりながら郊外へと進む、坂道が増え始めた場所に俺の通う高校がある。  


 私立明導高校めいどうこうこうは傾斜地に建ち見るからに城のようで、擁壁をまわり込むと姿を現す裏門。


 校舎は、西に向いていて見晴らしは良い。  

 軽トラが裏門に着いた時、校庭では体育の授業で学生が走っている。


 彼女は保健室に用があるらしく途中で別れ、俺は階段を駈け上り自分の教室へ。


 廊下差し込む日差しが前を歩くハゲ頭の校長とその脇をあるく女性教師を照らす。

  

 風光明媚かわからない街が一望できる窓は、教室と反対側にあるんだが廊下は幅広く長いので滑走路のようだ。  


 その廊下に漂う化粧品の臭いはスゴい、前の女性教師が汚染源なのはすぐ気がついた。臭いの心当たりにはっとする。

  

 姉貴の化粧品の臭いは、二日酔いを誤魔化すのと人前でのあがり症を隠す占い師のお香みたいなものだ。


 前を行く女性教師に目をやると、急いで髪を纏めたのか髪ゴムの端からアホ毛みたいなのが出ている。 

 

 間違いない昨日の夢は現実だ。見て呉れは放送局の女子アナのようで酒さえ無ければ、美貌でどんな夢でも叶えていただろう姉が俺の高校に


    「嘘だろう……」


 心の声のはずが口から出てしまう。前の二人には聞こえなっかたのか廊下の果ての職員室に消えていく。  


 始業のチャイムが鳴りだしたと同時におれは教室に入った。  


 天使の涕木なみだぎさんと悪魔のような姉貴が頭に交互に浮かんでは消えた。 

 

 突然の姉貴の襲来は、俺の監視と最近体調を崩している祖母の世話だと想像がついた

が、せめて電話ぐらいは両親にかけて欲しかった。  


 安心したら、空腹感と眠気が主導権争いをしている。


 具合が悪いと保健室にいけば、涙木さんに会えと考えながらも頭を振る。


 携帯のメールが届くと同時にそれが一瞬の迷いであったと反省した。


 差出人は姉貴と知人の二人で、保健室に突撃でもしたなら姉貴と鉢合わせ、涕木さんと会えてもしどろもどろで冴えない俺を披露してしまう。授業中なのでスマホをポケットに押し込みコールドスリープのみたいな深い眠りについた。 


 誰にも起こされないのも問題なのだが、放課後にでもコンビニに行こう。


「今、財布とお腹がピンチで死にそうで…… 」 

    俺はスマホを操作した。

 教室の窓からは太陽の高さは解らないが、まぶたは地平線に沈む太陽のようだ。


「無駄遣いは、時にはダイエットになるのね。」 


   授業中にLINEが届く。


 空腹に素っ気ない返事がアクセントになって腹の虫が輪唱でもしている。 


 空に浮かぶ雲までがクロワッサンで、前の席の女子のペンや消しゴムまでが美味そうに見える。


「それにしても授業中、LINEはまずいですよ」

祖母ばあちゃんが検査入院だからね。晩ごはんは適当に勝手に食べてね」 


 必要最低限のメッセージは非情である。

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