もっと謎の美少女ごっこがしたい!! 3

 


 レッカは眉を顰める。口元は笑っているが、何を言っているのか分からないといった表情だ。


「な……なに言ってるんだ? キミは、敵対するつもりはないって、そう言ってたじゃないか。それに僕の戦いを終わらせるって──」

「そう」


 少しだけ声を大きくして、彼の言葉を遮る。


「レッカの戦いを終わらせると、そう言った。そしてその通り、戦いは終わった」


 実際のところ、ヒーロー部としての戦いはほとんど終わっている。

 悪の組織だか何だかはやっつけてないが、それの相手は現在政府や警察が当たっていて、それが本来あるべき形だ。アレらを大人に任せることができた以上、彼の戦いはほぼ終わったと言っても過言ではない。


「おかげで未来は変わった」

「未来……?」


 ここからは、説教したあの日から長いこと考え続けてきた、コクの設定を披露する時間だ。


「私には断片的な未来が見える。眠っている途中、予知夢としてこれから起こる出来事を」

「……そんな、能力を」

「以前見えたのは、レッカと私が一緒に戦う夢。……敵の攻撃から私を庇って、あなたが死んでしまう未来」

「っ!?」


 どどん! 衝撃の展開。まぁそんな夢は見てないんですけどね。

 主人公補正バリバリのレッカが死ぬわけない。


「だから私は、あなたが戦う事をやめれば、あなたは死なないと考えた。私のせいで誰かが死ぬのは、見過ごせないから」

「……けど、きみは未来が変わったと言った。その予知夢から何が変わったんだ」


 ──だが、仲間入りをしていない、謎のヒロインなら果たしてどうかな。



「私が、あなたに殺される未来」



 その言葉の後、俺と彼の間に静寂が流れる。

 レッカは動揺のあまり声が出ず、手に握っていた傘が傾いた。


「……どう、いう」

「そのままの意味。断片的にその瞬間しか見れなかったから、経緯は知らない。でもこのままあなたの近くに居たら、私はいずれあなたに殺される」

「ばっ、馬鹿なこと言うなよ! そんなことするわけないだろ!? だいたい理由がないじゃないか!」

「知らない。ただ、私が見た未来は、私自身が必要以上に変えようとしない限り、絶対に変わらない」


 もちろんレッカが俺に手を出す理由なんざコレっぽっちも存在しない。だからこそ、めちゃめちゃに焦るのだ。焦らせてごめんな。楽しくて……。


「僕は……ボクはきみのことを、大切な友人だと思ってる。アポロとの蟠りを無くしてくれた恩人に、手をかけるワケがない」

「友人になった覚えはない。あなたの事も大切だとは思っていない」

「っ……」

 

 悔しいだろ。今まで出会った仲間の少女たちは、例外なく全員攻略してきたもんな。この学園に来て主人公になってから、ここまで女の子に拒絶されたのは初めてに違いない。

 でもレッカに嫌いって直接言うのは、やっぱ心が痛いな。

 ……うぅ、気をしっかり持て。妥協するなよアポロ・キィ。

 お前は人を弄んで遊ぶ悪役なんだ。コクという存在に敬意を払うなら、しっかりと悪の意思を保て。


「アポロ・キィの事を持ち出してあなたを焚きつけたのも、未来で私が人殺しにならないため。庇ったあなたが死ぬことで、周囲の人間から私の責任だと揶揄されるのを、避けるため。何もかも自分の為にやっていた。何一つ、あなたのために行動した事などない」


 場面によってはツンデレにも聞こえるセリフだが、今この状況なら無情な現実を突き付けるシリアスなセリフになってくれる。お前の為じゃない、っていうセリフ、意外と汎用性があるな。

 ……ていうか濡れすぎて寒くなってきた。


「私は殺されたくない。だからここを去る。私がいなくなればレッカは清廉潔白な英雄のままでいられる。止める理由なんてないはず」

「でも!」


 雨脚が強まる。

 彼が差している傘の雨粒を跳ね返す音が大きくなった。

 魚でも跳ねているのかと錯覚するほどに、びしゃびしゃ、ばしゃばしゃ、水を通さない布を雨が叩き続ける。


「あなたといた日々は、常に心が休まらなかった」

「……ッ」


 レッカは何かを言おうとしたが、混乱していて言葉が出ず、押し黙ってしまった。

 では、そろそろこの場を離れるとするか。

 最後にヒロインっぽいことを口にして。

 

