あくじの代償



 どうも、TSして友人をからかっている悪いヤツです。


 私事で恐縮ですが、先日病院へ行ったところ、右手首がバリバリに骨折していることが判明いたしました。遂に天罰が下ってしまった。

 大いなる力には大いなる責任が伴う、という言葉もあるように、出しゃばって子供を庇った結果、手首の骨にヒビが入ったのも、全てはヒロインごっこをしようとした俺自身の責任だ。

 普段から皆を引っ搔き回していることを深く反省しつつ、少しの間はこの罰を受け入れて大人しくしよう。


「……不便だな」


 とあるバス停のベンチに座りながら、ため息交じりに呟いた。

 現在は登校中。

 いつもであれば、どんな作戦を決行しようか思案しているところなのだが、今日は見ての通りそんな余裕もなくて。

 右手に固定サポーターを装着したままの生活は、現在親が家にいない俺からすると、想像を絶するほどに厳しいものであった。コレで一人暮らしはマジでやばい。

 あれからたった二日しか経っていないというのに、洗濯物も洗い物も溜まりっぱなしだ。片手じゃなんもできん。


「ぁ、バス来た」


 迎えが来たので立ち上がる。

 鞄を持ち上げて乗車し、入り口で定期を使おうとして──落としてしまった。あわわ。


「ご、ごめんなさい……」


 俺の後に乗ろうとしている人に迷惑がかかってしまう事を恐れ、謝りながら定期を拾おうとすると、既に乗車していた誰かがそれを取って、ついでにそのまま読み込ませて鞄まで拾ってくれた。


「すみません、助かりました」

「いいえ。こちらにどうぞ」


 更にはほぼ満員だというのに席まで譲ってくれた。あまりにも優しすぎる。おそらく前世はマザー・テレサだろう。

 ……って。


「グリント……さん?」

「おはようございます、キィさん」


 朝っぱらから女神みたいな慈愛ムーブをかまして来た人物の正体は、少し前にコクおれをお茶会に誘ってくれた、ハーレムメンバーの内の一人。


 ヒカリ・グリントであった。

 もっとわかりやすく言うと、金髪縦ロールのお嬢様だ。


 みんなはこの子の事を基本的にヒカリという名前の方で呼ぶのだが、俺個人としては彼女とそこまで親しくないため、あまり聞き慣れない苗字の方で呼んでいるのだ。

 それは彼女も同じようで、俺をアポロではなく苗字のキィで覚えている。というか俺を知るきっかけになったレッカは、俺のことをポッキーとしか呼ばないから、もしかしたらヒカリは俺のファーストネームを知らない可能性すらある。


「怪人に遭遇してお怪我をされたと、レッカ様から聞きました。災難でしたわね」

「命があるだけマシだって。毎回危険な戦いに巻き込まれているグリントさんのほうが、よっぽど大変でしょ」

「ふふっ……お優しいのですね、キィさんは。でも心配は無用ですわよ? あれはワタクシが好きでやっている事ですから」


 聖母を思わせるような彼女の温かい微笑みを前にして、思春期の男子でしかない俺は少しだけ顔が熱くなり、目をそらしてしまう。

 俺と彼女は、いわゆる友達の友達でしかないのだ。

 そんな俺を迷うことなく助けてくれるなんて、さすがは市民のヒーロー部。ある意味で見境がない。


「あの、カバン自分で持つから大丈夫だよ」

「いえいえ、教室まで持ちますよ。同じクラスなんですし、そもそも怪我人なんですからもっと頼ってくださいな」

「えっ。いや、えと……ぅ、うん。ありがとう」

「どういたしまして」


 レッカのヒロインたちは、このようにみんな基本的には善性の塊であるため、困っていれば手を差し伸べてくれるいい子たちだ。

 こんなん一般の男子生徒は優しさで勘違いして当たり前だし、露骨に彼女たちから好かれているレッカが嫉妬の視線を向けられるのは、当然と言えば当然だ。ハーレムを持つ代償ってやつだな。ほんとお疲れ様です。

 

「……あら。到着したみたいですね。行きましょうか」

「ちょ、あの。定期くらいは自分でやるから!」

 

