ロリと忍者とTSっ娘 2


 風呂と簡単な食事を終え、これからの逃亡生活に必要な物をかき集めた俺は、ひとまず白い少女を連れて地下へ避難した。


 机の引き出しから見つけたマニュアルのおかげで、ここから外へ出る道は事前に把握できている。

 しかし大雨に濡れて疲弊した彼女をこのまま連れ歩くワケにもいかないため、今日のところはこのまま地下で寝泊まりすることにした。

 上の階から地下へ降りる道は封鎖したものの、いつ追手が自宅を襲撃するかは分からない。明日の昼までにはここを出発しよう。

 というわけで、これからは長時間の間少女モードで外を歩かなければいけない。


「ハァ……どうすりゃいいんだ」


 ゆえに俺は変身時間をもっと長くするため、ペンダントの改造に着手していた。

 だが、当然ながら一朝一夕で出来るモンじゃない。

 最悪の場合は三時間の変身をうまいこと工夫しなければいけないことになるが……それ、かなり厳しいんだよなぁ。


「キィ。そこの回路、こっち」

「えっ?」


 机にパーツや工具を広げてペンダントを弄っていると、横からロリっ娘の手が伸びてきた。

 

「ここをこうしてこうやって」

「待て待て怪我するからやめとけって」

「できた」

「ウソだろ……」


 ものの数分でペンダントを弄り終わった彼女がそれを手渡してきた。

 まさか、と思いながらパソコンにそれを繋いで、変身可能時間をシミュレートしてみる。

 ……いやいや。そんなまさかね。


【女性フォーム持続時間:32時間】


 あらまぁ。


【インターバル:5分】


 俺や父さんの研究って何だったんだろう。


「なんてこった……問題が解決してしまった……」

「役に、たてた?」


 首をかしげながらこちらの様子を伺う白髪少女。

 なんてことない無表情だが、心なしか不安そうな雰囲気を感じ取れる。


 なるほど──と。

 俺はこの子が悪の組織に利用されていた理由を悟った。

 それと同時に、目の間にいるこの生き物が急激にかわいく思えてきて、思わず彼女を抱擁してしまった。


 ぎゅう~っ、と。


「お前~ッ!! てんっっっさいだなお前は~!!! 良い子だ!! めっちゃめちゃ役に立った! ありがとう!! これからは一生俺が守ってやるからな!!」

「ぅわっ」

「よぉ~しヨシヨシよし、いい子だなお前は。かわいいな。天才でかわいくてほっぺもプニプニとか、非の打ちどころが無いじゃねぇか。名実ともにお前が最強だ。よしよし、ぷにぷに」

「む、むぅ……」


 褒められ慣れていないのか、はたまた俺が人を褒め慣れていないのか、ともかく白髪少女は珍しく目を細めてなされるがままだ。撫でられてジッとするその姿は猫を彷彿とさせる。


「役に立てて、よかった」

「じゃあそんな優秀な子にはご褒美をあげよう。冷蔵庫にあるカスタードプリンを進呈します」

「いいの」

「おかわりもいいぞ!」

「……!」

「遠慮するな……たくさん食え……」

「あわわ」


 パタパタと足音を立てながら、隣の部屋の冷蔵庫へ急ぐ少女。

 現金な奴だと思われても構いやしない。

 両親に託された以上もともと守るつもりではあったが、さっきの事で俺自身にも彼女を守りきる理由が出来た。


 まぁ、友人をからかって遊んでいるような、クソみてぇな性格をしている俺が言えた義理ではないが。

 少なくともあんな小さくて純粋な少女を、天才という理由だけで人体実験をしているような研究所に閉じ込め、あまつさえ化け物染みた能力とかいうアタッチメントまで付与させようとしていた変態ロリコン集団に、あの子は任せられない。


「もぐもぐ」


 ベッドに座ってプリンを頬張る少女。既に一個目は完食している。食い意地が張っているところも、年相応で可愛らしいと思えた。アレが本来あの歳の、子供のあるべき姿だろう。


