普通ができない三人 1
「……わっ。……アレ、氷織センパイたちじゃないですか?」
デート(?)が始まって数分後。
妙に人だかりが多いと思いながらショッピングモール内を進んでいると、案の定ヒーロー部とエンカウントしてしまった。
場所はフードコート。
メンバー構成はレッカ・氷織・ヒカリの三人で、なにやらワチャワチャしている。
見つからないよう咄嗟に隠れてしまったが……なにやってんだアイツら。
「ほらコオリ。冷たい氷だよ~」
「ひぎゃあああああァァァァッ!!!」
「コオリさん!? お気を確かに!」
コンビニやスーパーで売っているロックアイスの袋からレッカが氷を一つ取り出し、氷織の顔に近づけている。
すると氷織はたちまち青ざめ、涙目になりながら無意識に反撃。
見事にレッカが氷漬けにされてしまった。かわいそう。
「あわわ、レッカさんが凍ってしまいましたわ……」
「僕なら大丈夫だよ」
「い、一瞬で溶けた……」
あの人たち往来で何やってんの……?
「ご、ごっ、ごめんねぇ……レッカくん……」
「もうっ、コオリさんったら。トラウマ克服の練習がしたいと言い出したのは貴女ですわよ」
「うぅ……冷たいものが、まだこんなに怖いなんて」
トラウマ、と言うとあれか。
確か氷織は俺と一緒に遭難した時、極寒の雪山で瀕死になりかけた影響から、寒い場所や冷たい物が苦手になってしまったんだったっけか。
氷魔法の使い手なのに、厄介なトラウマを抱えてしまったものだ。
「アポロ君と手を繋いでるときは、なんか平気なんだけどなぁ……」
「僕じゃダメかい?」
「えー。レッカ君だと緊張しちゃうし……」
「その様子だと別に緊張しそうにないと思うのですけど、コレ考えてるのわたくしだけです?」
トリオ漫才はなかなか終わる様子が見えない。ほんと仲いいわねアンタたち。
はたから見ればレッカがハーレムデートしてるように見えなくもないんだろうが、有名人すぎるのと相手が部活内メンバーというのもあって、もはや一周回って普通の光景だ。
もしあの立場が俺だったら周囲からの目も変わっていたのだろうが、既に愛されキャラと化した彼へ送るみんなの視線は、どれも生温かく優しいものであった。さすが勇者さまだ。
「……行くか」
「あ、はい」
彼らの日常を観察するのも楽しそうではあるが、今の俺はそれどころじゃないのだ。
自分の隣にはなんと女子がいる。
ハイパーかわいい後輩がいて、しかも童貞歴イコール年齢の俺からすれば信じられないような事実だが、手も繋いでしまっている。
ここまで露骨に好意を露わにしてデートへ誘った以上、呆けてなどいないでしっかりとエスコートをするべきだろう。
久しぶりに先輩らしいところを見せてやるぞ。
手を繋いだことで逆に緊張が加速しまくってるけど、俺ならできる俺ならやれる頑張れイケるぞアポロ・キィ。
とにかく学生らしい、身の丈にあった普通のデートをしよう──そう考えて一旦ショッピングモールを出たのだが。
「きゃあーっ! 急に雨降ってきたよ、お姉ちゃん!」
「フン、囀るな妹よ。我が力をその目に焼きつけるがいい。……てや~ッ!!」
「おぉー……お姉ちゃんの風魔法で雨どころか雨雲が吹っ飛んだ」
どうも今日の俺は、仲間たちとのエンカウント率が高すぎるらしい。
というかあの女勝手に天候を変えちゃってるけどセーフなのか。
「ふはは、唯我独尊」
「自分で言う事じゃなくない……? 武士が活躍する映画見たからって、お姉ちゃん影響受けすぎでしょ」
「囀るな妹よ」
「それ気に入ったんだね」
逃げよう逃げよう。
別に見られて困る事なんて何もしてないが、顔を合わせたら何かと面倒なことになりそうだ。特にあの戦国武将モードになってるカゼコとか、扱いが難しそうだし。
「……い、行くぞ」
「はーい」
と、そんな感じで面倒なイベントを避けながら街を移動し続ける俺たち。
……避けながら移動し続けているという事は、つまり行く先々で知り合いとの遭遇やイベントの発生などが起きているということなのだが、それでも挫けずに音無をエスコートする俺。
エスコートしたい俺。
したいのにできない俺。
動物園から逃げ出したライオンを追いかけるライ会長や、ジェットパックを身に付けてフハハーと空を飛んでいる親父。
突然現れた元死刑囚の敵キャラに加え、迷子の子供や大荷物を抱えた老人に、果てはコンビニ強盗にまでエンカウントしてしまい──それら全ての事件を解決していった。
「……う、うぅ」
泣きたい。
デートのデの字も見当たらない。何だよこの街物騒すぎるだろ、治安どうなってんだバカ野郎がよ。
俺はいままで自分に寄り添ってくれていた後輩に、なにか恩返しができたらと思って誘ったのに、どこに行ってもイベントに次ぐイベントが襲ってきて、肝心の音無ちゃんとのイベントを漏れなく潰してきやがる。ゆるせねえ……だれか助けて……。
これは罰か、それとも試練か。
美少女ごっこをしてきたからこそ、今のヒーロー部たちとの関係性を手に入れることが出来たのだから、男の姿で甘んじてデートなどしようものならそれ相応の対価としてイベントを消化しないといけないってのか。
──いや、違う。
そうだ、今までの事なんざ関係ねえ。知った事じゃないぞ。
俺は音無とデートがしたいんだ。
付き合ってすらいないのにデートとかよく考えたら意味不明だが、とにかく彼女の好感度を上げたいのだ。
何者にも邪魔はさせない。
今日は何があっても絶対に、音無からの評価を一ミリでも上げるんだ。
がんばれポッキー!
「そ、そうだ音無、もうお昼時だろ。ここら辺におすすめの店が──」
「キャアアアア!! ひったくりよォ! 誰か捕まえてェ~っ!!」
だああああああアアアあぁぁ゛ぁ゛!!!! クソがよォーッ!!!!!
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