第26話
病院の会議室に通された5人の弟妹は、それぞれ椅子を見つけて静かに腰を下ろした。兄たち三人と、妹二人は自然と集まり、それぞれに言い分が有りそうだ。
長男であるボニファーツは、病院の医療職員が出してくれた紅茶を一口含んでから、ぽつりとつぶやく。
「だってさ、姉さんは駄目なんだ。俺らが頑張れば頑張るほど、益々俺らに縛り付けられてく。あんまりにも優しいから、俺らは一人でも大丈夫だって言っても、きっと心配して結局は俺らのために骨を折る。・・・だから、いっそ逆にしちまえって。嫌な兄妹になって、シルビアに見捨てられるように、嫌われるようにしようって。」
「育てて貰った恩も忘れて、自分たちの好き勝手なことを言って、家に寄りつかなくなれば、きっと、姉さんもさすがに見捨ててくれるだろうってさ。だってあのまんまじゃシルビアの奴本当に一生独身じゃねぇか。俺らの事ばっかで、自分の事一つも考えない。親父もそれをずっと心配してたんだ。母親が早くに死んでから、ずっと母親代わりだったからシルビアには娘らしい時間もほとんどなかった。綺麗な服着て彼氏と遊ぶくらいの事、あったっていいのに。俺の知る限り、そんなん一度も見たことも聞いたこともない。」
「本当は嫌だったんだよ。姉さんの事大好きだし、離れるのなんか嫌だったんだ。だけど、シルビアのためなんだって兄さんが、兄さんたちが言うから・・・!このまんまじゃ姉さんは俺たちのせいで一生独身で寂しい老後を過ごすんだぞって脅されたんだっ!」
「ビアンカが嫁に行くまでシルビアにお袋役やらせてたら、完全に婚期を逃すだろうがよ!ビアンカはまだ12だぞ。あと最低10年はかかる。シルビアは四十路になっちまうじゃないか。いくら気立てのいい働き者だって言ったって、そんなん貰い手が付かなくなるわ。」
「違うもんっ!!お姉ちゃんはイケメンの王子と結婚したんだもん!ファーストレディでシンデレラなんだから!だから、だから、・・・一緒にいてくれなくても、我慢するもん・・・。」
末子ビアンカの声は殆ど涙声になっている。
兄たちが、まるで一番幼い妹が原因だと言って責めているように聞こえるのだ。
「ビアンカのせいにしないでよ。兄ちゃん達はすぐにそうやってあたしたちのせいにする。先に生まれただけのくせに、自分たちの方がえらいみたいに言わないで。」
「そんなこと言ってねぇし。ただ、世話がかかるのは」
あっと言う間に兄弟げんかに発展しそうになり、アデライード王女は言い争いを止めようと軽く手を叩いた。
「はいはい、そこまで。・・・理由は大体わかったから、もう喋らなくていいわよ。」
王女殿下の制止には、エンダース家の面々も素直に従った。
立ったまま右側のガードマンの肩に軽く肘をついて、やれやれと呟く。
「・・・一番上の、何君だって、君。」
長男の少年がおずおずと応える。
「ボニファーツ・エンダースです。」
「で、ボニファーツくん、君たちは留学先にも戻らず、ディーターの元へも行かず、エンダース家の自宅にも帰らず・・・どこにいたわけ?」
彼はしばしその視線を彷徨わせていたが、最後に辿り着いた視線の先にいる男が軽く頷いたのを見て答えを口にした。
「・・・ザイツェンガー家に。」
王女の視線が、再び、補佐官の方へ向く。
エルンストは涼しい顔で頷く。
「・・・あのね、危ないでしょ、大統領の身内を匿うなんて。」
「仰る通りですが、我が家はこう見えても安全管理意識の強い家なのです。エンダース家の屋敷とはそこが大きく違いまして。」
「と言うと?」
ゆっくりとシルビアの弟妹達の顔を見た補佐官は、王女の方へ向き直り、直立した。
「・・・私は、元々はこの国の人間ではありませんでした。任務に失敗し大西洋を逃亡中に着水した結果、この国に流れ着いた、某国の工作員です。いずれの国かを答えるのはご容赦ください。アルフレート陛下に拾って頂きまして、この国で新しい国籍を賜りました。陛下の秘書を務めた後に外国で研鑽を積み、再びこの国へ戻ってきて秘書としてディーターの元に仕えることとなりました。ディーターは全てを納得の上で私を使ってくださり、そのまま信頼の証として、お子様がたの事もお任せ下さったのです。」