 ヒカリのコレはもはや介護の域だ。

 まぁ元を辿れば、メンバーの中でも最もお人好しであるレッカの影響なんだろうけど。道案内や横断歩道で老人の手伝いをするとかいう、お前もう逆に仕込んでんじゃねぇのかってくらいベタな理由で遅刻するの、この世でアイツだけだからな。


「そういえばキィさんはレッカ様を頼られないのですか? お友達なのでしょ」

「家の方向が全然違うし、いつも大変そうなアイツに頼るのは……こう、気が引けるっていうかさ」

「……でしたら治るまでの間、ワタクシが諸々をお手伝いいたしますわ!」


 何でそうなるんだよ。お前もしかして俺のことが好きなのか?


「……グリントさん、俺に何か聞きたいことでもあんの?」

「ギクッ!」


 擬音を口に出して驚くお嬢さま、とてもあざとい。しかしかわいい。


「……そ、その、キィさんはコクさんのお知り合いだと耳にしまして」

「知り合いっていうと、確かにそうではあるけど……」


 これはレッカにも話したことだが、俺とコクが知り合い──という設定を少し前にバラしておいた。

 しかし最初から面識があったことにすると、俺がコクを知らなかった事実で矛盾が生じてしまうため、新しく知り合いになったという設定で通した。


 それなりに名前と顔が知られてしまっているヒーロー部に代わって、悪の組織や能力者テロ集団などの情報を秘密裏に集める諜報員、という新しい設定を、まず俺が担当して。

 コクはその集めた情報を俺から受け取り、対価として彼女しか知らない情報を俺に共有させる──つまり一時的な協力者という関係性をでっち上げて、それをレッカに伝えたわけだ。


 まず俺自身が危険な諜報員になる事を、レッカが猛反対してきたことが少し意外だった。

 それに関しては……なんか、こう、あいつがマジで怒ってたので、本当に申し訳ないとは思ってる。もう少し設定を捻っておくべきだったかもしれない。ごめんね。


 しかしもうコクとは契約を結んでしまっている、という事情でなんとか納得してもらい、レッカがコクの事を知るチャンスだと説得した結果なんとか俺とコクの関係を作り上げることができたワケだ。

 

 だが、俺とコクはネットを通じて情報を共有しているだけであり、直接会ったことは一度しかなく本当にただの一時的な協力者でしかないことは、しっかりとレッカに伝えておいた。関係が深すぎるとコクが俺のヒロインになってしまうから、気をつけないといけないのだ。俺自身はあくまで友人キャラを保つ。

 『なにやら事情を抱えているようだけど、あの少女を何とかできるのはお前しかいない』という趣旨の言葉をレッカに言ってやったことで、コクの相手はあくまでレッカだと強調することができた。それによってアイツもしっかりそう認識してくれたはずだ。

 

