クソデカ感情



「これで終わりだ──ッ!」


 一閃。

 烈火を纏った聖剣は力強く振り下ろされ、邪悪な獣を一刀両断した。

 

『ゥ、グッ、ぁァァッ!!』


 断末魔を挙げながら花火のように派手に散っていく化け物。

 これまで多くの罪なき人々を喰らってきた恐怖の悪魔は爆炎を上げて四散し遂にその罪深き生涯に幕を閉じたのだった。

 悪の組織によって生み出された、魔法を操る怪人──その中でもトップクラスの実力を誇る彼だったが、僕たち全員の力を合わせれば勝てない程ではなかった。


「……ふぅ」


 無事に倒しきれたことにホッと一息つきながら剣を腰の鞘に戻すと、僕と一緒に戦ってくれたいつものメンバーも各々力を抜いて休み始めた。

 そのまま床に寝転がったり建物にもたれ掛かったり二人で寄り添って座り込んだりなど、休み方まで彼女らは特徴的だ。

 そんな仲間たちを一瞥しつつ、僕はとある人に連絡を入れるためスマホを取り出してメッセージアプリを開くのだった。

 


 僕の名はレッカ。


 はるか昔に魔王から世界を救ったとされている勇者──その血筋を引くファイア一族の末裔だ。

 勇者の血統は様々な枝分かれを経て世界中に広がっていて、その中でも僕の姓であるファイアは特に勇者一族の中では下の下であり、勇者の末裔であるという事実を隠していることもあってか一般人にその事実は知られていない。

 そのため今までは普通の人間として生活していたのだが──


「やったね、レッカくん」

「いつも一緒に戦ってくれてるコオリたちのおかげだよ、ありがとう」

「……べ、別に改まってお礼を言われるようなことじゃないけど……」

 

 この僕の隣で何故か顔を赤くしながら座っている水色髪の少女こと『コオリ・アイス』との出会いが僕の運命を大きく変えた。

 入学式の日に初登校中の生徒を攫おうとした魔物と出くわしたのだが、その時の僕はまだ炎の力に覚醒していない状態で。

 無謀にも生身で立ち向かって新品の制服をボロボロにしていたところを、その魔物を追ってきていたコオリに助けてもらったのが全ての始まりだった。

 そして入学後にボランティア活動中心の部活動こと『市民のヒーロー部』に入ったときに、偶然にも彼女とほぼ同時に入部届を提出したことから交流──もとい”戦い”が始まったのだ。


 この市民のヒーロー部のボランティア活動というのは表向きの活動内容で、その実態は様々な街の人間たちと交流することで悪の組織の情報収集を図り、政府公認の極秘組織と連携して奴らを見つけ出し殲滅するための特殊チームだ。

 そのため入部条件は一般生徒にとってはかなり厳しいものだったのだが、そうとは知らずに頑張って条件をクリアしてしまった僕はその戦いに巻き込まれていくことになったのだった。

 この話は他言無用……なんだけど、戦いに巻き込まれて事情を知ってしまった僕の友人こと『アポロ・キィ』ことポッキーは「特殊チームなのに条件ガバガバすぎない?」とか言ってた。


