第17話


 新体制で話し合った結果、結婚式は中止とし、就任式だけを行う事になった。それを周知するために、報道陣に発表することが決まったシルビアは、アイボリーのスーツを着て大統領官邸で記者会見を行う。事件の後三度目の記者会見だから、彼女も大分慣れてきた。

 しかも、今回の記者会見は今までで一番人数が多い。

 これほど若い、それも女性大統領など珍しいためか、外国からも記者が来ている。そのせいで、王子は渋い顔だ。自分用のガードマン達を、官邸の警備に回している。

 控室の傍の廊下で、壁に背を付けて仏頂面を周囲に向けていた。

 それを見た大統領秘書官のエルンストが苦笑しながら言葉を掛ける。

「殿下、せっかくのお綺麗な顔が大変なことに。」

「うっせ。そうでなくても警備が手薄だって言うのに、外国人がこうもうろうろしてんだ。ストレス溜まるわ。」

「そうですね。次回の会議では警備予算の計上もするつもりです。それまでは王室にご迷惑を」

「もう一週間になるってのに、犯行声明はないままだ。そうなると益々爆破の狙いは大統領本人って事になるだろ。わかってんの、彼女。」

 犯行声明がないということは要求内容がわからない。

 と言う事は、爆破そのものが目的だと言う事になる。ついては、大統領及び王室そのものに対する攻撃だと考えられるのだ。

「わかっているとは思うんですが。自分に警備は必要ないって聞かないんですよ。」

 テロをするような人間は国民にはいない。するとすれば外国人に決まっている。そんな奴が国内に入れば目立ってしょうがないからすぐに捕まる。シルビアを直接警護するより、そちらを探した方が早い。だから自身の警護よりもそちらの捜索に警官の数をまわせ、というのが、大統領の主張である。

 表向きはそれでいいのだ。愛すべき国民を信用した、誠に素晴らしい大統領のお言葉ではあるのだが。

 現実はそんなに甘くはない。国民の中にだって犯罪者はいるし、外国人とは限らない。仮に大統領の言葉通りだとしても、巧妙に隠蔽工作されていたら、外国人の侵入に気付けないだろう。

 全く持ってシルビアは、そういう意味で大統領にピッタリの綺麗ごとを口に乗せることが出来る、優れた才能を持っていると思う。

 純粋なる性善説の持ち主であるかのように、どこまでも他人を信じてしまう。

 しかし、政治家は。口先ではどんなに正しく綺麗な事を言っていても、陰に回って何をやっているかわからないのが現実だ。そんなクリーンな政治家など、少なくともカイ王子もエルンストもお目にかかったことがない。

「ったくアラサーにもなって、どうしてああもピュアな甘ちゃんでいられるかねぇ。」

「それだけこの国はいい国なんですよ殿下。・・・いや、いい国でいられた時期があったんです。」

 しみじみと告げるエルンストは、その灰色の眼にどこか感傷的な色を浮かべていた。

「あのさぁ・・・あの、シルビアの家族のことなんだけど。俺、マジでよく理解できない。彼女の父親もたいがいだけど、あの姉弟もさ、なんなわけ?俺の覚えでは、あんなんじゃなかったはずなんだけど。もちっとマシだったっていうかさ。」

「お会いになったんですね。」

「んー・・・、なんつーかさ、俺の印象では『貧しいながらも助け合って一生懸命生きてる泣かせる家庭』って感じだったのよ?昼ドラやらドキュメントなんかに有るような奴。今時、本当にこんな家あんのかー・・・って感心したくらいだったんだけど。だけどね?こないだ会ったらさー。」

 エルンストは珍しくその眉間に皺を寄せる。

 そして、まっすぐに王子の方を見た。

「・・・その頃と、現在も彼らは少しも変わっていませんよ。」

 至極大真面目に言うではないか。

「エンダース家の人々は、とても義理堅くて人情深くて真面目で、そしてとてもとても優しい人たちばかりなのです。だからディーターも、そしてシルビアもここまで来たんですよ。・・・誰の目にどう映ろうと、それは保証します。」

「ええ?そうなの?」

「そして皆、シルビアの事が大好きです。いつだって彼女の幸せを願っています。今この国にいないディーターも、くれぐれも貴方に娘をよろしくと言っていたでしょう?」

「まあ、俺は言われなくてもシルビアとヨロシクするけどさ。」

 すると、エルンストはくすっと笑った。その笑顔は本当に嬉しそうで、普段の堅物っぽい彼の印象を忘れてしまいそうになる。

「殿下は本当にシルビアの事がお好きなんですね。」

「好きじゃなきゃここまでしてやれねぇよ。」

「だからディーターは貴方にシルビアを任せてもいいと思ったんですよ。娘に対する愛情ゆえか、彼は鼻が利きますからね。下心で娘に近寄ってくるような男は全部追い払ってたそうですよ。一体どうやって嗅ぎ分けているのか、秘訣を是非聞きたいものです。」