 ……なので、ただの協力者でしかない俺は、設定上コクの居場所など知る由もないのだが──


「あのっ、ワタクシ本当にコクさんに謝罪したいのです! そして改めて彼女とお茶をして、親睦を深めたい!」


 とのことで、このヒカリの提案に少々困らされている。

 正直に言うと意外だった。

 あんなどこぞの馬の骨とも分からない、ヒロイン面した無口っ娘の事なんて嫌いになっていると思っていた。

 恋敵とか、むしろ妬ましいライバル的な認識だと考えていたのだが……この様子を見るに、それこそ俺の勘違いだったようだ。


 俺は穿った見方をしていたせいで歪んだ認識になっていたらしい。ヒーロー部の少女たちはみんな普通にいい子だった。何かゴメンね。


「あぁー……うん、わかった。一応会える機会がないか、今日のうちに聞いておくよ」

「本当ですか! ありがとうございます、キィさん!」

「いいってことよ」


 でもテンション上がったからって、そんな簡単に男子の手を握るのはやめてくださいね。勘違いを誘発させちゃうからね。

 あぁ、ヒカリの明るさに負けて、ありもしない約束をしてしまった。コレはまずい。こういう風に場の雰囲気に流されちゃうのが僕の悪いクセ。


 どうしたもんか。

 別に変身しても都合よく怪我が治るわけじゃないし、会ったとしても俺と同じ箇所にギプスを装着していたら、流石に怪しまれそうなんだよな。

 ……変身するとき外すか? サポーター……。だいじょぶかなぁ……。


「──あっ。おーいポッキー!」

「あら。校門付近にいらっしゃるの、レッカ様ではなくて?」

「うぇ? ……おぉ、確かにれっちゃんだな。待っててくれたのか」


 バス停近くの横断歩道の先。

 担当の教員が生徒たちに挨拶をしている校門の横で、レッカがこちらに手を振っている。

 家事の手伝いなんかしなくていい、とか迎えもいらない、など色々とあらかじめ伝えておいたのだが、結局あぁして俺の事を心配して待ってくれていたらしい。

 骨折は諜報員としての仕事で負った怪我ではなく、あくまで戦闘に巻き込まれただけ──って言ったんだけどな。もう諜報員なんかやめろってメッセージばっか通知に来てたわ。


 ……心配しすぎだろ、あほ。


「おはよ。ぁ、ヒカリがポッキーの荷物を持っててくれたんだね。代わるよ」

「ごきげんよう、レッカ様。これはワタクシが任された任務ですから、お構いなく」

「あははっ、ヒカリは真面目だね。でもほら、遠慮なんてしないでいいから」

「オホホ、受け持った使命は必ずやり遂げるのがグリント家のポリシーですので」

「何で俺のカバン取り合ってんの……?」


 怪我人に対する優しさとかで競ってたりするのかなコイツら。

 てか校門前でそういうことされるの、普通に恥ずかしいからやめて欲しいのだが。


「俺さきに行くから……」

「まってよポッキー、片手じゃ履き替えるの大変だろ」

「ワタクシがスリッパをご用意いたしますわ」

「いや僕がやるから」

「何かおっしゃいましたか?」


 お前らそこらへんで終わりにしとけよ。

 手首の骨折如きでこのレベルの介護はちょっとやり過ぎだからな。

 なんなら俺ちょっと情けなくなってきてるからな。ホントに。


 ……まぁ、でもこれくらい心配されるんだったら、あの時無茶して子供を助けた甲斐も、少しはあったかもしれない。少しばかり鬱陶しいレベルだけど。


「スリッパはヒカリに任せるよ。その間僕がカバンを持つね」

「持ったままできますので心配には及びませんわ。鞄から手を離されてもよろしくてよ。……むむっ」

「だいじょうぶだから、ヒカリ」

「レッカ様こそ。──あぁっ! カバンからノートが散乱してしまいましたわ!」

「ごめんポッキー!」

「いやもういいからカバン返せよお前らさァ!!」


 親切というか、もはやお節介でしかないので俺は限界を迎えてしまった。





 そしてその放課後、自宅にて。


「あっ」

「……えっ。……こ、コク?」


 家に帰って部屋着に着替えたあと、試しにサポーターを外して鏡の前で少女姿に変身してみたのだが、制服以外の少女姿のかわいさに舌を巻いていたそのとき、インターホンが鳴って。


 俺はうっかりそのままの姿で家のドアを開けてしまい──弁当を買ってきてくれたレッカと鉢合わせてしまったのだ。


 そう。

 謎に満ちたあの少女が、なぜか友人キャラのブカブカな服を着て、友人の家から出てきてしまったわけだ。

 レッカは口を開いたままポカーンと立ち尽くしてしまった。当然の反応だ。


「な、何で、コクが……あれっ、ポッキーは……?」

「…………」


 沈黙。

 自分自身の詰めの甘さに辟易したが、俺はこの一瞬でリカバリー方法を模索し、応急処置レベルの対応を決行しなければならない。

 一拍置いて──口を開いた。


「とりあえず、上がれば」

「ぁ、はい。…………えっ?」


 まったく取り乱す様子を見せず、自然な感じでレッカを家に上げる。

 そして彼に背を向けてリビングへ向かう中、俺は心臓バックバクで滝のように汗を流しながら、なんて言い訳をすればいいのかを懊悩するのであった。


 どうすんだよこれぇ……。

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