市民のヒロイン 3
「う゛ぅ゛……」
「ギャアッハハハハハ!!!」
「あわわ……キィの顔がボコボコに……」
はい、滅茶苦茶にボコられました。流石に正義の秘密結社が目をつけた人物ってだけの事はあったようで、戦闘技術に関しては圧倒的にヤツが上だった。ちゅよい。
だが何とかギリギリ立てているし、何よりバリアの無効範囲も正確に割り出せた。
鼻とか完全に折れてるけどもう全身痛すぎて逆に気にならなくなっている。頭が冷静になってアドレナリンが切れる前に、早期の幕引きを図らねば。
「い゛っ……今から、テメーを再起不能に……する」
「ハァ? 何処をどう見たらンなことが出来ると思うんだ貴様。いい加減飽きたし、そろそろ顔面ごと頭蓋骨を粉砕してやるからな」
急にめっちゃ恐ろしい事をのたまっているが、どうやら俺には手加減をしていたらしく、痛めつけるのを楽しんでいたようだ。
それは好都合。
いい時間稼ぎになってくれた。お前が遠慮していてくれたおかげで、俺はお前に勝つことが出来る。
「っ来い……クソ外道。お前のガキ大将みたいなくだらねー暴れん坊人生に、ここで引導を渡してやる」
「~~ッ゛!!? 遂にイカレやがったかアポロ・キィ!」
指でクイクイと分かりやすい挑発をしてやれば、予想通りメリケン男は乗ってくれた。
突然怒ったり冷静になったりと、掴みどころのない奴だが、少なくとも気性が荒く短気なヤツだという確信はある。
「いいか! 最後は華々しく散ろうったってそうはいかねぇッ! 貴様のグチャグチャになった顔面はこの後、オレが『ハンバーグにして食っちまう』んだからな? 貴様の最後はオレのウンコだッ!! ウンコにしてやる!!」
こいつ食人趣味もあったのかよ、とことん救えない奴だな。あと排泄物の名前連呼しないで。
最初は俺の時間稼ぎに感づくなど、多少の冷静さは残っていたようだが、今は違う。
明らかに戦闘で疲弊しているし、もう戦闘を楽しむよりも終わらせたいという気持ちが先行していることは、先ほどのセリフからも明白だ。
冷静じゃないという事は、俺の行動も大して読もうとしない、ということだ。
「殴り飛ばしてやるッ! その顔面を叩き潰してやるッ! 死ねアポロ・キィ──ッ!!」
今のヤツには不意打ちが通じる。
その一度で、俺は勝てる。
逆に言えば外した場合は殺される事になるが、殺されそうになった経験なんて、死刑判決を受けたコイツよりも多いんだ。いまさら怯むなんてことはない。
覚悟はできている。頭の中で処刑用BGMが流れている。絶対に勝ってやる。
そして俺は壁に背を預け、奴のパンチが届くのを待った。
「オレのウンコになれッ! ウンコォォォォォォォォッ!!!」
拳が鼻尖に迫る。
瞬間、俺は首元のペンダントを握りしめた。
「あ゛ぁ゛ッ!! ──…………ぁっ?」
繰り出した剛腕の拳は、この俺に直撃することは無かった。
男のパンチは壁に激突した。
コンクリート製のビルの壁に、全力で拳をぶつけた。
メリケンサックが破壊され、右手の骨が砕け、肉が裂けて出血する程の威力で。
「……当たらなかったな。無駄だった。お前の『自慢の拳』は、残念なことに俺には届いていない」
「ッ!? なっ、なにィ──ッ!?」
本来なら俺の顔がある場所を殴りかかった。
奴の狙いは完璧だった。
だが当たる事は無かった。
「あっ、アポロ・キィの姿がッ! いつの間にか『見知らぬ少女』に変化しているッ!?」
メリケン男の拳が俺の顔面に到達する直前に、俺はペンダントを使って『コク』に変身したのだ。
だから、当たらなかった。
「この姿は男の俺よりも一頭身ほど背が低いからな。女になって急激に身長が縮んだ俺の顔面は『男だった俺の顔面を狙っていた』お前のパンチに当たる事は無かった。縮むことでその位置から俺の顔面がズレたからだ」