「あんたも、好きなのか。」

「当たり前じゃないですか。」

 当然のように即答する秘書官の声は、高らかで誇っているかのようだ。

「好きじゃなきゃここまでしてやれません、そうでしょう?」

 エルンストの嬉しそうな声を聞いて、王子は軽く頭を掻いた。こいつは参ったな、と低く呟いて。




 エルンストやバスティアンなどを交え、他のスタッフともども新体制の人事を行った。

 大統領の元であらゆる補佐を行う補佐官は、現行通り秘書のエルンスト・ザイツェンガー。他に二名、選挙時にずっと手伝ってくれていた農協のおじさんゼクレスさんと、商店街の自治会長だったおばさんヴェッカーさんが就いてくれる。

 各省庁の大臣の人事はほぼエルンストに丸投げだ。だってシルビアにはどこに誰が相応しいかなどわからない。

 そして、議会議長にバスティアン・ホイヤー弁護士をあてたのは、本人の希望にも沿っているし、それが相応しいと思われたからだ。議会議長は、副大統領と兼任だし。シルビアに何かあった時、責任を持って代理を務めてくれるだろう。バスト小父様は議会でも一目置かれる存在だ。

 王政があった頃は、この大統領府そのものが王室で占められいた。アルフレート王はトップに君臨し、各省庁の責任者を決定するのも、全て陛下の意向のままだったのだ。補佐官には王妃が就いたり息子が就いたり兄弟が就いたりと様々で、行政官のほとんどは王家の任命に任されていた。議会と足並みを揃えながらそうやってこの小さな国を支えてきたのだ。

 記者会見の席に腰を下ろしたシルビアは、両手をそっとマイクに添える。

 新しい人事を発表しながら、就任式の日程を最後に言い添えて、会見の内容を終えた。

 記者たちから、怒涛のように多くの質問が寄せられて、やや怯んだ様子を見せるが、秘書官が順を追って発言するように求めると、彼女は顔を上げてそれらに答えた。

 女性大統領であることへの質問や、新政府への抱負、中でも王室との婚姻についてはしつこく質問される。

 少々鼻につくようなひどい質疑にも、彼女は涼やかに微笑んで、当たり障りなく答えるのが上手かった。

「先日の、結婚式場での爆破事件についてですが。詳細はまだ発表されないのでしょうか。」

 動じなかったシルビアの表情が、わずかに揺れる。

「警察庁より発表のあった通りです。」

「新政府への不満によるテロ行為だという意見も出ていますが、それについては。」

「テロ行為などと言う卑怯な手段に訴えた不満など、聞くに値しません。そして、わが国にはそのような愚かなことをする方はいないと信じております。不満や要求があるのならば参政してその内容を主張して頂きたいですし、大統領府の方では匿名での意見も受け付けております。文書にて送付していただければ、こちらでもご意見に対して対応する準備も行っております。」

「王政の廃止に対してまだ反対意見も多数有ると言われておりますが。」

「王室に連なる方の全ての方に参政権がないわけではありません。王室の権利、すなわち、鉱山の所有権を放棄して貰えれば、王族であられていても、選挙に出馬することが出来ます。そのことは以前にも通達しました。」

「大統領に就任され、その上で王家の王子との婚姻が決まっているシルビア・エンダースさんには、鉱山の所有及び政治を行う権利の双方が集中するのではないかという懸念が。」

「王室での鉱山の権利を、わたしが享受することはありません。また、婚姻関係にあるカイ・サッシャ・シャッヘンベルグ王子もまた、入籍に伴って鉱山の所有権を放棄することがすでに決定しております。」

 ざわつく会場に、シルビアの声が通る。

 あらかじめ、ほとんどの質疑に対しての答えは用意されている。それほど慌てることは無かった。

 よどみなく記者会見の全てを終え、会場を後にしてから、シルビアはふと気が付いた。

「・・・そうか。そう言えば、カイ王子は、あたしと結婚することで仕事も無くしちゃうんだよね。鉱山の権利が無かったら収入の道がないんだから。そりゃ、確かにヒモ王子だわ。」

 かなり失礼なことを独り言で口に出す。 

 そして王子は新政府でなんらかの役割を得るわけでもない。本当にただ王子だというだけで、プー太郎である。どこかの国では、職業欄に「王族」を記すらしいけれど、残念ながらこの国ではそれは通用しない。王族であっても、仕事という収入源があるのは当たり前だったのだ。直轄領を治める領主という仕事だったり、鉱山の管理だったりと、それぞれ職種は異なるが。

 鉱山の権利を失ってまで、何故カイ王子は婚姻を承諾したのだろう。彼にとってはデメリットしかないのに。

 まさか本当にシルビアのヒモになろうと思っているわけでもあるまいに。  


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