忍者、捕獲
とても怖い夢を見た。
誰かに殺されたりとか、追い回されたりだとか、そういうシリアスなもんではなかったのだけど。
表面上は幸せに見えてその実とんでもなく恐ろしい夢だったんだ、と起きてからようやく気がついた形だ。
夢は、パッと見た限りではハーレムだった。
ヒーロー部のメンバー全員に囲まれていて、胸やけするようなイチャイチャをしていたら、遠くにレッカの姿が映って。
『そうか、そうか。つまりキミはそんなやつだったんだな、ポッキー』
待って誤解だエーミール。
侮蔑の眼差しを向けるれっちゃんは、本当にマジで信じられんぐらい心底俺を嫌悪した態度で、どこかへ消えてしまった。
そして俺は目覚めたのだ。
おはようございます、最悪な朝です。バッドモーニング。
「……くしゅんっ」
くしゃみ一つ。
ティッシュで鼻をかみ、俺は歩を進める。
今日は休日だ。バイトも部活も学業も、何もかも存在しない平和なお休みだ。
そんな日に限って嫌な夢を見てしまったのだからさぁ大変。心の平穏が乱されてしまった。今回はこういう悲しい結果で終わりですね……。
『えっ。コクの姿で出歩くの?』
今朝のマユの言葉を思い出た。
現在の俺はコクの姿に変身しており、目的もなく適当にショッピングモールでブラついている。
あの夢を見て少し、アポロの姿でいる事が怖くなってしまったのだ。
流石に部員みんなが俺を大好き、だなんて盛大な勘違いはしていないが、未来予測装置で個別ルートを体験した事も相まって、みんなとの接し方が──アポロとしての適切な距離感が判断できなくなっているような気がする。
「ゲームでも、買おうかな」
だからこうして、アポロとしての煩わしさが付いてこないコクに変身し、気分転換に出かけているわけだ。
服装はあの制服っぽいナニかではなく、太ももまで伸びている灰色のロングパーカーに、短いホットパンツ。
この組み合わせは角度次第じゃ『下に何も穿いてないんじゃね……?』と、アホな男子を惑わすことのできるファッションだ。マユちゃん直伝です。
女の子の恰好をして行動するのは、美少女ごっこ云々関係なく普通に楽しいからである。男子をからかいてぇ。
「──あれ、先輩」
急なエンカウント。
通りかかったホームセンターから出てきたのは、買い物袋を片手に携えた音無後輩だった。
クールな私服でカッコいいね。ロングブーツなんて高いもん持ってないわ俺。
「んっ」
「……あぁ、コクちゃんか。こんにちは」
「うん」
さっきくしゃみしちゃったので、否が応でもコクのフリをせざるを得ない状況になってしまっている。
『コクが嘘』だという事を知っているのは衣月とマユだけなのだ。
まあそもそもコクの姿だし、こっちの方が楽だからいいか。
アポロじゃなければ部員の女子たちとの距離感を考える必要もない。
「コクちゃん、お買い物?」
「理由なく歩いてる」
「そっか。……じゃ、私とちょっとデートしよ」
「わかった」
ッ!!!!?!?!??!?!??!
あぶねぇ! 変な声出る所だった!! 急にデートとか何ふざけた事をぬかしてやがるんだこの後輩!?
本当にギリギリだったぜ。コクとして完全にスイッチを切り替えてなかったら、危うく動揺してしまう所だった。やはり俺の特技は美少女ごっこだ。
「──あっ」
やべっ、急に鼻がムズムズしてきた。最悪なタイミングだ。
落ち着け、俺なら絶対に耐えられる。くしゃみなんか我慢できて当然の──
「へくちっ」
無理でした……。
めっちゃオシャレした女の子の姿をしたアポロとかいう、意味不明な存在を演じなければいけなくなっちゃったじゃん。面倒くせぇ……でも自業自得……。
「ぁ? ……ここ、どこだ」
「あら、変わっちゃった。こんにちは先輩」
「音無……? って、うわ! コクのままじゃん俺!」
ちょっとわざとらしい気もするが、とりあえず焦って多目的トイレに潜り込み、制服姿のアポロに変身をしてから彼女の元へと戻った。
れっちゃんならともかく、音無の前で『女姿のアポロ』をロールプレイする意味はない。
「わ、わるい音無。コクと何を話してたんだ?」
「いえ、別に」
彼女はどこ吹く風といった態度で、コクと交わしたデートという約束を、俺には秘密にしようとしている。どうして。
「じゃ、私かえりますね」
「えっ」
「何ですか?」
「ぁ、えっと、あの……」
ちょっと何で。コクなら良くて、俺とのデートはお断りってことなのか。待ってそれは悲しすぎる。
あのオタクの妄想みたいな夢を見たせいで勘違いしていたのかもしれないが、もしかして音無からの好感度って『ただの部活の先輩』程度の認識だったりします?