 ともかく、僕は現在市民のヒーロー部としてこの街を悪の手から守護しているというわけだ。


「レッカ様~♡ 見ていただけましたかワタクシの勇姿を!」

「うわっ。ちょ、ちょっとヒカリ……」


 突然後ろから抱きついてきた金髪少女の名はヒカリ・グリントと言って、二番目にヒーロー部へ入部してきたチームメンバーだ。

 なんでもこの国の中でも有数の大企業のご令嬢だそうで、これまで超一流の教育を施されてきたらしく光魔法の実力は学園内でもトップクラス。

 いままでは色々な人たちに敬われ羨望の眼差しの中を歩いていたらしい。

 しかしそれゆえに孤独。

 特別扱いしかされないことを寂しく思っていた彼女は、内情を無視して全ての部員を平等に扱うこのヒーロー部で活動していくうちにようやく心を開いてくれたのだ。

 まぁ僕に対しては少し無防備すぎる気もするけど、部員のみんなとも仲も良好だし大丈夫だろう。

 とても頼りになる同級生だ。


「あー! ちょっと待ちなさいよ!」

「く、くっ付きすぎですよぅ……」

「あら、風の姉妹さん何かご用ですか? レッカ様に張り付きたいのでしたら是非ともご一緒に──」

「できればヒカリも離れてくれるとたすかるんだけど」

「嫌ですわ!」

「レッカが離れろって言ってんだから離れなさいよ! こんのぉ~!」

「うぅ、ビクともしない……」


 いま僕からヒカリを引き剥がそうとしている緑髪の二人の少女、名はカゼコとフウナで二人とも姓はウィンドという。

 昔から強力な風魔法で有名なウィンド家の双子の姉妹で、気の強いカゼコが姉で臆病な性格の方が妹のフウナだ。

 彼女らは三年前に悪の組織に拉致され、その後は僕たちと出会うまでずっと洗脳されたまま悪の組織の幹部として組織と戦っていた。

 そんな彼女らウィンド姉妹を助けるきっかけになったのが──


「はぁ……まったく、戦いの後だというのに騒がしい部員たちだ」

「あはは、ライ先輩もレッカくんの輪に入りたそうにチラチラ見てるのバレバレですよ?」

「なっ!? こ、こらアイス! 余計なことは言わなくていいのだ!」


 コオリに言われて照れているあの紫髪の長身の少女の名はライ・エレクトロ。

 僕たちの一つ上の先輩で、紫電の魔法を操りこれまで一人で一年間この部を支え続けてきた偉大な先輩だ。

 彼女が最初にウィンド姉妹の抹殺という組織の意向に逆らい、僕たち部員を率いて独断でカゼコたちの解放に動いたのだ。

 物理的に姉妹の洗脳を解いて悪の組織の支部から二人を助け出したのは僕だがあくまでそれは結果論。

 ライ先輩の判断やリーダーシップがなければフウナたちの救出は叶わなかっただろう。

 ちなみに彼女は生徒会長でありながらこの部も兼任しているスーパーハイスペックウーマンだ。


「にひひ、モテモテっすねぇセンパイ?」

「オトナシも見てないで助けてよ……」

「なんスかそれ、ウチも抱きつけってことスか!? しょうがないなぁセンパイはぁ~♡」

「ちょ、ちがっ!」


 彼女たちを引き剥がしてくれという願いを曲解して受け取ってしまったこのマフラーを巻いた少女の名はオトナシ・ノイズといって、少し珍しい音魔法を使うチームメンバーだ。

 僕の一つ下の後輩で、彼女が中学三年生の頃の秋に出会った仲間……もとい忍者だ。

 実は最初から裏で僕たちをサポートしてくれていた影の立役者だったらしく、ウィンド姉妹を助ける際も組織の目を撹乱してくれていたとのことだった。

 しかし責任の追及やら何やらがあって組織を追い出され、今はほぼ孤立無援状態となって自警団と化したこの市民のヒーロー部に流れ着いたというワケだ。

 その入部することになった流れにも一応ひと悶着あったのだが、今ではこの通りメンバー全員仲良しの素晴らしいチームに出来上がっている。


 ただ、まぁ、少々彼女たちは直接的なスキンシップが激しいというか、なぜかこのように皆でくっ付いて一つになってしまう事もしばしば。

 いつの間にかライ先輩とコオリもくっ付いているし。

 なんの儀式だろうこれ。


「えへへぇ、レッカくん♪」

「あらまコオリさんまで」

「何で増えんのよぉ!?」

「ふえぇ……ライ先輩まで……」

「う、うむ! チーム一丸、これぞ一致団結だな!」

「照れ隠しが下手すぎるッスよ。あともうちょいスペース譲ってください」


 まさに四面楚歌。

 どこにどう動いても身体中に柔らかい感触が伝わってくる。

 僕だって一介の男子高校生なんだし、もう少し適切な距離感で接してくれないと勘違いしてしまいそうだ。

 その勘違いで痛い目を見るのはごめんなので、やっぱり離れてほしい。

 さもないと大変なことになる。

 親友のポッキーからも『我慢できなくなったらヤれ』と言われてるし、もしヘタレ認定されているのが理由でこうやってからかいをされているのなら近いうちに大胆な行動を取ってこの子たちを驚かせてやろうかな。


「と、とにかく敵は倒したしみんな帰ろう。もう夜だしお腹もペコペコだよ」

「っ! それならワタクシが今夜のお夕飯を担当いたしますわ!」

「そうはさせないんだから! 行くわよフウナ!」

「う、うん!」

「ちょっ、三人とも待ってよ~!」

「こらアイス! 走ると転ぶぞ!」

「センパイ方がワチャワチャしてる間にいち早くセンパイのご自宅に帰還してやるっス……!」


 執事を呼びつけて車を走らせるお嬢様、魔法の風に乗って飛んでいく姉妹、地道に走っていく少女たちや屋根の上を跳んで闇夜に消えていく忍者など、こうしてみるとウチのメンバーは中々に個性的だ。



 そんな愉快な仲間たちが走り去っていきようやく一人になれた。

 話しかけられたり抱きつかれたりでスマホのメッセージを入力できていなかったので、街灯の下を歩きながらスマホを取り出す。


「……メッセージじゃなくて電話でもいいかな」


 強敵を撃破したことを自慢しようかなとか、今夜のウチでの食事にでも誘おうかなとか、いろいろ思案しながら画面に表示したのは『ポッキー』の文字。

 なんだか甘いお菓子のようなあだ名。

 アポロ・キィ──1年の頃からずっと一緒に居る男友達だ。

 彼はどう思っているか知らないけど、僕としては親友だと思っている。

 そんな御大層な間柄だと言えるほど長く過ごしたわけじゃない、たった一年間一緒に居ただけのクラスメイト。

 でも僕は付き合った時間の長さなんて関係ないと思ってる。


 落ちこぼれとして勇者の血を引く他の一族から侮蔑されたり、幼い頃から致命的に魔法の扱いが苦手だったり、それが理由で優秀な兄と比べられて実力主義の両親から半ば見放されていたり……いろいろあって幼い頃から人付き合いが苦手だった。

