おともだち 2
僕はすぐに気がついた。
ほんの少し、僅かにだが──彼女の声が震えていることに。
「物語の主人公のように、誠実で、優しくて、強い事を知っている。だからこそ、強いからこそ、あなたは人一倍傷を負って、それを我慢出来てしまうのだと、私は知っている」
どうしてそんなことを、とか。
余計なお世話だ、とか。
反駁したい気持ちは確かにあるのに、僕は口を挟めずにいた。
相手は得体のしれない存在なのに。まるで自分の事を理解しているような、普通だったら癪に障るような言葉を口にされているというのに。
静かな彼女の内に、僅かな燻りを見た。
いや。
これは──怒り、だろうか。
「自分の命を顧みない姿勢は、素晴らしいと思う。自己犠牲の精神が、ヒーローの本質だということも、理解している」
でも、と。
「あなたに傷ついて欲しくないと願う人も、いる。自らの命も勘定に入れて欲しいと、戦い続けることだけが人の為になるわけではないと、そう考える人も……確かに、いる。多くの人間を救ってきたあなたは、覚えてないかもしれないけれど」
「……そんな、人が……?」
呆気にとられてしまった。周囲には、僕の戦いを応援してくれる人たちしかいないのだから。
僕が戦うのは当たり前のことだ。かつて世界を救った勇者の血統を受け継ぎ、ヒーロー部として戦えない人々に代わって悪を討つのが、僕の存在理由なのだといっても過言ではない。
確かに入学したばかりの頃は自分の事ばかり考えていたが、この学園で出会った少女たちと様々な世界を目にして、僕にしかできないことをやっと理解することができたんだ。
「……でも僕は戦うよ。きっと人々の為に戦うことが、僕が勇者の血を受け継いで生まれた意味なんだ」
「…………はぁ。勇者とか、ヒーローとか、そういうの関係ない」
「こ、コク? ちょ、ちょっと……」
珍しくため息を吐いたと思ったら、彼女は立ち上がりテーブルを跨いで、僕の目の前に移動した。
何事かと思った次の瞬間──僕はほっぺをつねられた。
「い
「レッカ・ファイアは十六歳の男子高校生。昔ながらのご大層な肩書きを並べて勇ましく戦う勇者じゃなくて、魔法学園に通う普通の少年。……違うの?」
「うぅ、いてて……。ぃ、いや、違わないとは思うけどさ……」
頬から手を離したコクは、また元のポジションに戻って座り込んでいる。いったい何だったんだ今のは。
「使命に突き動かされて、命を投げ出してまで戦うとか、そういうの古い」
「ふ、古い……?」
これもしかして、僕は説教を受けてるのか?
自分よりも頭一つ小さい女の子に……。
「もしレッカが悪との戦いで死んだとして、悲しむ人はいると思う?」
「そりゃ、いるにはいるんじゃないかな……いや、でも」
「はい、ザコ」
ざ、雑魚!?
「そこで開き直るのがもうダメ。古すぎ。縄文時代。自分が死んだとしても、じゃなくて残された側のことをもっと考えて行動するのが、
「と、トレンドって……」
もしかしたら僕はひどい勘違いをしていたのかもしれない。
コクは浮世離れした謎の少女というより、現代の知識が豊富なイマドキの女の子だという可能性が浮上してきた。
まさか、これまでに助けてきた大勢の人々のなかに、この子もいたのか……?
「私じゃなくて、あなたの友達の事を、もっと考えて」
「なにを言うんだ。自分の友達のことなんて、僕が一番ちゃんと考えてるに決まってるじゃないか。どんなことがあっても僕が守る」
「ナチュラルに”守る”とか言っちゃう、そういう上から目線、キモい」
「き、きもい……」
彼女、意外と毒舌……?