そんな……涙が止まらない……。
「先輩がなんとなく私たちを避けてたのは知ってます。理由も大方見当がついてますし……あれはこっちの不注意でした。ごめんなさい」
「ち、違うって。別にみんなの責任じゃ……」
「周囲の目も気になるでしょうし、早いとこ解散しましょ。このショッピングモールは人も多いですし……それじゃ」
まずい、音無が行ってしまう。
確かにさっきからチラチラと視線をぶつけてくる一般人はいるし、音無の言っていたことは間違いではない。
この前の一件で俺への扱いが多少まともになったとはいえ、それは学園の生徒や一部の市民に限った話であって、関わっていない街の住人からすれば俺はまだ何でもないただの男子生徒だ。
とはいえ。
いつまでも周囲に配慮して、俺の人生を送れないのは論外ではないだろうか。
上がった評判のおかげで多少は庇ってくれる人も出てきたし、心配しすぎてもしょうがない。
何よりこのまま音無を帰してしまったら、次に会ったときの雰囲気が芳しくないものになる気がする。
……色々と語ったが、つまりは彼女とデートがしたい。好感度を上げたい。
最近ずっと忙しかったし、なかなか話すことも出来なかったし、ヒーロー部の中で一番最初に俺の仲間になってくれた少女とのコミュニケーションは、既に俺の大事なルーティーンの一つとなっているのだ。
そろそろオトナシチャン成分を接種しておかないと、脳が崩壊してしまう。
「ま、待って、音無」
彼女の袖の裾を掴んで引き留めた。よくあるラブコメだったら、これをやる立場は逆な気がする。
いや、気にすることないか。どちらかと言えば俺が攻略されてしまっているんだから。チョロインのアポロです。
あっちが想像してる百億倍以上は音無のこと好きだからな俺。勝手に巻き込んでしまったのに、あんなに優しく献身的に支えられちゃったら、堕ちるに決まってるだろ。
こちとら手を握られただけで『コイツ俺のこと好きなんじゃね……?』と勘違いする普通の思春期男子なんだぞ? そんな相手に超至近距離で接したらどうなると思ってんだ。頼むから結婚してくれ。
「……どしたんですか」
「この後なにか、急ぎの用事でもあったりする……?」
「いえ、別に……ありませんけど」
突き放されると余計に恋しくなるのが人間というものだろう。
俺の頭には、もう彼女と過ごす今日一日の事しか頭に残っていなかった。
「デートしよう。俺と」
「……ふぇっ」
あっちからの好感度が低いのなら、やることは好感度上げ一択に決まっている。ここで手を引いたらみんな仲良しの通常エンド行きだ。それはヤバい。
今までの旅という、貴重な経験を無かった事にできるほど、俺は無欲な人間ではないのだ。欲望の化身グリードです。その欲望、解放しろ。
「あの、でも、みんな見てますし」
「関係ないよ。お前と一緒にいて、誰かに文句を言われる筋合いはない。勘違いする輩が出ないように、見せつけてやるくらいが丁度いいんだ」
うおおおキザなセリフを言えポッキー。どっちつかずな態度じゃ、変に言いくるめられて終わってしまうぞ。
一般市民に文句は言わせない。音無後輩との仲に限っては、誰よりも親密な関係を築いてきた自信があるんだ。ここに八つ当たりをぶつけてきやがるのなら上等だ、真正面から受けて立ってやる。
「あの旅の時みたいに、いっしょに過ごそう」
「……き、急にどうしちゃったんだろう、この人……」
ここは羞恥心を犠牲にしてでも、こっちが本気だという『覚悟』を示さなければいけないのだ。
『覚悟』とは!
「俺の忍者──なんだろ?」
「っ……! っ、なんで恥ずかしげもなく、そんな事が言えちゃうんですかね……ほんとにもう……」
俺のモノ、みたいなニュアンスで言ってやったわけだが、マジでセリフがあまりにもキザすぎて、そろそろ自分自身が耐えられなくなってきた。つらい。顔赤くなりすぎて燃焼しそう。
無理だ! あぁやっぱ上手いことを言うのはムリです。
「行こう」
続きは歩きながら考えよう──ということで、俺は彼女の手を引いて歩き始めた。
「……はい、先輩」
音無も俯きながらだが、了承して付いてきてくれた。まずは第一段階クリアといったところだろうか。
そこで一つ、ようやく気がついたことがあった。
俺はペンダントで男に戻ったので、私服ではなく学園の制服を身に付けた状態だ。
休日なのに制服。
オシャレをバッチリ決めてる女の子の真隣りで、なんと制服。
「あ、あのゴメン音無。俺、制服だった……」
「……相変わらず締まらないヒトですね」
ごっ、ごめんなさい!!!
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