メインヒロイン面する 2


 で、現在は一週間後。


 フリーダムになった俺は、自由と引き換えに一人暮らしの大変さに苦しみながらも、着々と謎のヒロインパワーを高めていた。

 両親から受け取った施設と資料を駆使した結果、俺は少女フォームへの変身タイムを、なんと三時間まで伸ばすことに成功したのだ。凄いでしょ、俺天才でしょ。

 さらに変身後のクールタイムも三十分までに短縮させ、俺は心置きなく少女姿で外に出ることができるようになってしまった。もはや怖いものなど何もない。


 ていうか、単純に美少女の姿で出歩くのが、最近かなり楽しい。

 多少は幼げな雰囲気があるものの、一見すると凄く可愛い女の子なのだ。道行く人々の視線を引きつけちゃうのクセになるわね。


 だからといって隠しヒロインムーブを怠っているワケではない。

 基本的にあの制服っぽい服以外は着ないし、正体がバレるような迂闊な行動も控えている。

 レッカたちとも距離を取ることで『結局大事な話が聞けず、お昼も一緒に食べられなかった少女』という、なんとも掴みどころのない不思議っ娘としての雰囲気を獲得できた。コレは良い調子だ。



 だが、流石にそろそろ距離を縮める時期だ。


 ずっと何も分からない立ち位置じゃ、向こうも不安になるだけだろう。

 隠しとはいえ”ヒロイン”としての仕事を果たさなければ、ただ周囲を振り回すだけの追加キャラになってしまう。


 というわけでここからはの出番だ。

 コクと関係のある者として振る舞い、俺ことアポロ・キィも本編に参加させてもらおう。

 主人公の友人の関係者という事で、コクが味方側のキャラであることをアピールしつつ『アポロに聞いた』という理由付けで俺しか知らないレッカのあれこれを利用する。

 そして他のヒロインメンバーたちとは一線を画す存在だと主張するのだ。絶対たのしい。



「んっ。……あれ、怪人か……?」


 いろいろと作戦を考えながら、女の子状態で街中を闊歩していると、少し先の交差点であるものを見つけた。

 怪人だ。悪の組織が生み出した改造人間が、交差点で暴れている。

 特殊部隊や警察はおろか、あのレッカたちもまだ到着していないため、怪人はやりたい放題だ。

 仕方ない、俺が直接レッカに連絡しよう。


「って、なんで圏外なんだ」


 スマホはネットどころか通話機能すら使えない。

 ただの不調かと思ったが、周囲の人々も携帯が使えないことに対して狼狽している様子から察するに、あの怪人の仕業なのだろう。

 たぶん能力か何かで、ここら辺の電子機器を全てダウンさせている。

 それが理由で通報やら何やらが出来ず、助けを呼ぶことができていないのだ。


 つまり──孤立無援。


「……えぇ。いや待って、マジで」


 これ、もしかして俺が戦わないといけない感じ?


 ある程度の魔法なら誰でも使えるはずだけど、戦闘経験があるヤツなんて市民にはほとんどいないだろうし、ここは戦うことのできる人間が時間を稼ぐべきだ。

 それは分かってる……いや分かってるけど、ホントに俺がやんの? マジで他に誰もいない?


「うわ。うわうわ、あの怪人、子供襲おうとしてるじゃん。何で俺の前だとガキばっかピンチになんだよ」


 その光景を目にした途端に走り出した。もはや逡巡している暇など無かった。


 別に俺はヒーローじゃないし、自分の命を最優先に考えている普通の人間だ。英雄ならレッカがやってくれるから、俺は自分の事だけ考えてればいい。そういうスタンスが許される立場にあった。だってただの友人キャラなのだから。