「でも、屋上で話したあのとき。……お昼ご飯に誘ってくれたのは、少しだけ嬉しかった」

「っ! ……こ、コク……ぼくは」

「さよなら」

「あっ。まっ──」



「待つんだ、コク!!」



 うえぇっ。なんだなんだ。レッカじゃない別の声だ。

 風の魔法で飛んでいこうと思った矢先に、第三者に呼び止められてしまった。

 思わず固まった。


「……?」


 レッカの後ろの方からだ。

 目を向けると、そこには傘も差していない、息も絶え絶えの状態な、ずぶ濡れのライ会長が立っていた。


「……ライ、会長」

「っ! ふふ、わたしの名前を憶えててくれたんだな、コク。うれしいよ」

「先輩! どうしてここに……」

「レッカ、きみは知らないな。……その子の、正体を」


 エエエエェェッェェッ!!!!?

 ばばっば、ばばっ!!

 いいいつの間にバレたぁ!? そんなボロ出してた?!

 や、やっぱり仮病で休んだのは浅はかだったのかッ!!


「……二ヵ月と少し前のことだ。悪の組織の研究所から、とある実験体が組織を裏切った研究者によって、外へ連れ出されたという情報が入った」


 …………んっ?


「実験体の能力はまだ開発段階だが、完成すれば最強の……それこそ、世界そのものを破滅させられるようなモノらしい。それを危惧した研究者が"彼女"を連れ出したんだ」


 ちょ、ちょっと待って。

 なんか急にまったく知らない話をされてるんだけど、なに?


「名前までは情報には載っていなかったが……」

「せ、先輩、まさか……」

「……コク。その実験体が、キミなんだな?」



 ……………………そ、そうゆうことに、しとこっかな~。



「好きに考えてくれて、かまわない」

「ちょ、待てよコク!」


 その答えに反応したのは、意外にもレッカ。

 だがこれ以上の応対は、頭がパンクするから無しだぜ……!

 風魔法を使い、俺は宙に浮いた。


「ライ会長」

「……なにかな」

「結局お茶ができなくて、ごめんなさいと、ヒカリに伝えておいてもらえますか」

「っ。……あぁ、わかった」

「ちょっと先輩!?」


 どんな考えがあるのかは分からないが、ライ会長は俺を止めようとはしない。

 その様子に困惑したレッカがこちらに手を伸ばす頃には、彼が届かないくらい高く飛んでいた。


「レッカ。改めて──さよなら」

「待てって! コクっ!!」


 ヒロインに追いすがる主人公くんを振り切って、なんとか俺はその場を離れることができたのだった。

 はてさて、これからコクをどう動かそうかな。





 ──その、数分後。


「…………」

「…………」


 俺の家の前には、びしょ濡れのまま体育座りしている、見知らぬ白髪の少女がいた。

 男に戻っている俺に見下ろされている、その髪がとても長い少女は、茫々とした黄金色の瞳でこちらを見つめている。



 ……いや、分かっている。

 さっきの会長の発言からして、確かにフラグは立っていた。

 不意に現れてもおかしい話ではない。このスピード感はギャグでしかないが。


 しかし、俺は決して主人公ではない。なりたくもない。

 別にヒロインとかいらんし、そもそも無表情系の謎の美少女はこの俺だ。同じ属性の被っている輩が現れてしまったら、キャラがパンクを起こして大変なことになる。



 ゆえにこういう時は、警察に通報だ。

 似たようなヒロインなどいらない。こいつは主人公であるレッカにも任せず、国を守るお巡りさんの元で安全に保護してもらおう。当たり前だよな?


