番外編 大統領と王子の気まずい生活
「ごめんね。」
「・・・シルビア。」
「ごめんね。会えたの一週間ぶりなのに、こんな思いさせてごめんね。」
そう謝って、空いている左手で王子の背中を撫でるしかなかった。
嫉妬するのはいい気持ではない。それはシルビアも身をもって知っている。そんな思いをさせて申し訳なかった。
せっかくエルンストが自身の持つコネを使って早めに帰国させてくれたのに。着いた早々、王子に嫌な思いをさせてしまった。かと言って、あれだけ揺れる船の中でシルビアに何が出来たと言うのだろう。
「ごめんね。」
「謝るなよ。勝手に妬いたのは俺だからいいんだ。あんたとあいつが何でもないのはわかってるのに。」
シルビアは首を横に振る。
「今謝ったのは、サッシャが妬いてくれて嬉しいって思っちゃったから。」
「なんだと」
「だから、ごめんね。」
「・・・ったく。あんたは、もう。」
シルビアの茶色い髪に埋めていた顔を引いて、顔を近づける。すると、シルビアは慌てて左手で彼の肩を押した。
「待って、サッシャ待って。キスは待って。 」
「なんでよ?」
「なんでって・・・知ってるでしょ。腰くだけちゃって何も出来なくなるからよ。だから、待って。無事に付いたことを連絡したいし、それに」
シルビアの言葉が途中で途切れる。
カイ王子がその口を塞いでしまったから。
崩れるように力が抜けていく。落としそうになったブリーフケースを、カイ王子の手がしっかりと掴んだ。
「・・・待ってって・・・言ったのに。」
ため息を吐き出すようにやっと呟いたシルビアは力の入らない手で王子の身体に凭れかかる。
「連絡なら陛下がする。俺は王宮でシルビアを預かる。エルンストにはそう言われてる。だから、何も言わなくていいんだ。」
「だけど」
「もう、釣りは失敗だし、あんたは予定通りに帰ってこないし、フローリアンには先越されるし、もう、なんだかな、もう。・・・とにかく、無事でよかった。」
ケースを床に置く音が聞こえた。
王子の両手が動いてシルビアの身体を支え、抱き上げる。
抱き上げられると言う事が恥ずかしくて、慣れた未だにシルビアは顔を王子の胸に埋めてしまった。顔を上げられないのだ。
いい年をして、年下の夫に抱っこされるとか。
まあ、ついさっき王子の友人に抱っこされて船を降りたけれども。あれは不可抗力だ。自力で降りるのは危険だと言われたからだ。
今もある意味不可抗力と言えば言えなくもない。腰が立たなくなってしまったのだから、仕方がない。
いつだってシルビアは仕方がないのだ。望む望まざるに関係なく、気付けばそうやって流される。自分の意思がないわけでもないのに、そうせざるを得ない立場や流れに身を置いている。それに逆らう気力もとうに失せていたし、そうやってここまでやってきたのだ。
部屋のベッドに下ろされると、そのまま肩を押されて横になった。
カイ王子が左手を首の下へ入れてきて、逆の手で軽く髪の毛を撫でる。
優しい金色の瞳がじっとシルビアの顔を見た。
「・・・疲れてる?軍艦になんか乗ったから緊張した?それともフローリアンのせい?」
「まあ、緊張はしたけど、大丈夫よ。そんなに疲れてないわ。何しろ、今日は船に乗る事しかしてないの。携帯電話さえ電源入れてないんですからね。」
「でも荒れた海の航海はくたびれるって奴が言ってた。もし、疲れてるなら・・・このまま少し眠って。あんたさえ良ければ背中を揉んであげてもいいけど。」
「サッシャ王子?」
「俺としては悔しいからスッゲーしたい気分だけど。でも、あんたが疲れてるなら寝かせてやりたい。」
煙るような色っぽい声音で言われて、シルビアは赤面する。
そんな流し目されてると、どうしていいかわからなくなってしまう。どうしてこの男はこうも色っぽいのだろうか。五つも年下だと言うのに、弟みたいなもののはずなのに。
なのに、シルビアを気遣ってくれる。
困ってしまうような色気を放ちながらも、その言葉は相手を気遣う優しさでいっぱいだ。
「早く帰ってきてよかった。あたしも貴方に会いたかったの。・・・その、」
「ん?」
「腰が立たなくなるようなキスをしておいて、何にもしないなんてあんまりじゃない?期待させてそれで終わりなの?」
カイ王子が破顔した。すごく面白い玩具を見つけたかのような、無邪気な笑顔を年上の妻に見せる。
「言うようになったねぇ・・・アラサー処女だった奥さん?」
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