 でも、さすがに幼いガキをここで見捨てたら人間として終わる。一応ヒロインとして関わってしまった以上、出くわした戦場から逃げるという選択肢は抹消されてしまったのだ。


 ──とか何とか、いろいろ理屈を捏ねる前に、足が勝手に動き出したのが本音だ。こういうのを馬鹿って呼ぶんだろうか。


「ばっかおまっ、やめとけッ!」


 風の魔法で加速し、横から怪人に蹴りを入れた。

 しかしほんのちょっとよろめいただけ。自分が非力すぎて嫌になっちゃいますね。


「……っ! おい、アレお前のお母さんか!?」


 遠くで周囲の人に止められながら、こっちに来ようとしている女性がいる。

 それを指さして少年に問うと、彼は涙ながらにコクコクと頷いた。

 

「緊急措置だからな、恨むなよ!」

「わっ、わぁっ!?」


 風の魔法を使用。

 そのまま少し強めの突風で少年を母親のところまで運んだ。

 よし、なんとか上手くいった。俺のさりげないパンチラとか高い場所からの着地の為に、風の魔法をたくさん練習しといて正解だったな。


「っ゛」


 はい、怪人に思いっきりブン殴られて、吹っ飛ばされました。

 近くの車に叩きつけられて、ベシャっと地面に叩きつけられたみたいです。

 もう痛みとかないよね。逆に痛すぎて。衝撃しか伝わってこねぇわ。これ内臓とか潰れてない?


『──』


 怪人が喋ってるけど、たぶんお前を殺すとかそういうセリフだと思う。ただ街中で暴れることしか能がない単純な怪人だから、高尚な思想とかはないでしょ、たぶん。

 いやぁ、困ったな。

 死ぬでしょこれ。

 急に悪い奴が出てきてピンチになるとか、もはやシリアス通り越してギャグだよ。うわ、この街って治安悪すぎ……?


「…………ぁー……」


 喋れんわ。

 こんなん交通事故に遭ったの一緒だろ。

 まさか少女姿のままボコられるとは。あの怪人もしかしてリョナ好きか? 相容れない存在だよお前は。




「うぅっ……」


 何とか立ち上がれた。

 

「……ぁれ」


 不意に腕時計を見てみる。

 さっき殴られてから──いつの間にか三十分が経過していた。

 どうやら少しの間、気を失っていたようだ。


「怪人……いないし……って、レッカか」


 遠くで爆発が起きた。そっちに目を向けると、レッカたちヒーロー部が爆炎をバックに決めポーズしてる。

 たぶんアレは怪人を倒した後だ。あぁいう悪役って死ぬとき爆発しがちなんだよな。なにが引火して爆散してるんだろう、不思議だ。


 てか今のうちに逃げとくか。事後処理とか面倒くさそうだし。


「──コクっ!!」


 うわ、後ろからレッカに声かけられた。

 早く男に戻って病院に行きたいから、話ならしないぞ。こちとら頭から血ぃ出てるし全身打撲してんだわ。

 後ろを振り向いてみると──彼だけじゃなく、ヒーロー部の少女たち五人も揃っていた。



 ……まって。

 いやいやいや待ってくれ。落ち着け俺。

 ちょっとこれ良いな。めちゃめちゃ良い。いま楽しくなっちゃってるわ。

 少し考えてみたら、この状況すげぇ良くね?



「……レッカ」

「すまない、きみはあの子供を助けて……僕たちの到着が遅かったばっかりに……!」

 

 今、コクという少女と、主役チームであるヒーロー部の全員が、真正面から対峙している。


「いま手当てを──」

「来ないで」


 こっちは一人。

 あっちは六人という状態で。


「……え?」

「助けは、いらない」

「な、なに言って……」


 数メートル離れた状態で会話していて、俺はボロボロな状態にもかかわらず、ヒーロー部は全員で戦ったせいかほぼ怪我は無い。



 軽傷で戦いを済ませ、頼れる仲間たちに囲まれてる、周囲に恵まれた少年。


 瀕死の重傷を負った、見て分かる通り仲間など一人もいない、孤独な少女。



 明らかに二人が対比されてる、今この瞬間の絵面──美しくね……?