「……そういや遅くなったけど、一応自己紹介させてくれ」

「もぐ」

「俺はアポロ・キィ。母さんたちみたいに名前で呼んでくれていいからな」

「ごくん。……わかった、キィ」

「いや、だから名前……まぁいいか。で、きみの名前は?」


 少女が食べ終わったプリンの器を受け取り、ゴミ箱に投げ入れながら聞くと、彼女は俺の背に向かって答えた。


「コードネーム:純白。チエとユウキには、そのまま純白と呼ばれていた」


 予想通りというか、やっぱり単純な名前を与えられていたらしい。

 ていうか純白って俺の漆黒と対になってんな。こうなると俺がコイツをパクッてたってことになるのか。


「……で、本当の名前は?」

「えっ」


 彼女は研究室で誕生したのか、それとも何処かから攫われてきたのか。

 どうしてもその部分が気になっている。


「悪い、それより先に聞くべきだったな。何歳の頃からあの研究所にいた?」

「……九歳」


 今は十一だから、研究所にいた期間は二年。となると確実に誘拐されてきた子だ。俺の使命はこの子を親元へ帰らせる、というものになるわけだな。


「パパとママはどこら辺に住んでるんだ?」

「親は、いない。顔も知らない。ずっと児童養護施設にいた」

「……ごめんな」

「いい。聞かれるのは、慣れた」


 俺の使命がたった今打ち砕かれたわけだが、まだ聞いていないことがある。


「きみの名前は?」

「……純白」

「そうじゃない。あんな馬鹿どもに付けられた記号じゃなくて、きみの本当の名前を知りたいんだ」

「…………」


 彼女は下を向いたまま口を噤んでしまう。

 この光景を目にすれば、無理に聞くべきことじゃないと、普通の人ならそう言うだろう。

 だが、俺は違う。悪い意味で普通の人間ではない。

 いきなり赤の他人のズボンを脱がせようとするような、ある意味スゴイこの子の強さを信じている。

 これからの逃亡生活に何より必要なのは距離感だ。

 名前で呼び合うことは、その距離感を縮める第一歩だと思っている。レッカとだってそうだった。


 ベッドに腰かけている彼女の隣に座った。小さい声でも聴きとれるように。


「…………いつき」

「うん」

「イツキ……イツキ、フジミヤ」

「いい名前じゃないか」

「…………私は、藤宮、衣月……」


 昔を思い出したのか、二年間も本当の名前を呼ばれなかったからなのか、彼女の心情を読み取ることはできないが、イツキは──衣月は無表情のまま涙をこぼして泣いてしまった。


「よく頑張ったな、衣月。もう大丈夫だ」

「……うん」


 そんな弱々しく震える少女の肩をそっと抱いた。

 彼女がこの二年間で受けてきた仕打ちは察するに余りある。気休めの言葉より、今はそのまま受け止めてやる事が必要だと感じた。


「キィ……紀依きい……」

「おっと。……ん、よしよし」


 我慢できなくなったのか、衣月が名前を呼びながら正面から抱き着いてきた。それを受け止めつつ、とある事を考える。


 ここら辺の地域では、苗字は名前の後ろに来る。

 例で言うとアポロ・キィ。アポロが名でキィが姓だ。

 魔法が極端に発展した区域──特に世界から見ても屈指の魔法学園である、俺の在籍校が存在するこの大都市部などでは、魔法発祥の地に倣ってそのように名乗ることが世の通例となっている。


「藤宮衣月、か」


 しかしそうでない場所──特に魔法に乏しい辺鄙な田舎や貧困地域などでは、苗字が前に来るのが普通だ。タロウ・ヤマダは、山田太郎になる。

 元々は俺もそういった場所の出身だ。魔法学園に進学する二年ほど前に、この都市部へ越して来た。


 母は紀依千恵、父さんは紀依勇樹で、俺は紀依太陽アポロと呼ばれていた。太陽って書いてアポロって呼ぶのは、俗にいうキラキラネームってやつだったのかもしれない。両親は太陽神のように眩く、とかなんとか色々言っていたが、自分の名前の由来には別にそこまで興味もない。


 話が逸れた。

 つまるところ、衣月もそういった地域の出身ということだ。同郷の友というわけでもないが、彼女の気持ちは理解できる。

 そんな遠方の地から攫われてきて、訳も分からないまま別の名前を与えられて、いざそこから逃げ出してみれば、自分とは縁遠い魔法の溢れる世界だったわけだ。急に泣き出してしまうほど、精神的に張り詰めていた理由にも合点がいく。


「はぁ、酷い話だ」

「……紀依は、わたしを守ってくれる、の?」

「当たり前だろ。ていうかあんなクソ馬鹿ロリコン悪の組織サークル集団なんか、俺がぶっ潰してやる」

「……シリアスな雰囲気になると、紀依はカッコつける。覚えた」

「てめっ、真面目に言ってんだぞコラ!」


 コイツやっぱりメンタル面では強いのかもしれない。泣き止むのが早すぎるだろ。

 ていうか俺の事を紀依って呼ぶの、もしかしてアポロって名前が横文字っぽいからか? 元々住んでた場所的にも紀依のほうが呼びやすい的なアレか。


「でも苗字だと距離感じるだろ。特別にポッキーって呼んでいいぞ」

「……お菓子? へんなの」

「あ、やっぱそう思うよな。ポッキーって変なあだ名だよな」


 俺はアイツのことれっちゃんってありきりたりなニックネームで呼んでるのに、何で俺はポッキーになったんだろう。レッカのネーミングセンスは独特だ。

 まぁもう慣れたからいいけどね。割と好きだし。


 さておき、今日はもう寝ることにしよう。

 明日からはもっと忙しくなる。この状況からは逃げたくても逃げられないのに、変な奴らハンターから逃げ続ける逃走中生活だ。大変だぞマジで。


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