「ば、バカなっ、何だその意味不明な変身魔法は!?」
「そして──」
俺は右手を鉄砲の形に変え、拳が砕けて怯んでいるヤツの体に潜り込むようにして胸部の中心に、それをあてがった。
「ゼロ距離ならバリアは張れない」
「やっ、やめ──」
奴は最大限まで自分の近くにバリアを張る事が出来る。これまでの戦いでそれは突き止めた。
そしてバリアが張れない位置とは、メリケン男の素肌そのものだ。スーツの様に肉体を覆う形でバリアを張ることは出来ないのだ。
慈悲は無い。許しを請われてももう遅い。
許しならお前がこれまで傷つけてきた多くの人たちに請えと、そんな気持ちを込めて、一言。
「空気弾ッ!!」
強く言い放った数瞬後──戦いは終わっていた。
「……き、キィ? やった、のか……?」
奥からサイトウが恐る恐る近づいてくる。
心臓に空気弾をブチ込まれ、完全に戦闘不能になり俺のそばで沈黙する死刑囚を一瞥し、彼はすぐに俺の方へと首を向けた。
当然だ。困惑するのも無理はない。
「おまえ、その姿は……いったい……?」
何故なら、俺の姿はアポロ・キィではなく、全く見たことのない黒髪のロリっ娘になっていたのだから。
これ以上外部の人間には明かしたくない秘密だったが、この窮地を脱するためにはこうするしかなかった。
……とはいえ、どうしよう。
とりあえず意味深なことを言ってここを立ち去るのが先決か。俺のことは言いふらさないで貰えると助かるんだが。
「サイトウ君は、どっちが本当の姿だと思う?」
「えっ。……そ、それは」
風菜の時と同じやり口だ。芸がないと言われたらそれまでです。
「私は……いえ、俺たちはこの事を秘密にしている。でも、きみが知った秘密の行使は、きみ自身が決めるべき事。言いふらしても、かまわない」
「そっ、そんな事はしない! お前が秘密にしているのなら、なおさらだ!」
ふふふ、やはり。
だ、駄目だ、まだ笑うな……こらえるんだ。し、しかし……。
こういう時は『黙ってて』と言うのではなく、敢えて相手に秘密の公言を許可するものなのだ。そうすればこっちの意思を汲んで、逆に秘密の黙秘を約束してくれる。サイトウ君が良い子でよかった。
「グリントたちとの関係も、その……野暮だろ? 聞かないよ。でも、一つだけ……たった一つだけ、質問をさせて欲しい。
……お前は、何者なんだ?」
通りすがりの仮面ライダーだ、覚えてお……わっ、めっちゃ真顔。真剣な顔しすぎててふざけた事言えなかった。
茶化せないなコレ。全然そういう雰囲気じゃない。
仕方ないからこっちも多少はまともに応対しないと。
結論を誤魔化すにしても、ほんの少しだけ真面目に、だ。
真面目に、意味深に。
謎の美少女の雰囲気で。
「さぁ。言うなれば──市民のヒーロー……かな」
小さく微笑み、痛む肩を押さえながらその場を去っていった。
◆
翌日の朝。
久しぶりに少しだけ謎の美少女ごっこをできた気がして、俺は寝起きから気分が良かった。
怪我や歯のことは、人体を回復してくれるヒカリの光魔法で何とかなっている。流石にすべての青あざが消えることは無かったが、それらは時間の問題ということもあって気にしていない。身体に数か所湿布や包帯を巻いているくらいだ。
衣月をささっと小学校へ送り届け、相も変わらず隣を歩こうとするヒカリにはうまいこと他の女子生徒をあてがって躱し、俺は校門に到着した。
「おい、見ろよアイツ……」
「ヒーロー部の人たちに気に入られてるからって、調子乗ってる男子だ」
「同じ部活ってだけなのに……!」
ふっふっふ、美少女ごっこによってメンタルが回復した今の俺には、そよ風にも等しい罵倒だぜ。バリアー! 効きませェ~ンッ!!
