きつねの恩返しのような何か

まこ

第1話

 バレンタインデーの朝、玄関を出ると幼馴染のたかしが待ち構えていた。


「チョコは無いよ?」


「違うんだ………」


 崇はそういうと後ろを指さした。


 崇の後ろ、少し離れた場所に幼女が立っている。


「誰?」


「きつねだと思う。朝からずっといて来るんだ。」





 中学へと歩き始めると確かに幼女は私たちの後をトテトテと付いて来る。

 そして、スカートのお尻からしっぽが生えている。

 確かにきつねの尻尾のようではある。


 着ている服は赤基調。


「赤いきつね………」


 思わずつぶやいてしまった。


「だよな?」




 崇によると、数日前、家のブロック塀の透かしブロックに子ぎつねが挟まっていたので助けたらしい。


「きつねの恩返し?」


「だよな?」




 校門に立っている先生に事情を話した。


 最終的にはお咎め無しで幼女も学校に入っていい事になった。

 先生がお礼はしなくても良いから森に帰っていいよ、と言ったら幼女はこの世の終わりが訪れたような表情になってしまったのだ。先生は敗北した。


 ちなみに幼女は言葉をしゃべれない。




 下駄箱に到着。


「その子の内履きどうするの?」


「大丈夫。浮いてるから。」


 崇はそう言いながら下駄箱の扉を開けた。そのまま固まる。


 よく見ると、幼女はほんの少し浮いていた。


「どうしたの? チョコレートでも入ってた?」


 私がそう言うと、崇は再起動した。


「これ、チョコレート………」


「うどんよ。」


 崇が下駄箱から取り出したのは「赤いきつね」。


「もしかしたら中にチョコが………」


「うどんよ。」


「もしかしたら中にラブレターが………」


「お揚げよ。」




 一学年一クラスしかない田舎の学校である。時間も早かったため、教室に入るまで誰にも会わなかった。寒いので登校したら教室のヒーターに直行である。


 教室に入ると、幼女は既に登校していた数人のクラスメイトに取り囲まれた。かわいいのだ。


 幼女は怖がるでもなく興味深げにクラスメイト達を見上げている。


 幼女をほったらかしにして自分の席に座った崇は机の中をまさぐっている。


 崇が机の中から手を出すとそこには「赤いきつね」が。

 チョコテートを期待したのだろうが彼にチョコレートを上げる女子はいないのだ。  

 残念。

 うなだれる崇。


「ロッカーだ。ロッカーに違いない!」


 崇はよみがえった。教室の後ろにあるロッカーへ歩いて行く。

 その後ろを幼女が付いて行く。


 崇がロッカーの扉を開けると、「赤いきつね」がひとつ転がり落ちた。

 「赤いきつね」を拾うためかがんだ崇はそのまま四つん這いになり、ガックリとうな垂れた。


 幼女がポンポンと頭を優しく叩き、励ました。



 崇はむくりと顔を上げると立膝になり、両手を幼女の肩に乗せると天をむいて叫んだ。


「チョコレートが欲しいです!」


 幼女が泣きそうな顔になる。

 崇の尻を蹴り飛ばすため崇のもとへ近づく。

 しかし崇はすぐに幼女の表情に気が付いて謝った。


「ごめんなさい。ありがとう。赤いきつね、大好物なんだ。赤いきつねが貰えてとてもうれしいよ。」


 幼女が笑顔になったので尻をけるのはやめた。





 昼休み。崇はカバンから弁当を二つ取り出した。

 葉子さん(崇の母)は幼女の分も弁当を用意してくれたようだ。ただ、弁当箱の大きさが同じなのだが………


「重いな………」


 崇はそう呟くと弁当の蓋を開けた。

 白米がぎっしり詰まっていた。


「軽いな………」


 崇はそう呟くと二つ目の弁当のふたを開けた。

 お揚げがぎっしり詰まっていた。


「お稲荷さん作れよ!」


 妥当な突っ込みだ。


 幼女はお揚げを三枚食べた。ご満悦のようで何より。





 昼休み中に幼女に名前が付いた。

 「赤いきつね」を略して「アカネ」。茜になった。

 あほな男子が習字道具を出してきて、半紙に「命名、茜」と書いて、まるで勝訴したかのように教室を走り回っていた。

 茜も嬉しそうに後ろをついて回っていたから良しとしよう。





 放課後、茜は部活にも参加した。崇はバスケ部である。顧問は私たちのクラスの担任、男鹿先生である。通称「なまはげ」。三十五歳独身の渋いイケメンなのに苗字のせいで残念なあだ名が付いている。性格も少しだけ残念である。


 私はバレー部。同じ体育館なのでバスケ部の様子は見て取れる。

 なまはげは部員そっちのけで茜にドリブルを教えていた。

 幼女にクロスオーバーとか教えるのはどうかと思う。バスケットボールは幼女の又の間を通ったりしない。

 茜は五十センチくらい浮かび、足を前後に開いてクロスオーバードリブルをしていた。ちゃんと足を交互に前後させている。

 なまはげは褒めているけどそれでいいのか?

