ミステリアスムーブをしてみる 1



 俺は考えた。


 沢山のエロシーンがあるヒロインと、性的なイベントが唯一存在しないヒロインの場合、どちらの方が特別感のあるキャラなのか、と。


 俺は思った。


 ──いや圧倒的に後者じゃね? と。


 そういうワケで俺はハーレムメンバーとは一線を画す特別なヒロインとして振る舞うため、露骨に主人公くんを誘惑することはしない、という事に決めた。

 彼女たちは主人公のレッカに対して、これでもかと言うほど積極的だ。

 年中発情期と揶揄されるだけあって、事あるごとに彼の手を握ったり抱きついたり、あまつさえラッキースケベな展開に持っていく。

 おそらく彼女らは、レッカに突然おっぱいを揉まれても、困惑するどころかそのまま本番まで一直線に全力疾走していくだろう。

 それ程までにレッカというハーレム主人公に対してデカい好意を抱いているのだ。子孫を残すという生殖本能が強すぎる。


 なので。

 逆に俺はレッカに対して積極的な肉体的接触はあまりしない事にした。

 彼女らが胸を押し当てて誘惑するのなら、俺は彼と一定以上の距離を保ち続けよう。

 基本的には無抵抗で無気力な無表情キャラという形で通していくため、万が一レッカが情欲を抱いて触ってきた場合は抵抗しないが、俺から肉体的なスキンシップを取りにはいかないという事だ。


 無抵抗な少女のフリをして、少年の性欲我慢レースを間近で楽しんでやるぜ。フッヘッヘ。





 月明かりが差す運命の夜──ミステリアスな美少女に扮してすんごい露骨に意味深なセリフを言い残し、レッカと邂逅を果たしたその翌日。

 緊急措置として彼にスマホをぶん投げそのまま逃走した俺だったが、次の日も何食わぬ顔で男の姿に戻って普通に登校していたのであった。


 美少女状態で俺のスマホを持っていた理由付けとしては、昨晩レッカに女の姿のまま”落ちていたスマホを拾っただけ”と伝えた。

 そして後日『えっ、俺のスマホ拾ってくれた人がいたのか!? うわマジで助かったわ! 今度お礼言わねぇとな~』といった感じで誤魔化したため、なんとか辻褄を合わせることには成功。うっかりミスは事なきを得たのだった。


 ゆえに今の俺はスマホを落としただけのうっかりさんであり、変わらず本筋には関わっていない友人キャラだ。主人公くんが出会った謎の美少女とはどうあっても結び付かないはず。

 ヒロインと主人公の出会うきっかけが友人キャラだった、という話はそう珍しいもんでもないだろうし、ただスマホを落としただけなのだから怪しまれる要素もない。秘密はまだまだ安全だ。ひゃっほい。

 

 で、当の主人公さんですが──



「…………コク、か」



 窓の外を眺めてたそがれてます。

 机に肘をついたままボーっとしてる彼はさながら恋に悩める純情少年。

 突然現れて友人のスマホを届けてくれたのは、やや幼さを残しつつも淑やかな雰囲気を纏った謎の美少女。

 しかも何故か自分の名前を知っているときた。こりゃもう心中モヤモヤに霧がかかってしょうがないでしょうな。

 フヒヒ……あー、めっちゃ楽しい。


「おーい、れっちゃん?」

「……あぁ。ポッキー」


 こういう時一番に声を掛けるのが友人キャラの務めっすよ。ハーレムメンバーの少女たちは、いつもとは違う雰囲気のレッカに戸惑っているだろうし、俺が事情を聴いてやらんと誰も情報を共有できないからな。任せとけ! さっきから聞き耳を立ててる女の子諸君!


「なんかあったん。窓を眺めながら呟くとか、典型的なラノベの主人公みたいなムーブしてたぞ」

「ホント? はっず……」


 普段から主人公みたいな振る舞いしてるくせに何を今更、とか野暮なことは言わねぇ。親友だからな。


「コク──つってたけど」

「えっと……昨日会った女の子の名前なんだけどさ」

「それ俺のスマホを届けてくれた親切な人?」

「うん。なんか不思議な感じの子だったんだけど……連絡先も聞きそびれちゃって。いつの間にか姿を消しちゃってたし」

「へぇ~」


 すっとぼけ継続。まさかその少女の正体が、この隣にいる俺様だとは思うまい。

 ちなみに『コク』という女状態での偽名の名づけ理由は、単に髪の毛が黒いからだ。

 クロ、だとありきたりだから、少し捻って漆黒の”コク”にしてみた。

 変な名前の方が印象を抱きやすいと思って名乗ったのだが、存外うまくいったらしい。やったぁ。


「……ははーん。れっちゃんはその女の子、気になってるワケか」

『──ッ!!?』


 ガタガタっ。

 聞き耳を立てながら席に座っていた女子や、教室の出入り口からこっそり覗いていた数人が、あからさまに驚いて音を立てた。愉快なハーレムですね。

 

「別にそういうんじゃ…………ぁ。いや、これは……気になってる、か」

「その状態が”気になってる”じゃなきゃ何なんだよ」

「ハハっ、確かに」


 気楽に笑うレッカとは対照的に、眼力だけで人を殺せそうな視線を背中に感じます。こりゃもっと聞きださないと後で問い詰められそうだ。

 ていうかニヤニヤが止まらんのだけど。ポーカーフェイスをしないと怪しまれちゃうのは分かってるけど、黒幕ってポジションのせいで心が躍りっぱなしだ。


 だってさ、全員俺の掌の上なんだぜ。こんなに楽しいことがあるかよ。美少女になれてよかった……。


「なぁれっちゃん? その女の子ってどんな見た目してたの? かわいい?」

「品定めするような言い方するのはアレだけど……少し年下っぽくて、黒い髪の綺麗な子だったよ。あと、黒いシャツにフード付きの白い上着の制服着てて、調べたけどどこの学校なのかは全然わかんなかったな」

「えっ、制服まで調べたん? おまえその子のこと気になりすぎだろ。これが恋か」

『ッ!! っ゛!!?』


 後ろのハーレム集団少しだけお静かに願います。他の生徒がビビってるから。


「そりゃそうでしょ。だって僕の名前を知ってたんだよ? 敵と戦うときだって名前は隠してるのに……」

「謎は深まるばかりだな。そのミステリアスなヒロっ……少女がいったい何者なのか気になるぜ」


 チラッと後方を見てみると、ノートパソコンだったりスマホだったりで、少女たちが血眼になって各自情報を調べまくっている。普通にビビるくらい超必死だ。

 ふふ、まぁ無駄だけどな。俺の制服は極秘に作った世界に一つだけの特注品だし、そもそも戸籍はおろか所属する組織や本当の名前さえ存在しないのだ。せいぜい焦るがいいさ乙女たちよ。


「うぅ、あの情報だけじゃ何も出てこない……!」

「しっかりしてくださいまし、コオリさん。まずは街で本人を探すところからですわ」

「……うん、そうだね。ありがとヒカリちゃん。一緒にコクって子の正体を暴こう」

「レッカさんの身の安全の為にも全力を尽くしますわ。忍者のオトナシさんにもこの事を話して、放課後は──」


 おい見てくれ、この特別なヒロインにしか織りなせないハチャメチャなイベントを。


 主人公の関心をいとも簡単に掴み取り、既存のヒロインたち全員を翻弄することで、異質な存在感を漂わせている。すごいだろ! へへ~!


 いままで蚊帳の外だったからな、これからはもっと引っ掻き回してやるぜ!

 

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