「あなたには、やるべき事が、たくさん残っている」


 額から流れ出た血液が地面に落ち、僅かに脳がフラついたが、気合で耐える。

 他の少女たちは主人公の隣にいて、もはや攻略対象というよりは仲間。パーティメンバーだ。

 そして唯一、このコクという少女だけが、彼女らとは全く別の場所に立っている。

 レッカの隣ではなく、ただひとり、彼の前に立っている。


「私のことは、構わないでいい」


 もうこんなの俺がメインヒロインでしょ。

 だって女の子たち、誰も反駁してこないし。

 それに加えてこの場において、レッカに対して恋愛感情を抱いていないのは、このコクだけだ。

 あの主人公に攻略されていない存在は──傷ついた漆黒の少女だけなのだ。


「あなた達は市民のヒーロー部だと、そう聞いている。怪我をして泣いている人や、崩れた建物の中で、助けを待っている市民がいる。市民のヒーローを名乗るならば、やるべき事は分かっているはず」

「そ、それは……」


 口ごもるレッカ。ぶっちゃけ反論などいくらでも出来そうな暴論だが、怪我人の言う事だから頭ごなしに否定はできないのだろう。ふふふ、怪我してよかった。

 まぁ救助待ちの人がいるのは事実だし、さっさとそっち行きなさいよってのも本音な。俺は勝手に病院行ってるんで。


「……さよなら」

「コク! まっ──」


 風魔法を使って空中に浮遊し、そのまま遠くへ離れていく。

 フハハハー! どうだレッカ! 攻略できなくてもどかしいだろ! ヒロインってのは本来簡単には手に入らないモンなんだぜ! すぃーゆーまた明日!





 それっぽい別れをした、二十分後。


 体力が無さ過ぎて墜落した俺は、路地裏で座り込んで休んでいた──のだが。

 いつの間にか追いついていたライ会長によって、俺は救急箱で応急処置をされていた。この人追跡が上手すぎてこわい……。


「どうして、私を」

「ふふっ、愚問だね。キミだってわたし達が守るべき市民の一人じゃないか」


 すっごい年上オーラで諭されてしまった。

 かなり痛い思いをした後に優しくされたせいか、思わず癒されちゃう。


「部員のみんなには黙っておくから安心したまえ」

「……ありがとう」


 めっちゃ気ぃ使ってくれるじゃん。この人は何というか、盲目的にレッカに惚れているわけではなさそうな雰囲気を感じる。

 親友くんは恋人を選ぶなら、ぜひともこの人を選んでください。


「これくらいなんて事ないさ。……コク。自己犠牲は素晴らしいが、もう少し自分を大切にね」

「……うん」


 頭を撫でられちゃいました。

 まずい、童貞だから優しくされただけで好きになっちゃいそうだ。急にレッカが羨ましくなってきた。ゆるせねぇよハーレム野郎……。


「私、もう行く」

「そうか。……あ、前に聞きそびれた連絡先、教えてくれるかい」

「ツイッターのアカウントでいい?」

「そういうSNSやってたんだね……」


 スマホが一台しかないからさぁ! カバー付け替えたりとか別のアカウントを作ることぐらいでしか、連絡先の差別化ができないんですよねぇ! 不思議っ子のイメージこわれる。


「用事がある時は、ダイレクトメッセージで、よろしく」

「浮世離れした印象あったけど、概ね現代っ子で安心したよ、わたしは」


 そんなこんなで俺より何枚か上手な先輩と連絡先を交換しつつ、俺は家に帰ったあと男に戻り、病院へ赴いたのであった。そこでレッカと会ってかなり怪我を心配されたのは、また別の話。





「ねぇポッキー。コクって……もしかして二重人格なのかな」

「……???」


 あと、男口調で子供を助けたところを見られてたらしく、なんか余計な設定がひとつ増えてた。


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