 端的に言って他人が嫌いだった。

 誰も優しくしてくれなかったから。

 誰もかれもが僕を落ちこぼれだと、愚図だの出来損ないだのと揶揄して嘲り笑っていたから。

 拗らせて、暗い性格になって、誰とも一定以上の距離を取るようになった。

 でもそんな自分が嫌だった。

 だから自分自身を変えるために、この数多くの人々が暮らす中心都市へ、魔法学園へやってきた。

 しかし簡単には変われなかった。

 コオリとも最初は気が合わなかったし、炎の力を覚醒させるまでは魔法もダメダメで、何よりこれまでの経験上人付き合いが苦手すぎてまったく周囲に溶け込むことができなかった。


 そんな時に出会ったのが──アポロだった。


 劇的な出会いなんかではない。

 体育の授業でのペア作りに失敗して、余り組として一緒になったのがファーストコンタクトだ。

 お互いギクシャクしながら会話をした。

 アポロも魔法がへたっぴで、クラスの中での魔法力ランキングはワースト1と2を僕たちが独占していた。

 魔法道具の提出課題では効果時間がめちゃめちゃ短い透明マントとかくだらないものを二人で必死に作ったり、一年の体育祭では二人三脚を組んですっ転んで二人して足を捻挫したり、放課後はこの広すぎる中央都市を冒険したり。


 そんなことをしているうちに仲を深めた。

 僕に初めての友達ができた。

 暗く重苦しいだけだった僕の人生に光が差し込んだ。

 彼は僕にとっての太陽に等しき存在になったのだ。

 いつの間にかあだ名で呼ぶようになり、僕は彼をポッキーと、彼は僕をれっちゃんと呼び合う仲になって、僕はその幸福を噛み締めた。


 だから、戦っている。

 平和を守るために。

 ポッキーを、僕にとっての平和の象徴を、彼が笑顔でいられるような世界を守る。

 最近はチームメンバーが増えたり敵が強くなったりと多忙になってしまってあまり話せていないけど、僕の本来あるべき高校生活とは彼との交流があってこそ成り立つモノなんだ。


 ……その、だから、流石に暫くは敵も来ないだろうしポッキー誘ってもいいよね。

 ぶっちゃけ女子と男子で多対一だと辛いものがあるから、彼がいてくれると非常に助かる。

 あとは久しぶりに遊びたいだけだ。

 明日は休みだし年中暇を持て余してるポッキーのことだから予定も空いていることだろう。

 今日は泊まってもらいたい。

 ついでに彼の宿泊を理由にしてチームメンバーたちのお泊り会を阻止できれば万々歳だ。

 彼女たちに囲まれていることで発生する性欲との戦いにも一時休戦を申し込みたいと思っていたところだし、そろそろマリカーでポッキーにリベンジもしたい。


「てことで、電話っと」


 ポチポチと画面をタップしてスマホを耳に当てる。

 するとワンコールで電話がつながった。

 応答が早くて助かる。


「もしもし、ポッキー?」


 そしていつものように声を掛ける──






「──もしもし」






 瞬間、電話口から──いや。

 僕の後ろから声が聞こえた。



「……えっ」


 振り返る。

 僕はポッキーに電話を掛けたはずだった。

 親友の”男子生徒”に声を掛けたはずだった。

 しかし電話口から聞こえてきたのはどう聞いても少女の声だった。

 応答とほぼ同時に同じセリフ、同じ声音が──凍えるように冷たい音色の返事が後ろから聞こえてきたのだ。


「きみは、誰だ?」


 振り返って数メートル先にいたのは、見知らぬ黒髪の少女。

 チームメンバーの誰よりも、最年少のオトナシよりも幼く見える彼女は、青白い月の光の下で親友の携帯電話を耳に当てていた。

 返事はない。

 こちらの目を射抜くような真っ直ぐな瞳で、何を考えているのかわからない無表情で僕を見つめている。


「どうして、ポッキーのスマホを」

「……」

「答えろッ!」


 背筋に悪寒が走る。

 胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

 早まる心臓の鼓動は僕に警告している。

 ”この少女は危険だ”──と。


 敵意なら向けられたことがある。

 僕をライバル視するかつてのコオリに。

 殺意だって向けられたことはある。

 悪の組織に洗脳されたウィンド姉妹に。 

 だが、この少女が放つプレッシャーはそのどれでもない。


 まったく見覚えのない制服。

 何故か所持している親友のデバイス。

 なにより意志の読めないその不思議な赤色の瞳が僕の焦燥感を駆り立てる。


「……レッカ・ファイア」

「ッ!?」


 彼女は僕の名を知っていた。

 言い慣れた様にそれを発言した。



 


 仲間たちと別れ、親友へ気まぐれの電話を掛けたその夜──僕はただひとり謎の少女と邂逅を果たしたのだった。





(やっべ、ポケットにスマホ入れっぱなしだった……レッカから電話来ちゃったじゃん……!)

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