すごい物静かで自主性が希薄な子だと思ってたんだけど、それこそ勘違いだったのかもしれない。
彼女の中には真っすぐな芯がある。それを肌で感じ取れた。
「友達っていうのは、対等なもの。何でもかんでも遠ざけて、過剰に守られるだけの方の気持ち、考えてみた事あるの」
「……だ、だって、友達には傷ついて欲しくないし……」
「相手もそう思ってるかもしれないのに、それは無視するんだ。何も相談しないで『おまえは関係ない』の一点張りで、協力の提案だって拒否して、戦闘の翌日には傷だらけで登校して、何を聞いても『心配しないでいい』としか言わない。お前いつか死ぬぞ」
あ、あれ、コクの語気が荒い。
「……レッカの言うその友達って、本当に友達? あなたにとって都合のいい”日常の象徴”にしてるだけなんじゃないの」
「なっ! 知ったようなこと言うなよ! あいつは……アポロは強くないんだ! 弱いしポンコツなの! 戦場に連れて行ったら死ぬに決まってるだろ!」
「んだとテメェッ!!」
「えぇっ!?」
なぜか本人でもないのにキレられた。
すごい理不尽なはずなのにめちゃめちゃ怖かった。
「……って、きっとその友達も怒ると思う。だいたい、その友達の強さとかまともに知らないでしょ。あなた女の子たちとの修行はしたのに、友達との特訓とかは付き合ってあげたの?」
「い、いや、危ないからやめようって言って、魔法の特訓はさせなかった……」
「チッ、過保護がよ」
「……キャラ変わってない?」
この子本当に二重人格だったりする? 普段の印象と全く違うんだけど……。
「一緒に特訓したら強くなれるかもしれない。レッカが思うほど弱い人間じゃないかもしれないでしょ。それを脆弱だと決めつけて、自分から遠ざけといて『守らないといけない友達』って、勝手すぎると思わないの」
「……何でそんな事をキミに言われないといけないんだ」
「私、その友達のこと知ってるから。彼の気持ちを代弁しています」
まさか協力者であるアポロと僕の関係を知っているのか?
謎に満ちた彼女なら知っていてもおかしくは無いだろうが、まさかここまで言われてしまうとは思わなかった。
……でも。
確かにアポロの気持ち、考えた事なかったな。
守るのが正しいとかそう思ってたわけじゃなくて、ただそうするべきだと思って、ずっとそうしてきた。
思考停止もいいところだ。
僕だって最初は弱かった。アポロと二人で、クラス内の魔法の成績は、下から数えた方が早かったくらいだ。
強くなれたのは、入学式の日に出会ったコオリと一緒に、ヒーロー部で鍛えたからだ。そのおかげで炎の力に覚醒して、今の能力を手に入れることができた。
自惚れではなく、アポロは僕の力になりたいと考えてくれた。ずっと前から態度で分かっていたのに、それを拒絶して彼の戦う力を得る機会を奪っていたんだ。
最初は弱いだけで、現在の自分のように強くなれるかもしれないのに。
──いや、そう考えると、大概だ。
よく僕の事をバカにするけれど、アポロだって大概お人好しじゃないか。
いつもいつも僕の事を心配して、どうにかしようとして。力の差は歴然なのに。……普通なら、戦いなんて自分に関係ないって、守られることに慣れてしまうはずなのに。
……心配しすぎでしょ、あほ。
「ごめんコク、ちょっと行ってくる」
「どちらへ」
「アポロのとこ。たぶんいつものスーパーだろうから」
「右手を心配して、助けに行くの?」
「いいや、見ず知らずの女の子に自宅の留守を任せた、あのバカを叱りにいく」
「そう。いってらっしゃい」
言うが早いか、僕は玄関で靴を履いてさっさと家を出ていった。
コクの事は、今はいい。
本気で怒ってくれたあの態度から、少なくとも敵ではないことは判断できたから。
詳しい話ははぐらかされてしまったけど、アポロの家にいるなら事情を聞く機会はいくらでもあるんだ。
今はまず、親友に一言謝りたい。
そして右手が完治したら、とことん頼ってやろう。僕の手伝いをすることがどれほど大変なことなのかを思い知らせてやる。
守るだけの存在じゃない。
打ち明けて、相談して──本当の友達になりたい。
ただそれだけの気持ちを抱えて、僕は夕焼けが照らす住宅街を駆け抜けるのであった。
◆
(変身解いて着替えたら、偶然を装ってレッカと合流しよ……)
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