第20話



 アデラ王女と一緒に来た金髪美女は、ちょっとお手洗いにと王女が席をはずした途端、シルビアに牙を剥いてきた。

「どうみても王子の妻とは思えない、貧相な女ねぇ。大統領ってのも冗談でしょ?影武者みたいなやつ?」

 面と向かって売られた喧嘩に、僅かに怯む。

 だが、何も言わなかった。

 言い返すつもりもなく、そんな力もない。貧相なのは事実だし、大統領になったのは父親の後を引き継いだだけである。

 シルビア本人が無反応を決め込んでいたが、補佐官たちは気色ばんだ。

 しかし、彼女が何者なのかがわからないので下手に口を出せないでいる。何しろ、王女の連れてきた女だ。身形も良すぎるため、余計に警戒する。

 そんなお行儀のいい補佐官たちが思わず立ち上がったのは、その金髪の女が大統領の執務机の上に腰を下ろしたからだ。

 馬鹿にしたような笑いを赤い唇に浮かべ、書類の方を見ているシルビアの顔に手を伸ばす。

 花柄のネイルを施した爪が顎に食い込んだ。強引に顔を上げさせて、金髪の女はシルビアの耳元へ口を寄せて囁いた。

「しかも、5歳も年上なんですってね。それなのに男ッ気なしの堅物って本当なの?男性の喜ばせ方も知らないで、よくまあカイ王子と結婚しようだなんて。笑わせてくれるわ。彼、留学先で凄く人気があったのよ。あちこちの王室や貴族の娘から婿に欲しいって話がいっぱい来てたんだから。」

「・・・離して下さい。」

 無表情を装い、硬い声で呟く。

「ねぇ、すぐに別れてくれるんでしょ。それとも、もうとっくに破局してるのかしら?もしかして会ってもいないの?」

 出来る限り相手の方を見ないようにして、華奢で白い手をつかみはずさせる。

 鈴の音のような美しい声で、随分な言い草だ。

「ご用件はそれだけですか?」

 きっぱりとそう言って、静かに立ち上がる。

 ゆっくりと歩いて出入り口へ近づき、ドアを開いた。大統領、自らの手で、そっと指し示す。

「お引き取りを。いくら王女のお連れ様とは言え、名乗りもしない貴方の言葉をこれ以上聞く時間はありません。こう見えても忙しい身なのです。お帰りの道中、お気をつけて。」

 落ち着いた口調で言っているが、シルビアの手は震えている。補佐官たちはそれに気付いた。慌てて彼らも動き出し応戦する。

 ゼクレス外交担当補佐官が廊下へ出て警備のものを呼んだ。

 ヴェッカー経済対策補佐官は、シルビアの傍に寄って、ドアの脇に並んだ。シルビアと同じ台詞を、もう一度繰り返した。

 携帯を取り出して王宮へ連絡しているエルンストの声が聞こえてくる。

 むっとした表情を見せる金髪の美女が、分が悪いと思ったのか、執務机から降りた。

「嫌な感じねぇ。・・・小さい国の大統領なんて、この程度なのね。」

「申し訳ありませんが、何を仰っているのか理解しかねます。どうぞお引き取りを。」

 肩を竦めて両手を軽く掲げたお手揚げポーズ。美女がやるとそんなポーズまでもがモデルのように決まっている。

「エヴェリーン、お待たせ。・・・あら、どうかしたの?」

 お手洗いから戻ったアデラ王女が、不穏な雰囲気を感じて尋ねた。

「お帰りになるそうなので、ただいま警備のものを呼びました。どうぞ、お気をつけて。」

 エルンストが間髪入れずに応じた。

「え、私まだ閣下にオネダリ、じゃなかったお願いがあるのだけれど。」

 その場を去りたがらない王女が困ったような顔をする。

「どうぞ、弟君にお伝えください。いずれお伺いしますので。」

「そ、そうお?」

 ほとんど無理矢理に執務室から美女二人を追い出し、警備員に押し付けた。

 エルンストらしい、素早い対応だ。

「・・・ありがとう、エル。」

「当然の事をしたまでです。さ、仕事に戻りましょう。カイ王子殿下には、くれぐれもここへ彼女らを近づけないよう、お願いしてくださいシルビア。」

「それがいいよ、シルビア。」

「そうだそうだ。」

 シルビア・エンダース大統領は、彼女を支える補佐官の温かい気持ちに涙が出そうだった。

 王子の妻として相応しくないのは重々承知の上だし、今更誰に何を言われてもなんとも思わない。

 大統領として頼りないのもわかっている。

 だが、初対面の相手に言いたい放題言われて、それに言い返せない立場の自分が、たまらなく悔しい。

 国を代表する立場として、どのような暴言を目の前で吐かれても簡単に逆上するわけにはいかないのだ。まして相手が何者かもわからない状態では。

 王子一人が相手であれば多少の感情表現は大目に見てもらえる。だから、クッションを投げつけたりしたのだけれど。

「エル、あの人誰なのかわかった?」

「いいえ、まだ。でも、王宮に連絡したら心当たりがあるそうなので、すぐにわかるかと思いますよ。」

 やれやれ、と長いため息をつく。こんなことがまた有るのだろうかと思うと気が重い。

 しかし、これに対応するのもまた自分の役目だ。投げ出すわけには行かなかった。




 官邸からかかってきた電話に執事が対応しているのを、すぐそばで聞いている。

 傍らには、彼の焼きたてのパンがバスケットの中で湯気を立てていた。それを一つ口に頬張りながら、王子はノートPCの画面を目で追いかける。

「エヴェリーンが来たな。警備会社に連絡して今夜にでも捜索させないと。」

 人差し指で不器用そうにキーボードを叩く。PCの隣りの置いている携帯が音を立てて震えた。

「殿下、間もなく王女様が戻られます。恐らくはエヴェリーン様もご一緒でしょう。」

「くっそ、腹立たしいけど、客室を用意してくれ。」

「かしこまりました。」

 エヴェリーン・オックスは、王子が留学していた先で知り合った女性だ。

 身なりのいい留学生で豪勢な美女だから、結構な確率で彼女をどこぞの国の王室か貴族かと思い込む学生が後を絶たなかった。実際、彼女の実家は大きな農場を持っているので裕福なのだろう。ただ、特に特別な出自だとか、どこかの国の王室や貴族だとか、そういう血筋とは無縁だった。彼女はそれが嫌だったのか、どんな小さな国でもいいから王室や貴族と縁を結びたいと考えていたらしい。ちなみに、姉のアデライードとも親しいのは、留学先が同じだからである。

 カイ王子はあの手の、野心に燃えるようなタイプの女性が好きではない。そうでなくても、母と姉に振り回されてきた人生なのだ。いくら美貌で裕福でも、エヴェリーンのような女とは付き合いたくなかった。

 ところが、向こうはそうは思わなかった。

 小さい国とは言え、欧州からもほど近い国の王子。しかも、レアメタル鉱山をを所有するともなれば渡りに船である。話題性までついてくるのだ、エヴェリーンが王子を狙うのは必然と言えた。下手に大国へ嫁ぐよりも、言いたいことが言えそうだし。

 留学期間が終わっても諦めていないのか、姉アデライードと友人つきあいをずっと続けていて未だに時折このようなちょっかいをかけてくる。

 

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