第27話



 午後4時を過ぎて、王宮の大広間で就任式典が始まった。

 開会の儀に、未だ大統領の姿はなく、空席のままだった。

 彼女の代理に、アルフレート陛下から任命を受けたバスティアンが大きな拍手を受けながら静かに着席する。服装も改めてぴしりと着こなし、眉を軽く引き上げてから空いたままのシルビアの席を横目で見た。

 代理を任されたと言う事は、やはり大統領はここには来られないということだ。

 死んだかどうか確認する時間はなかったが、至近距離からの銃弾をその身に受けて無事なはずはない。死んでいないとしても、重体だ。いや、すでに死亡している事を公表する時間を稼いでいるだけなのかもしれない。

 国の元首が暗殺されたと言うのはショッキングな事件だ。まだ大いに揺れ動く可能性のある新しい体制で、これをすぐに発表するのは得策ではない。

 バスティアンとしても、その点は賛成だった。下手に国民の動揺を煽りたくなくはない。

 暫くの間は、大統領の代理として、新しい体制を掌握する。議会の方の地固めは殆ど済んでいるのだ、閣僚達は、これからゆっくりとこちらに傾くように洗脳していけばいい。

 最終的には鉱山の全てを、王室から取り上げる。

 王室は、鉱山の権利を民営化することを許さず、ずっと王室のみで運営してきた。

 だから鉱山の利益が国民すべてに行き渡っているとは到底言えない状態なのだ。レアメタルは今を時めく電子機器に必要不可欠な資源である。大国が、あるいは世界的な規模の複合企業が、星の数ほどあるたくさんの会社が、喉から手が出るほど欲しがっている。値段をつり上げ、より多くの企業と取引を増やせば、もっと多くの貿易収支が見込めると言うのに、王室はそれをしないのだ。

 王室だけで利益を独占しているから、いつになっても民間の生活水準は上がらない。

 国民の生活水準が上がれば、先進国の仲間入りも夢ではないかもしれない。

 式典は滞りなく行われ、大統領及び補佐官、閣僚、そして副大統領の任命が終わると、就任式も終盤となる。

 最後には、国王からの演説と、大統領自ら就任演説をしてお開きになる段取りだ。

「痛ましい事故もありましたが、本日は就任式を執り行えたことに満足しております。今日より、王室の政治参加は存在しなくなり全ては国民主権の新体制となります。どうぞ、新たなこの国の主役たちに、神の御加護を。そしてこれからも、国民の平穏な生活が続きますよう、王室一同、心より祈っております。」

 アルフレート陛下の、国王としての最後の言葉が終わった。

 そして、この国の長かった王政という歴史が幕を閉じたのだ。

 壇上の上を静かに辞していった最後の王は、意外なほどに軽い足取りで。そして、場内を埋め尽くす拍手に満足そうだった。

 大きな拍手を送ってから、バスティアンもまた演説原稿をその手にとって立ち上がる。シルビアの代理で演説することを依頼されていた。

 しかし、立ち上がったその肩を、補佐官であるエルンストが驚くほど強い力で押さえる。

「・・・!?な、なんだね、補佐官」

 驚いた副大統領が思わず顔を上げた。

「貴方の着ておられたカッターシャツに硝煙反応が出ました。」

 冷静にそう告げる補佐官の言葉に、

「な、なんだと!?」

 気色ばんだ副大統領は言い返そうともう一度立ち上がりかけたが、出来ない。

 灰色の瞳が冷ややかに見下ろし、バスティアンは力が抜けるように椅子に腰を下ろした。

「上着はどこかで始末なさったのか、あるいは撃つ時には脱いでいたのか。・・・バスティアン・ホイヤー、貴方を、大統領殺害未遂で拘留いたします。」

 補佐官の背後には警官の姿がある。すでに手配済みなのだ。

「わ、わたしがいなければ、誰が大統領の代理をするのだ!」

「代理ですか?・・・そもそも、貴方にシルビアの代理など無理なんですよ。そして、代理は、必要ありません。」

 ゆっくりとエルンストの手が上がり、アルフレート陛下が辞した先の来賓席を指差す。そちらへ目を向けると、来賓席の向こうの控室から、黒服の若い王子に付き添われた大統領が姿を見せたのだ。

 白いレースの襟に紺色のワンピース姿。その足取りは、いつもよりゆっくりではあるが、とても幽霊とは思えない。

 二人で一歩一歩壇上に上がっていく様子を見て、会場がざわついた。

 容体の一切が知らされていなかったシルビア・エンダース大統領が、突然姿を現したのだ。場内騒然となるのは当然だった。

 壇上のマイクを手にしたシルビアは、傍らにいる王子から少し離れ、軽く会釈をする。

「こんにちは、皆さま。この度初代大統領に就任いたしましたシルビア・エンダースでございます。先日の挙式及び本日の就任式ともに、予定通り行えなかった不手際について、深くお詫び申し上げます。本日午前9時頃において、襲撃事件に遭遇いたしました私ですが、幸運なことに傷は浅く、本日こうしてここで皆様の前に立つことが出来ました。関係者各位及び病院内のスタッフに皆様のご尽力により、この時間に間に合うように回復することが出来ました。この場にて厚く御礼申し上げます。」

 記者の数名が声を張り上げて質問を飛ばしているが、それに対し、シルビアは小さく頷く。

「・・・事件に置いての質問は、いずれ場を改めまして、お答えするご用意があります。ただいま私は就任演説に間に合うようにと、無理を押してここへ参りました。どうぞ最後までご清聴頂けますよう、お願い申し上げます。・・・さて、この国始まって以来初めての大統領となった私ですが、父であるディーター・エンダースの後を継いだものの、いまだ経験も少なく、若輩者にて至らぬ点も多々あるかと思います。その節には、遠慮なく皆様のお知恵を拝借する所存でございます。そして、それは、ようやく近代化を一歩を踏み出したばかりのこの国自身と、まるで同じなのだと、そう感じております。」

「レアメタル鉱山の主権については、今までもこれからも多くの論争が行われる事でしょう。また、近代化を推し進めるための意見においても、繰り返し皆様のご意見を頂き議論尽くして法整備し、行政に反映していくことになります。」

「鉱山の権利を完全に明け渡さない王室への不満もあることは存じております。しかし、我々新政府は率直に言って王室程の外交の経験も無く機能し始めてからの日も浅い。鉱山の運用についてもまだまだ分からないことが多すぎるのも事実です。そう言った、私達には不得手である部分に置いて」

 シルビアは一息ついてから、視線を来賓席のアルフレート元国王へ向ける。

「王室の意見を参考にしながら、新しく動き出して行かなくてはならないと思っております。そのためにも、王室はまだこの国には必要不可欠な存在であると肌で感じているのです。どうか、アルフレート陛下、これからも私たちにお力を貸していただけませんでしょうか。」

 アルフレート・ヒンツ・シャッフェンベルクは、鷹揚に笑って頷く。

 そしてその皺だらけの手を広げ、大きな拍手をシルビアに向けて送った。

 傍らのカイ王子もそれに同調し拍手をはじめ、来賓席に座る他の王族からも同様に拍手が起こった。隅の方に立っているアデラ王女も、面倒くさそうではあるが両手を叩いている。

「ありがとうございます。陛下の大きなお心に感謝いたします。・・・皆様も、ありがとう。そして、今までわが国を守って来て下さりありがとうございました。」

 やがて、王室関係者ではない人々からの拍手が、王室へ向けて送られる。

 場内は大きな拍手でいっぱいになり、埋め尽くされた。


 

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