「ポッキー……」
遠くかられっちゃんが不安げな表情で俺を見守っている。
隣に立つことで俺を守りたいのだろうが、それが根本的な解決にはならないという事を、彼は既に気がついている。
だが、いずれは我慢できなくなってこちらへ走って来るだろう。いつもの事だ。
極力周囲は気にしないように教室へ向かおう──そう思って歩き出した、そのとき。
「キィっ!」
後ろから男子の声が掛かってきた。
この学校にキィという苗字の生徒は俺しかいない。俺のことを呼んでいることは明白だ。
振り返ったところにいたのは、俺を必死に追いかけてきたのか、額に汗を滲ませたサイトウ君だった。
「サイトウ君、おはよう」
「えっ。ぁ、ああ。おはよう……って、それより!」
待って、サイトウ君ちょっと声がデカいわよ。
俺と仲良くしている風に見られたら、周囲から嫌われる可能性もあるので、なるべく手短に済ませてこの場を去ってほしい。彼の平穏な学園生活の為にも。
「お礼を言ってなかった。……本当にありがとう、キィ! マジに冗談抜きで命の恩人だ!」
「や、やめて、そんな大声で……」
恥ずかしいから勘弁してほしい。
さっきの数倍はみんながこっちを見ているぞ。ひぃぃ。
「放課後、また会えないか? 何か礼をさせてほしいんだ」
「そんなの別に……」
「頼むっ!」
「……わ、分かったよ。じゃあ、俺を手伝ってくれない? 放課後、街全体でゴミ拾いがあるんだ」
「了解だ! それじゃあまた放課後!」
風の様に走り去っていくサイトウ君。
なんだろうサイトウ君、いかにも普通の男子って見た目とは裏腹に、結構義理堅いというか……熱いヤツというか。
とにかく良い子だった。
これはアポロの評判を上げよう計画の、記念すべき第一歩なのではないだろうか。うへへ。
「おはー……あっ。あそこにいんのヒーロー部のキィじゃん。なんかあったの?」
「男子から命の恩人がどうとか言われてたけど……」
「はぇー。ヤバくね」
近くを女子生徒が通りかかった。何で俺の名前知ってるんだろう。ちょっと有名になってるのかな。
「そういえばアイツ、この前地区のマラソン大会で設営とか司会とかやってたよ。ウチ参加したから見かけたわ」
「えっ、ヒーロー部の人たちが来てたの?」
「別に? あいつ一人だったけど……」
地区のマラソン大会って、あの子供と元気な老人しか参加してなかったイベントか。景品はお菓子とかお米とかシェイバーとか、そんな感じだった気がする。
そう言えばあの女子もいたな。唯一と言っていい高校生だったから、よく目立ってたわ。
弟だか妹だかと一緒にのんびり走ってた覚えがある。こっちに手も振ってくれた。すき。
「……ご、ごっ、ご高齢の方と施設で触れ合うボランティアにも……き、キィ君、いた……よ」
さっきのギャルのそばに、前髪がめちゃめちゃ長くて挙動不審な女子が見えた。
対照的な二人ではあるがあの距離感の近さから見て、どうやら普段から一緒にいる友達ではあるらしい。
「ま? 何したん」
「くくっ、く、車椅子を押してお散歩したり……他にもいろいろ……」
「へー。忙しいね、あいつ」
あー、思い出した。あのボランティアか。
そういや俺の隣で車椅子を押してた変な女子もいたな。アレあの子だったのか。魔法学園の生徒が俺たちだけだったから、やけに注目を浴びてた。
「キィー、おはよ」
「ぉ、おっ、おはようございます、キィ君……」
「うぇっ……。お、おう。おはよう……?」
「何でビビってんの。ウケる」
さっきのギャルと根暗っぽい女の子が挨拶をしてくれた。怯んでしまったせいか陰キャ全開の返事をしてしまったが、特に気にする人じゃなくて助かった。
その女子たちを見送ると、そこでようやくレッカが駆け寄ってきてくれた。
しかし、何だかれっちゃんは笑顔だ。
「すごいよポッキー。僕たちよりずっと『市民のヒーロー』をしてるじゃないか」
「え、そっ、そう……? 照れる……」
それもこれも、大体の仕事を俺に回してくれたカゼコのおかげなんですけどね。
秘密なので黙っておくが、めっちゃ言いふらしたい。自分でアピールしたら白い目で見られるから言わないけど、本当はめっちゃ頑張りましたアピールをしたいよ、れっちゃん。
「き、キィのヤツって意外と、がんばってるんだな……」
「はぁ? あんなの点数稼ぎだろ。頑張りましたアピールだって」
ギクッ。
「でも実際に行動してるじゃん。それは事実だべ?」
「……そ、それはそうかもだけど……いや、でもさぁ」
少々訛りの入っている男の子が庇ってくれたおかげで、周囲からのピリついた視線も減ってくれたように思う。
まだ俺のことを信用しきれていない人たちも多いが、少なくとも『ちょっと良いことしてる男子生徒』程度の認識は広まってくれたようだ。
この人が集まりやすい校門で、今のやり取りがあったのはかなり大きいぞ。やったー!
「……ありがとな、コク」
「ポッキー?」
「コイツのおかげでもあるんだよ。……交代したら、れっちゃんも後で褒めてやってくれ」
「……うん。分かった」
ここでもう一人の美少女の事もアピールしてレッカからの好感度もアップだ。すごい、とても上手くいっている。
フハハハー! ……油断するとすぐにガバを発生させるのが俺だから、今日一日は帰るまで気を張って生活しよう。
がんばるぞ、えいえい、むんっ。
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