初心を忘れず 1
鬼の形相で追いかけてきたレッカを、なんとか振り切ってから二日後。
俺たちはとある片田舎の空き家で休憩をしていた。
追いかけられたあの時は、何故かライ会長が電撃魔法で横やりを入れてきたおかげで助かったのだが、やはり彼女の真意は読めない。
とりあえず俺たちはこの田舎の町で、改めて長旅をする準備を済ませることにした。
……あ、周囲の偵察に行ってた音無が帰ってきたな。
「ただいまッス。ひとまず敵影はありませんでし──」
ここで衣月がやりたがっていた『イタズラ』を発動だ。
「「せーの、いらっしゃ~い♡」」
玄関から入ってきた音無の両端から、女の俺と衣月が同時に、耳元へ向かって甘い声で囁いた。
「…………心臓が止まるかと思いました」
「いま音無、おどろいた。……紀依、イタズラは成功?」
「おうバッチリだ。イタズラを覚えたことで、更に世の中への見識が高まったな、衣月」
「うれしい」
やった~、と抑揚の無い棒読みで喜びながら、両手を挙げてポテポテと部屋の中を歩き回る衣月。
移動の際に邪魔になるかと思って結っておいた、白髪のポニーテールが上下に跳ねている。まるで無表情な顔の代わりに、感情の起伏を表現しているかのようだ。
「……ちょっと。先輩」
「な、何ですか」
後ろから袖を引かれた。心なしか声音が低い。
音無さん、もしかして怒ってらっしゃる……?
「衣月ちゃんに変なもの覚えさせんの、もしかして趣味なんすか?」
「そ、そうじゃなくてだな……衣月のやつ、これまでイタズラした事なかったらしいから……あっ、ほら、ちょっとした茶目っ気だよ。なっ、ゆるして♡」
「うわぁ……」
「何だよ」
「引くッス」
もはや俺の正体を知っている後輩に対しては、少女モードで媚びても無意味だという事が判明してしまった。かなしい。
ほぼ巻き込む形で半強制的に連れてきたわけだし、音無から見た俺への好感度、もしかしたらマイナスの方に振り切っている可能性もあるな。仲良くしたいところだ。
「それで先輩、これからどうするんですか。まだ神奈川っスよ」
「あー、今日と明日はこの田舎でのんびり準備するよ。衣月の体力も考えて、遅すぎず、急ぎ過ぎない程度で旅しようぜ」
「呑気だなぁ……」
張り詰めてたってしょうがないからな。俺や音無はともかく、衣月はまだ幼い。小5とはいえ研究所で拘束されていた分、精神の成長も遅れているんだ。
多少は衣月が楽しいと思えるような旅にしてやりたいと考えている。あいつが笑ってくれれば俺としてもメンタル的な意味で助かるしな。
「じゃあ俺昼と夜の分の飯、買ってくるわ。携帯食と移動手段の確保は明日で」
「移動手段って……車ですか?」
「それしかないだろ。運転した事ねぇけど、がんばる」
少ししかない胸を張って答える。免許は持ってないが、俺には両親に託されたハイテクなスマホがあるんだ。運転方法なんてググればちょちょいのちょいだぜ。後輩にカッコいい所みせてやる。
「そういう事ならウチが運転しますよ」
「えっ」
「ジェット機とかあまりにも特殊なヤツじゃなければ、大抵の乗り物は扱えるッス。車程度ならお手の物って感じで」
「なにそれ……」
後輩にカッコいいとこ見せられなかった。泣いた。
「え、なに、ハワイで親父に習ったとか?」
「ウチ、忍者なので。ふふん」
ニンジャすげぇ……。
まるでドヤ顔が気にならないくらい感心した。
「俺もなろうかな、ニンジャ。にんにん」
「あれ、もしかして馬鹿にしてます?」
「いやぁ流石だぜ。マフラーが異様にデカいだけの事はあるよな」
「マフラーの大きさは関係ないでしょ!」
そこまで寒い季節でもないのに、マフラーを常備しているヘンテコな後輩に留守を任せ、俺は隠れ家を後にした。
行ってきます。にんにん。
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