「……んっ」

「あ? な、なに……スマホ?」


 無口な金眼白髪少女が、懐からスマホの様な何かを取り出して手渡してきた。なんか妙に近未来的なデザインだ。


「何だってんだよ……」


 とりあえずそのハイテクスマホ(仮)をタップして起動すると──



『あぁ! 無事に帰ったなアポロ! よかった、繋がったよ母さん!!』



 …………二ヵ月前に海外赴任で飛んだはずの両親が、画面に映りました。

 それに加えて二人とも白衣姿という、とても懐かしい恰好をしている。


「……あの、えと。……その、な、なに? これ……」

『詳細は追って説明する! 今はそのスマホを渡した少女を、自宅の中に匿うんだ!』

「え、嫌なんだけど。警察に通報するね?」

『だっ、ダメだ! 警察の上層部に一人だけ組織のスパイが紛れ込んでいる! 証拠をつかんでヤツを引きずり下ろすまで警察には頼れないんだ!』

「うるせえバーカッ!!」

『エェッ!?』


 うっせぇ。うっせぇ死ぬほどうっせぇわ。


『あ、アポロにおこられた……どうしてぇ……』

『しっかりしてあなた。あれが普通の反応よ』


 ほんとっ、もう……マジで──あのさァ!?

 いいよいいよ? 百歩譲って俺に海外赴任って嘘をついて、怪しげな研究所からいかにも隠しヒロインっぽいロリっ娘を助け出したのは、別に悪い事じゃないよ。すごーいウチの両親って裏で世界を守ってたんだ~って感心するだけだったからさ。賛美すらする。


 でも俺がヒロインとしてその設定をかすめ取った数分後に、本物をよりにもよって俺に任せるのマジで何なんだよ。レッカにしとけや。アイツならこのロリも攻略してハーレムにするし、なんならそのまま世界も救っちゃうからさ。


 あ、そうじゃん。今からコイツのことレッカに任せよう。


 もうコクの設定が矛盾するとか知らん。悪の組織から狙われてるような、典型的なロリっ娘ヒロインなんか匿えるか。やらねぇよ。おれ主人公じゃなくてヒロインがやりたかったんだよもうホントこいつが現れたせいで美少女ごっこも終わりだよクソぁ!!


『電話代わってあなた。……もしもし、アポロ』

「あぁ母さん。この子は頼れる俺の親友に任せるから、心配しないで」

『ごめんなさい。情報が拡散されてしまうから、それは無理だわ。尾行されてる可能性もあるから、あなたも早くその子を連れて、安全な地下室へ避難して。地下から安全な場所まで抜ける道は用意されてるから』


 あれ、もしかして母さんも無茶ぶりするタイプ?


『それから外に出るときは、ペンダントを使って女の子になっていた方がいい。私たちの資料からアポロの顔もバレてしまっている』

「なにしてくれてんの?」

『貴方が女の子に変身する機械を熟知してくれていて助かったわ。……きっと近いうちに悪の組織とは決着が付く。そうなればまた家族三人、平和に暮らすことができるわ。お願い、がんばって』


 シリアスそうな声音で言われても困りま~す。何で俺が……泣きそう……。


『母さん! 追手が来た!』

『くっ、追いつかれたか……ごめんなさいアポロ、もう切るから! 私もお父さんもあなたを愛してるわ! それじゃね!』

「おいおいおーい!」


 いやもうほんとバカ。何がバカって展開のスピードがバカ。

 だって十分くらい前に『……さよなら』って、ヒロイン面して主人公に別れを告げたばっかりなんだぞ。何で別の意味で物語の中心にされてんだよ。黒幕から被害者に変わっちゃったよチクショウ。


「……へっぷし!」


 うーん、かわいいくしゃみだね♡ それレッカの前でやれば守ってくれるよ。俺がやりたかったくしゃみだよ。


「……ごめんなさい」

「あぁもう分かったよごめん、ウチ入ろう。かわいそうなムーブしないでくれ頼むから」

「むーぶ……?」


 ロリっ娘を持ち上げて帰宅する。そして俺の心は泣いていた。



 ……あああああああぁぁぁ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!! 

 

 レッカが主人公でぇ! コクがヒロインじゃなかったんですかァ!?


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