 ずっと浮いている場合トラベリングとかどうなるのだろう?






「ダメだ。腹減って動けない。」


 崇が情けない声で嘆いている。部活終了後である。

 なまはげにお湯をねだっている。あれを食べる気だ。


 当然却下されると思ったのだが、何故か許可が出た。


「保健室に集合な。」


 なまはげがふざけたことを言っている。

 保健室の山本先生は美人である。


 保健室で待っているとなまはげは「赤いきつね」と「緑のたぬき」を持って現れた。


「山本先生、お願いします。」


 何がお願いしますだ。


「美樹ちゃん、チベットスナギツネみたいになってるわよ。」


 順にお湯を注いでいる山本先生がクククッと笑いながら私に向かって言った。

 キツネのところで茜が反応して山本先生を見つめている。小首をかしげてかわいい。


「私、赤いきつね大好きなの。」


 山本先生は茜に向かって微笑んだ。不思議そうに山本先生を見つめていた茜が笑顔になった。


「赤いきつね、一つしか残っていなかったんで、俺は緑のたぬきだよ………」


 一人だけ仲間外れのなまはげが悲しそうにつぶやいた。




 崇は「赤いきつね」を三つ持っていたので私、崇、茜の三人は「赤いきつね」。なまはげの「赤いきつね」は山本先生が食べる。可哀そうななまはげ。いや、「緑のたぬき」を食べる人をかわいそうと言ってはいけない。

 ただ、なまはげはかわいそうなひとである。いや、鬼である。ん? 妖怪?


 待っている間に、なまはげのデスクの一番下の引き出しはカップ麺で満たされていて、他に「黒い豚カレーうどん」、「あじわい豚汁うどん」、「あつあつ牛すきうどん」、「鴨だしカレーうどん」、「あつあつ芋煮うどん」、「バリうま ごぼ天うどん」、「紺のきつねそば」、「おそば屋さんの鴨だしそば」、「山菜乱切りそば」、「和庵 一枚天ぷらの天ぷらそば」が入っているらしい。



「東洋水産の回し者かっ! あと、全部把握してる!?」



 崇が突っ込みを入れている。相変わらず突っ込みが微妙。逆に全部「マルちゃん」の製品だと把握している事に突っ込みを入れたい。


 あの引き出しにはそんなに入らない。「赤いきつね」と「緑のたぬき」を合わせると一ダースである。他の引き出しやロッカーもカップ麺のためのスペースになっているに違いない。


 ピピピピッ


 タイマーが鳴ったので。皆で「赤いきつね」を食べる。一人仲間外れがいるけど………


 茜もフォークを使って器用に食べていた。







「「「「あー、うまかったー。」」」」


 少ししゃべりながら食べていたこともあって、茜を除く四人が同時に食べ終わった。


 まだ、少し残っていたが、茜もフォークを置いてにっこり微笑んだ。




ポンッ




 突然可愛らしい音がして、煙と共に茜が消えてしまった。


 茜が座っていたソファーには木彫りの狐面があった。










「あっ……… これ、じいちゃんの部屋に飾ってあったやつだ!」


 崇が叫んだ。





 その後、山本先生がカップ麺の残骸をゴミ箱に捨てるのを無言で見守り、挨拶をして帰宅した。


 狐面は崇が大切そうに両手で胸に抱えるように持っていた。




「赤いきつね食べたから、恩返しが終わったのかな?」


 私の家の前で、別れ際に崇がぽつりと呟いた。





 小さな中学校である。あっという間にうわさが広まり、今日一日で先生を含めて全員が茜を見ている。

 休み時間の度に皆が私たちのクラスに、茜を見に来ていた。

 二時間目の休み時間には校長まで見に来た。

 授業中もやたら廊下を通り過ぎる先生が多かった。暇なのかっ!




 狐面は神棚を作って崇の部屋に飾られているそうだ。










 茜が現れた日からもうすぐ一年が経つ。


 あの日から、崇の下駄箱には時々「赤いきつね」が入っている。


 崇の部屋の神棚には、常に「赤いきつね」がお供えされている。




 私の友達が「赤いきつね」を買っていた。


 近所のスーパーでは「赤いきつね」が売り切れていた。


 今年のバレンタインは好きな人にチョコレートを渡す娘が減るかもしれない。

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きつねの恩返しのような何か まこ @mathmakoto

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