訥々と語るエルンストの声は、小さな会議室の空気に染み入るようだった。
補佐官の語る事実に、子供たちが初耳とばかり声を上げる。びっくりしたような顔で補佐官の方を注目した。
「・・・どうしてあんな無防備なのに、今まで無事だったのか不思議で仕方がないんだって、サッシャが言ってたんだけど。」
アデライード王女は子供たちの動揺に頓着することも無く、疑問をそのままに口にする。
「はい。ずっと陰ながらエンダース家をお守りしてきました。勿論、一人では無理ですのでアルフレート陛下より賜った人材を何人か仕込みまして、工場に潜り込ませたリ、学校の職員に紛れ込ませたリして、出来る限りお子様方に危険の及ばぬようお守りしてきました。・・・挙式の時の事件、それに今回の件は、私の力が及ばずこのような事態になり、謝罪の言葉もございません。」
子供達相手だと言うのに、大の大人が頭を下げる。
いつも事務的だけれど、本当はちゃんとシルビアの事も、兄弟の事も、そしてディーターのことも考えてくれているエルンストは、ずっとエンダース家の縁の下の力持ちだった。
「エルンストさんのせいじゃないよ!」
「そうだよ、いつだってあたしたちに協力してくれてたもん。」
またも騒ぎ出す子供たちを両手で宥めてから、エルンストは再び王女に向かって姿勢を正した。
「まだ集中治療室に入ったままシルビアは出てきません。容体も一切医師から通達がない。それなのに、殿下は、就任式を午後4時から行うと仰られた。代理を立てると言うのは、本気なのですか。」
説明を求めて追求する補佐官に、王女はそっけなく答える。
「本気よ。これ以上先延ばしをしてもいいことは無いわ。代理演説を、バスティアン副大統領に依頼してきた。・・・そう、するようにサッシャから言われたのよ。衣装も新しいものを用意させているわ。陛下もご存じよ。もうこれ以上の延期はマイナスにしかならないわ。」
「なんという事だ・・・。シルビア・・・。」
両手で頭を抱えて俯くエルンストを、シルビアの弟妹達が囲んで慰める。
「エルンストさん、元気だして!」
「こんなことぐらいでへばる姉さんじゃないから!」
さっきまでその不安を口にしていたのに、子どもたちは必死で補佐官を宥めていた。自分たちも不安だが、エルンストも心配でしょうがないのだろう。
しばらくの間、そんなエンダース家の様子を見守っていたアデライード王女は、しょうがないとでも言いたそうな表情になった。
「シルビアのご家族は、とりあえず王宮で預かりましょう。貴方も来てくれるわね、エルンスト。」
「いいえ、私はシルビアの元に」
王女は首を横に振った。
「医師とサッシャに任せて。・・・ていうか、補佐官の貴方がここにいては怪しまれるの。一緒に来て、就任式の準備よ。」
補佐官が背広の裾を引かれて、思わず振り返る。
いまだ未成年であるビアンカとメラニーが、エルンストの服を引っ張ったのだ。思い詰めたように、見上げてくる。年長の兄たちも、同じような顔でエルンストの顔を見ていた。
「・・・ええ、そうですとも。大丈夫です。シルビアはきっと大丈夫。大した怪我じゃありませんよ。心配いりませんから。さ、アデライード様の仰る通り参りましょう。」
兄弟たちの肩を軽く叩いて促した。
エルンストが不安な声を出せば、シルビアの弟妹達はもっと不安になってしまう。
補佐官が意識のないシルビアを抱き上げて担架に乗せた時には、大きな外傷など見当たらなかったはずだ。
それなのにいまだに集中治療室から出てこないというのが、解せなくて、不安になる。
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